鏡眼堂へようこそ
鯛谷木
本編
夏休みで暇を持て余していた私が今日向かうのは、友人からの口コミが良かった雑貨屋さん。そろそろ母親の誕生日が近いため、その店でプレゼントを買うことに決めたのだった。そしてまた別の目的も……。
スマホのマップを頼りに暗い路地裏を辿ると、いきなり開けた場所に出た。ギリギリ庭の体裁を保った草原の奥、立派な洋風の平屋にはなにやらオシャレな字体の看板と重厚なドアが据え付けられており、レトロな縞柄の庇テントが絶妙な味を出している。
重い木製のドアを開けると、カランカランとベルが鳴った。
「やぁ、いらっしゃい。キョウガンドウへようこそ」
正面の大きな通路のその先で、変な男が手を上げて挨拶する。彼は暗い室内なのにカラフルな色眼鏡を掛け、無造作に伸ばした肩ほどの緑髪のてっぺんにも保護眼鏡を乗せ、そして首にはゴーグル。うかれたレトロな柄のシャツにベージュの短パンを履いてレジのカウンターに腰掛けていた。なんだこの出で立ちは。驚いて立ち尽くしていると、店主らしき男は微笑みながら言葉を続ける。
「見ての通り閑古鳥が鳴いてるからさ、ゆっくり見てくれて構わないよ……私あっちでクロスワードやってますんで、なんかあったら呼んでくださいね」
パタパタとスリッパの音が遠ざかっていき、レジ台の奥へ消えた。いきなり放置されてしまうようだ。見たところ監視カメラもなさそうだが、客をほったらかして本当に大丈夫なのだろうか。店主の感覚を少し疑ってしまう。それでもジロジロ見られるよりは有難い。お言葉に甘えてゆっくり商品を見て回るとしよう。
とりあえず1周する。茶色を基調としたアンティーク調のインテリアが置かれ、自然光と間接照明のみに頼った店内は少し暗めだ。だがその割に、所々の壁が鏡張りになっているからか外見に反して狭さは感じさせない。通路も通りやすい広さで有難い。そしてどうやらこの店は可愛い文具からちょっとした家具、ちょっとした駄菓子まで幅広く取り揃えているようだ。その中でも特に目立つのはめがねコーナー。でかでかとオススメポイントを記したPOPが貼ってある。雑貨屋でめがねを買う客がいるとはあまり思えないが、店主のこだわりはよく伝わってきた。それにしても客がいなさすぎる。平日の昼間だからだろうか。学生受けも良さそうで、夏休みに入り浸るにはピッタリな気もするのに。
しばらくの吟味の末、とりあえず買う品物は決まった。しかしここからどう声をかけようか。このバックヤードらしき入口はどこまで立ち入っていいのだろう。
「すみませーん!ちょっと来てくれませんかー?」
次の行動に迷っていると、店主がバックヤードを仕切る貝殻を連ねた暖簾越しに顔を出し、なにか叫んでいた。
「しいたけ茶、味の調整してたら多めにできちゃってさ。飲みます?」
嫌いじゃないのでとりあえずいただくことにする。差し出された紙コップを受け取り一口。
こ、これは……しょっぱい。すごく濃い。
「その、ちょっと濃くないですか」
「ええっ、そんなぁ!ちょうどよく出来てるのに」
明らかに残念そうだ。とても騙してるようには思えない。服が変なら味覚も変なのか、などとつい失礼なことを考えてしまった。
会話はそこで終わるかと思ったが、店主は私の手元を見て言葉を続ける。
「おっ、買うもの決まりましたか。お会計ですかね?こちらはご自宅用でよろしいでしょうか?」
今回はプレゼントなのだ。ちゃんと包んでもらわないと。
「ラッピングってお願いできますか」
「もちろん!少々お待ちくださいね」
店主は手際よく品物を包んでいく。かなり手先が器用なようだ。
「そうだ。今考えてること、当ててあげようか?」
手を動かしながら店主が語りかけてきた。唐突な話題の振り方に思わず目をしばたたかせてしまう。
「なんでこんな不人気な雑貨屋が商売成立してんだろ、でしょう?」
ドヤ顔の店主。ちょっとむかつく。
「実は、すっごい秘密があるんですよ。ここだけの話……」
答えを待たずに勝手に話しだした。
「ここは契約者を求める外的存在が人間世界を覗く窓、そして導かれるのは素質を持つ子ら。まぁつまり、世界を救う話の下準備が行われてるんです!」
店主はラッピングされた品物を袋に詰め、ニヤリと笑いながらこちらを見つめた。
「な、なるほど?」
よく分からない。
「あんま分かってない?……そうだな、変身ヒロインって分かる?」
さすがにそれは分かるのでとりあえず頷く。
「ああよかった。そういうお話のきっかけになる助けを求める妖精とか、宇宙人とか。そういう奴らの相手探しにこのお店が使われてるんですよ。資格をもてそうな子供たちが思わず寄りたくなるような仕掛けがたくさんあって、それで客が来るたび店の中の様子を覗き窓みたいに眺めて、力を借りたい人間を探して……そうやって縁を結ぶんです」
あまりにも現実離れしている。しかしその情報が記憶と結びつく。2、3ヶ月前から隠し事をするようになった親友。だんだんと傷が増えていくのに何も話してくれない彼女の足取りを辿ると、ちょうどこの店に行った後くらいに様子がおかしくなっていた。
「もちろん、私自身になにか特別な力があるわけじゃあありません。ただ店として成立させるのに立たせる人間が必要だったみたいで。元々同じような業界で働いていたからちょうどよかったんでしょうね。だからまぁ、私が稼ぎもせずボーッとしてるだけでじゅうぶん意義があるってわけです」
「ああ、よく分かったよ」
隠し持っていたカッターナイフを取り出し、店主に向ける。
「そんなことで、よくも私の親友を……!」
「あっ、うわぁそういう感じ?困ったな……やっぱり言うんじゃなかったよ」
「元に戻せ!さもなくば」
「いやだから、私は契約周りに関わってないし、頼まれても無理なの!」
「じゃあなんでもいい、情報を渡せ!」
「それも分からないんだって、本当だよ!」
レジ台を乗り越え逃げ回る店主を追いかける。
「……だとしても!なぜそんなことをするんだ!お前が店をやらなければ、彼女を招かなければ!日常を脅かされることなんて!起こらなかった!!」
激情のまま刃を繰り返し振り下ろす。
「うーん、あんまり答えは持ってないんだけどな……強いて言うなら、やっぱりさ、少年少女の目の輝きって見てて心が潤うんですよ。キラキラ眩しくて、さすがいずれ世界を救う存在だなって。だから私はここに居続けてる。世界の危機とか関係なく、ね」
攻撃を避けながら店主が間合いを詰めてくる。
「ってことで、すまんね」
みぞおちに強い衝撃が走る。よろけたところで太ももに何かを刺される。視界がぐにゃりとゆがみ、そこで記憶が途絶えた。
怪しげなファッションの店主は、小脇に抱えた人間を少し離れた路地に放り一瞥する。
「よしよし、目立った外傷はなしと。このまま忘れてくれると助かるけど、どうだろうなぁ……それにしても、この子は復讐者系追加戦士、ってところかな?奴らもなかなかいいセンスしてるよ」
店主はのんびりと言い放ち店へと戻っていく。
彼の名は
「あっちょっと待った」
店主が再びドアから出てくる。
「せっかくラッピングまでしたのにもったいないよ」
倒れたままの子供の傍らにそっと袋を置く。
「お代は迷惑料ってことで。それじゃ本当に、バイバイ」
鏡眼堂へようこそ 鯛谷木 @tain0tanin0ki
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