18発目 辛くて 

 結局俺は、浅葱の返事にイエスと言えなかった。彼女を愛するといえば…………さすがに二子を裏切る事になると思う。


 女性と二人で旅行することも気が引けたが、二子が了承していた。だからそこまでは俺としては問題なかったんだ。


 俺に断られた浅葱は、苦笑しながら言う。


「もぉ! 冗談ですよ! 納豆君の覚悟を貯めさせていただきました! 旅行…………ちょっと休憩!!! 少しだけ長めに女湯を楽しんできますので…………まさか覗きになんて来ませんよね?」


 俺は、彼女の方に視線を向ける事に耐えられなくなり、「ばーか、覗く訳ねーだろ」と言って、俺も男湯に向かうのだった。


 男湯で一人。友人とくれば多少は楽しかっただろうか。二子と来てもここでは特に一緒にいることはないが、彼女に振り回される間の休憩にはなっただろう。


 では…………浅葱とは?


 今、俺は身体の疲れは回復しても心の重りが消える気配がない。


 お湯から温かみを感じるはずなのに、重りのように感じる。癒しの時間とは程遠い到着直後の旅館の温泉は…………この一泊二日の旅行をどう過ごすかじっくり考える事が出来た。


 せめて…………浅葱が笑ってくれるような……それでも、二子を裏切らない選択…………


「そろそろあがろう…………浅葱を待たせてるかもしれない」


 きっと女の子の方が時間がかかる。でも、俺は彼女を言い訳にしていつまでも悩むことを止めた。


 俺は…………かっこ悪い。


 部屋に戻ってくると、既にあがっていた浅葱が待っていた。彼女は…………笑っていたと思う。


 張り付いたその笑顔は、幼馴染の俺までは騙せなかった。騙せてくれていたならどれだけ楽だったのだろうか。


「お帰りなさい。どうでした?」

「ああ、気持ちよかったよ」


 俺はそう答える事しかできなかった。浅葱の笑顔がここまで胸に来るのか。だけど俺たちの関係性は変わらない。


 少なくともしばらくは気の合う幼馴染で…………失いたくない関係だ。だから俺がすべき唯一の事は、彼女と友人として旅行を全うし楽しむことだ。


「浅葱! とりあえず出歩こうぜ!」

「そうですね! とにかくおなかがすきました! 納豆君のおごりで何か食べましょう!」

「い、いいだろ! 好きなもん食べさせてやる!!」


 そして俺と浅葱は旅館を出歩く事にした。外は夕暮れ。夕飯を食べる場所を探そうと彷徨っていたら、浅葱が口を開いた。


「そうですそうです! せっかくなので葱を食べましょう! 何やらねぎ焼きという食べ物があるみたいです!」

「まあ面白そうだしそれでいいか」


 食事をして観光地を巡って笑い合って俺たちはまぎれもなく親友で幼馴染であって…………やはりどうしても恋人ではなかった。


 観光も終わり旅館に戻る。もう一回温泉に入ろうとしたところで浅葱に呼び止められた。


「納豆君、今日はありがとうございました」

「いや…………まあ俺が付き合う必要なかったもんな…………」


 俺がそういうと、浅葱も苦笑しながら同意した。


「そうですね、納豆君が付き合う必要なんてなかったんですよ。それにちょっと重いこと言ってしまいましたよね。困らせてしまってごめんなさい。それから今まで納豆君の告白を受け入れなくて…………ごめんなさい」


 俺は何も言えなかった。


「気にするな。散々告白しまくって迷惑かけていたのも、お前がイエスって言いにくい環境を作っていたのも俺だ」


 そうだ、俺だ。俺なんだ。

 だからと言って、今の二子との関係は本気である。たとえそれがただ可愛いから声をかけて即OKされた仲とはいえ、俺の中で二子は大事な彼女であることに変わりなかった。


「やっぱり…………夏人君は優しくて…………素敵な人ですね」

「…………」


 今日の浅葱は…………今まで一番きれいだった。俺は本当に、どうして彼女だけを見る事が出来なかったのだろうか。


 こんなに綺麗な女性。こんなに俺の事を想ってくれる女性。こんなに気の合う女性。家事もできてきっと尽くしてくれる。そんな彼女を恋人にする機会。


 こんなにも欠点のない彼女が俺を好きでいてくれていても…………俺は…………二子を選ぶと決めたんだ。


 偶然出会い、その場で付き合う事になった彼女だけど…………いつの間にか俺は彼女の事ばかり考えるようになっていたんだ。

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