18発目 辛くて 

 結局俺は、浅葱の返事にイエスと言えなかった。彼女を愛するって言うのは…………さすがに二子との関係を裏切ることになる気がする。温泉の部屋で、浅葱の浴衣姿見ながら頭整理してたけど、やっぱり朝の二子の寂しそうな顔がちらついて、簡単に頷けなかったんだ。

 女性と二人で旅行すること自体、気が引けてた。でも、二子が料理対決の罰ゲームってことで「いいよ」って言ってくれたから、そこまでは俺として問題なかった。浅葱との友情は大事だし、せめて楽しく過ごしたいって思うよ。

 俺に断られた浅葱は、苦笑しながら言う。彼女の声、少しだけいつもより高かった。


「もぉ! 冗談ですよ! 納豆君の覚悟を試させていただきました! 旅行…………ちょっと休憩!!! 少しだけ長めに女湯楽しんできますので…………まさか覗きになんて来ませんよね?」


 浅葱がニヤッと笑って、浴衣の裾直しながらこっち見る。俺、彼女の目見るの気まずくなって、「ばーか、覗く訳ねえだろ」って言って、そそくさと男湯に向かった。背中で彼女の笑い声聞こえて、少し肩の力抜けたよ。

 男湯で一人。湯船に浸かって、熱いお湯が身体にじんわり染みる。友人とくればもっと騒がしかったかな。二八とかいたら、風呂の中でふざけて水かけ合ってただろ。湯気立ち込める中、一人で浸かってると、なんか静かすぎて落ち着かない。

 浅葱と来てる今は? 幼馴染と温泉って、変な感じだ。昔、夏休みにプール行った時は、ただ笑って泳いでただけだったけどさ。今は何か頭の中が重い。

 身体の疲れは回復しても、心のもやもやが消える気配ない。お湯の温かさ感じるはずなのに、どっしりした重さみたいにしか思えない。癒しとは程遠い到着直後の温泉は…………この一泊二日の旅行、どう過ごすか考える時間になった。湯船の縁に頭預けて、ぼーっと天井見上げてた。

 せめて…………浅葱が笑ってくれるような時間にしたい。それが幼馴染としてできることだよなって思う。


「そろそろ上がろう…………浅葱を待たせてるかもしれない」


 女の子の方が時間かかるだろうな。湯船から出て、タオルで髪拭きながら思う。彼女待たせるの悪いし、いつまでも浸かって悩んでるのやめた。浴衣着て、鏡で顔見たら、ちょっと疲れた顔してるけど仕方ないか。

 俺、かっこ悪いなって自分で思うよ。

 部屋に戻ると、既にあがってた浅葱が待ってた。彼女、浴衣姿で窓際の座布団に座ってて、夕陽が部屋に入ってきて顔がオレンジに染まってた。笑ってたと思う。口元が上がってたけど、いつもの元気な笑顔とは少し違った。

 その張り付いた笑顔、幼馴染の俺までは騙せなかった。目尻が下がってて、どこか寂しそう。彼女に気づかれないふりしたけど、本当は楽に笑っててほしかったよ。


「お帰りなさい。どうでした?」

「ああ、気持ちよかったよ」


 俺、そう答えることしかできなかった。浅葱の笑顔見ると、なんか胸が締まる。いつもみたいに明るく返せなくて、もどかしいよ。でも、俺たちの関係は変わらない。

 少なくともしばらくは気の合う幼馴染で…………失いたくない関係だ。だから俺にできることは、彼女と友人として旅行楽しむこと。温泉街で笑い合って、帰る時にいい思い出にしてほしいって思うんだ。


「浅葱! とりあえず出歩こうぜ!」

「そうですね! とにかくおなかがすきました! 納豆君のおごりで何か食べましょう!」

「い、いいだろ! 好きなもん食べさせてやる!!」


 浅葱が目を輝かせて立ち上がる。俺と彼女、旅館出て歩くことにした。外は夕暮れ。空が赤紫に染まって、温泉街の石畳がひんやりしてる。夕飯食べる場所探そうと歩いてたら、浅葱が急に口開いた。彼女の声、さっきより軽快だ。


「そうですそうです! せっかくなので葱を食べましょう! 何やらねぎ焼きって食べ物があるみたいです!」

「まあ面白そうだしそれでいいか」


 小さな店見つけて、ねぎ焼き注文した。鉄板でジュウジュウ焼ける音と葱の香りが広がって、浅葱が「美味しそう!」って笑う。熱々のねぎ焼き頬張って、観光地巡って笑い合った。神社でおみくじ引いて「吉」だったこと笑ったり、土産物屋で変な形のキーホルダー見つけて「これ何?」って突っ込んだり。俺たち、まぎれもなく親友で幼馴染で…………やっぱり恋人じゃなかった。自然に笑えて、心地いい時間だよ。

 観光終わり旅館に戻る。部屋で荷物置いて、もう一回温泉入ろうとしたところで、浅葱に呼び止められた。彼女、部屋の入り口で浴衣の袖引っ張ってくる。夕陽が沈んで、部屋の中が薄暗い。


「納豆君、今日はありがとうございました」

「いや…………まあ俺が付き合う必要なかったもんな…………」


 俺がそう言うと、浅葱も苦笑しながら頷いた。彼女の目、少し潤んでた。


「そうですね、納豆君が付き合う必要なんてなかったんですよ。それにちょっと重いこと言ってしまいましたよね。困らせてしまってごめんなさい。それから今まで納豆君の告白を受け入れなくて…………ごめんなさい」


 浅葱が頭下げてくる。俺、何も言えなかった。彼女の静かな声が耳に残る。


「気にするな。散々告白しまくって迷惑かけてたのも、お前がイエスって言いにくい環境作ってたのも俺だ」


 そうだ、俺だ。俺なんだ。昔、教室で何度も浅葱に告白して、周りに笑われてたこと思い出す。あの頃、俺がしつこくしてたから、彼女も困ってたんだろって今ならわかる。

 だからと言って、今の二子との関係は本気だ。たとえ最初が軽い気持ちで声かけただけでも、俺の中で二子は大事な存在になってる。朝の彼女の寂しそうな顔とか、隣にいる時の安心感とか、特別なものになってるよ。


「やっぱり…………夏人君は優しくて…………素敵な人ですね」

「…………」


 浅葱が顔上げて、俺を見る。今日の浅葱、今まで一番きれいだった。夕陽に照らされた浴衣姿、柔らかい笑顔が印象的で、俺、どうして昔、彼女にこんな気持ち気づかなかったんだろうって思う。温泉街で笑ってる時、なんか懐かしくて温かい気持ちになった。

 こんなに綺麗な女性。こんなに俺のこと想ってくれる女性。こんなに気の合う女性。家事もできて、きっと優しい彼女になってくれる。そんな浅葱を恋人にできるチャンス、何度もあったのにさ。でも、俺、今は二子と一緒にいたいって気持ちが強いんだ。偶然出会って付き合い始めただけなのに、彼女がそばにいるのが当たり前になってる。

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