納豆にカラシニコフ

なとな

1発目 納豆に何を合わせますか?

 納豆。それが俺の子供の頃からのあだ名だった。


「納豆君? 今日も粘り強いですね」


 俺を羽交い絞めにしている女子生徒は九条院浅葱くじょういん あさぎ。女子柔道期待の若者で特に寝技が得意な少女だ。


 細身の身体のどこからパワーが出ているかわからないが、とにかく強い。


「うるせえ! 栄養が身長にしか行かねえ貧乳がいでででででででででで」

「よくも言いましたね! 九条院流古式寝技を喰らいなさい!」


 浅葱は関節技を決めようと体重を掛けてくる。浅葱の柔らかな肢体が密着して、どうにも気まずい気分になる。


「わかった! 俺が悪かった」


 俺は抵抗をやめて降参する。俺の言葉を聞いて浅葱は力を抜いた。


「今日の納豆君、素直ですね」

「……いつも素直だと思うんだがな」

「ふふ。冗談ですよ」


 浅葱は白い歯を見せて笑った。相変わらず彼女に勝てない。彼女に勝てば付き合ってくれる。俺はそれを目指して何度も勝負を挑んでいるが一度も勝てない。


「だけどお前もよく付き合ってくれるよな。負けたら俺と付き合うんだぞ?」

「負けませんが?」


 浅葱はきりっとした表情で言い返す。それでも万が一俺に負ければ彼女は俺と付き合ってくれるのだろうか。


「それに納豆君は粘り強いとこは好感を持てますが…………せめて口説く相手は一人に絞るべきです」


 そう、俺がアプローチしている女性は…………可愛い女の子全員だ。その中でも優先的に告白しては寝技を決めてくるのは彼女、九条院浅葱くじょういん あさぎだけ。


 俺と浅葱は二人で一緒に登校する。俺たちの通う私立根張高等学校しりつねばりこうとうがっこうは偏差値は県内有数の進学校にあたる。


「納豆君、今日の古文の課題は終わりましたか?」


 浅葱が俺に質問する。


「え? ああ一応な? だって成績良いほうが告白も有利だろ?」

「…………え? あ、そうですね」


 なんか浅葱がドン引きしているような気がする。間違えたのか? バカの方が可愛いって奴だろうか?


 そして俺たちは二人そろって2-Aの教室にたどり着くと俺たちに声をかけてくる女子生徒。


「おはようございます水戸みと君、九条院くじょういんさん」


 目の前のおっとりとしたお姉さん系美人は園芸部の少女、名前は小倉葵おぐら あおいだ。


「小倉さん、おはよう。付き合ってよ」

「ごめんなさい。今日は可愛く華が咲いたから水戸君とはお付き合いできません」

「あ、そう」


 俺はがっくり肩を落とす。そんな俺に対して浅葱は俺に声をかける。


「納豆君、元気出してください。私は納豆君の粘り強いところ好きですよ?」


 浅葱の慰めに俺は思わずにやける。


「じゃあ付き合ってくれよ」

「私に勝てないうちはダメですね」

「じゃあまだ粘り強く頑張るよ」


 そんなやり取りをしているとホームルーム開始の予鈴が鳴った。俺は自分の席についてHRの開始を待っていると先生がやってきた。


「今日は転校生を紹介するぞ」


 そう言われ教室に入ってきたのは岡部東風おかべ こち先生だ。先生の見た目は20代後半のイケメンで、女子生徒から人気が高い。


「じゃあ自己紹介を」


 岡部先生に促されて転校生が教室に入ってきた。金髪に碧眼の女の子。ツーサイドアップの髪型だ。


明科あかしな・ミハイロヴナ・二子にこ。…………そうね、よろしく」


 外国人? ハーフ? 海外からの転校生かな?


「明科の席は窓際の後ろの席な」


 そう言われ、彼女はスーッと歩いていく。彼女の足の運ぶ先は俺の後ろだ。俺の脇を通り過ぎる彼女を俺は思わず目で追ってしまう。


 そして俺の後ろに彼女は座った。


 すっげええ美少女だ!!! 絶対告白しよう!!!!!


 俺は高校生活で絶対に彼女が欲しい。しかも誰でも良い訳ではない。羨ましがられる彼女。俺が欲しいのはこれだ。


 一応言っておくが俺は彼女をステータスとか思っていない。誰かに自慢する気もない。だがそれはそれとして羨ましがられる彼女は欲しい。


 気持ちとか内面とか大事なのはわかるんだ。だけどさ、それって外見が良くなくてもいいって理由にならないと思うんだ。


「明科さん、俺は水戸夏人みと なつとって言うんだ。付き合ってよ」


 俺は早速彼女に声をかける。彼女は俺を一瞥するとすぐに視線を前に向けた。そして彼女は俺にしか聞こえないような小さな声で言う。


「…………良いわよ」

「え? …………それって!!!」

「煩いぞ水戸!!! それでは一限はそのまま俺の授業だからそのまま始めるぞ」


 授業が始まったせいで遮られてしまった。でも確かに今「良いわよ」って言われたよな? え? 今まで一日100回は女子に告白してその全部を振られてきた俺が初対面の女子からOKを貰うって? 聞き間違いか?


 俺はしばらく授業の内容が全く頭に入らず、ずっと呆けていた。休憩の合間、彼女はクラスメイト達に囲まれると思っていたが、どこにもいない。いつの間にか消えていた。


 だから先ほどの発言の真意を確かめることはできなかった。俺が昼ご飯を一緒に食うために浅葱あさぎと学食に行こうと誘う。


「納豆君? 珍しいですね。いつもは朝の稽古の時間にしか来ないじゃないですか? それともお昼に告白する相手がいないのですか? さすがに一日二度目の告白はちょっと…………」

「いや、今日は幼馴染のお前に相談があってだな」

「告白ではなく? 心配ですね。お聞きします」

「それがな」


 俺は浅葱に今朝あったことを相談する。俺が挨拶のように告白した時、小声で「良いわよ」と言われた件についてだ。


 俺は一日に百回告白し、そのすべてでフラれてきた男だ。目の前にいる浅葱にも毎朝告白している。彼女も毎朝来る俺をフリ続けているからわかるだろう。


 別に俺にモテ要素はない。だから初対面の女子からいい返事を貰えるわけがないのだ。貰えていたのなら、今頃彼女がいるしな。


「あーそれは間違いなく幻聴、あるいはあまりにも突拍子なさ過ぎて真意が通じていないのでしょう」

「やっぱりそうか…………一応本人にもう一度確認しないととは思っているがもしこれで俺が別の女の子に告白して浮気になったら大変だろ?」

「あ、浮気は気にするタイプだったんですね」


 そりゃあ俺は彼女が欲しいだけだし、浮気はする気はないんだけどな。


「それはもちろん。俺を好きになってくれた子に失礼なことはしたくないからな」

「納豆君、意外と真面目なんですね。…………知らなくはなかったですけど」


 意外ってなんだよ。俺ってそんなに不真面目そうに見えるか? 毎日顔を合わせた美女に告白するくらいには真面目に行動しているつもりなんだけどな。

 それと最後の言葉は聞き取りづらかったが、小さい言葉で行ったんだ。どうせ悪口だろうし無視しよう。


「あっれ? 今日はお昼時にあたしんとこ来ないんだ?」


 俺たちが食事をしていると一人の少女がやってきた。肩にかかるくらいの長さの髪は自然なウェーブが入っていて明るい茶髪の女子。


「光じゃねーか」

「よっす! 今日の告白はー?」

「いやぁ。それなんだが…………」


 俺は先ほどの事を目の前にいる戸越光とごし ひかりにも説明する。光は笑いながら話を聞いていた。


「いやいやいや。納豆の告白なんて臭くて無理無理。外国のハーフの人でしょ? 多分、違う言葉と勘違いされたんじゃない?」

「だけど一応本人に確認しないで誰かに告白したら浮気になるだろ? だから念のため確認してからにしようと思っているんだよ」


 俺がそう言うと、光は「へぇ。意外だね。納豆の彼女は案外幸せ者かもね」といった。よし、明科さんの告白が勘違いじゃなかったら光に告白しよう。


「じゃあさ、今日の放課後に声をかけて早速確認したら? もし勘違いだったら告白できるチャンスを逃して高校生活彼女なしのままかもよ」

「それはまずいな。彼女なしも嫌だし、浮気も出来ない。絶対確認してやる」


 そう思いながら午後の授業が始まる。授業ぎりぎりに現れた彼女と話す機会はなく。それだけでも難しいのだが転校生の彼女と話したい人は多い。


 それでも俺は何とかどこかへ一人で行ってしまう彼女についていく。校内散策でもしているのだろうか。俺は彼女につ近づくと、彼女は不意に足を止める。そしてこちらに振り向いた。


「…………ナツト?」


 どうやら名前を憶えていてもらったらしい。それといきなり下の名前から呼ばれるとは。


「あの…………今朝のいいわよって発言について聞いてもいいかな?」


 俺が恐る恐る尋ねると彼女は何事もなかったように答える。


「告白の返事の確認? そのままの意味よ…………それじゃ私は帰るけど貴方はどうするの?」

「え? そのままの意味!? じゃあ俺と明科さんは付きあ「どうするの?」

「一緒に帰ります」


 彼女の被せ気味の質問に俺は即座に答える。関係性は名言されなかったが、彼女はちゃんと告白と認識しているし、そのままの意味ということは俺はついに交際をしているという事か。しかもこんな美少女と!?


 彼女は俺を一瞥するとそのまま玄関まで歩いていく。俺は彼女の後をついていく。


 そこで俺はあることに気付いた。男女って付き合ったら何をすればいいんだ? デート? 買い物?


明科あかしなさん!」


 俺が呼び止めると彼女は振り返る。


「何?」

「いやその…………せっかく付き合ったならその名前で呼んでもいいかな?」


 俺がそう言うと彼女はすぐに前を向いて先に歩いていく。ダメという事だろうか。そして彼女は返事を返す。


「私はナツトって呼んでるけど?」

「え? ああ、そうだね?」

「…………そうよ」


 クールな感じの娘だなあ。俺としてはもう少し甘い感じをイメージしていたんだけど、そういえば付き合った時のヴィジョンなんて考えてなかったな。


「えと明科あかしなさん…………いや、二子にこはさ。どうして俺と付き合ってくれたんだ?」

「…………そうね。気の迷いかしら? でも深く考える必要はないわ。貴方は私の彼氏で私は貴方の彼女。それでいいじゃない」

「ああ、そうだな」


 俺は彼女の言葉に頷く。彼女は俺の質問にちゃんと答えてくれた。だから俺もこれ以上の質問は止めよう。


 今はただ、ついに出来た念願の彼女と一緒に帰る事だけで頭がいっぱいだった。二子と付き合うことで俺の学校生活がガラリと変わるなんて、この時は想像できなかった。

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