第27話 苛立ち―小春視点―

 朝のホームルームが終わり、前の席の陽奈と授業までお喋りしながら時間を潰していると、近くにいるクラスメイトの会話が聞こえてきた。


「最近の瓜生先生って良い感じじゃない?」

「それ分かる。髪切って爽やかになったよねー。私もいいなって思ってた」


 陽奈と会話をしながらも、私の意識はほとんどそっちの会話に向いていた。そんな風に優さんを変えたのは私のお母さんだと自慢したい気持ちを必死に抑えながら、聞き耳を立てる。


「隣のクラスの佐々木いるじゃん?アイツって、1学期から瓜生先生の所に質問に行ってるのね。それまでコンビニとかでお弁当を買ってた瓜生先生が急に手作りのお弁当に変わったって言ってた。なんか凄い手が込んでるらしく、彼女が作ってるのは間違いないっぽい」

「そうなの!?って、そっちも気になるけど……その前に奈帆って佐々木と仲良かったの?」

「仲良しというか幼馴染なんだよね。私達よりどちらか言うと親同士が仲良いんだよ」


 幼馴染という言葉に、体が無意識に反応してしまう。


「ねね、質問なんだけどさ。幼馴染ってお互いに好意を持ったりしない訳?」

「それ漫画の見過ぎ……って言いたい所だけど、なる可能性はあるんじゃない?幼馴染を家族みたいとか言う人いるけど、逆に私はその気持ちが理解出来ないかな。だってそもそも血が繋がってないから他人だし。それに小さい頃からずっと一緒だからお互いをよく知ってるでしょ?一目惚れよりよっぽど説得力あるし、好きになってもおかしくないと思うよ。まぁ、告って振られた時のダメージは半端ないけどね」

「お?実感こもってるね。もしかして佐々木と過去に何かあった?」

「ここまで言っといてだけど、それはない。それに相手が自分の事を好きかどうかは普段接していたら大体分かるから今後もあいつとはないかな。漫画とかで幼馴染の気持ちが分からないキャラとか居るけど、作り話だから成立するだけだよ。あんなのリアルで居たら、鈍感通り越してヤバいだけだね。亜紀もそういう人とは付き合わない方が良いよ」


 この頃には私の意識は完全に2人の会話に向いてしまい、陽奈の声が聞こえなくなった。


「まぁ、でも告って振られたらって言うのは分かる気がする。親同士が仲良かったら尚更気まずいよね」

「実はさ?佐々木のお姉ちゃんと私のお兄ちゃんがまさにそれだったんだ。佐々木のお姉ちゃんに告白して振られてて未だに引きずってるの。こないだ、そのお姉ちゃんが子供と2人で帰省してたんだ。それ見たお兄ちゃんがさ、この世の終わりみたいな顔しててウケた。それと『初恋の人の子供とか見たくなかった』とか泣き事言ってたよ」

「うわー、それは確かに見たくないかも。奈帆のお兄さんに同情するわ」


 まるで私達の事を話しているかの様で、目の前が真っ白になる。優さんもお母さんと再会した時に私を見てそんな風に思っていたのかもしれない……。そう考えると胸がチクリと痛んだ。


「小春?なんか顔色悪いけど大丈夫なの?」

「う、うん。大丈夫だよ。それより今日から教育実習の先生が来るよね。どんな人だろう……」


 どうやら顔に出てしまっていた様だ。変な雰囲気になりそうだったので、私は急いで話題を変える事にした。


「うんうん、カッコいい人だといいね」

「そ、そうだね……楽しみだね」


 そんな事は一切思っていなかったが、この場をやり過ごす為に同意しておいた。

 心配かけてごめんね……心の中で陽奈に謝罪した。




 1限目の開始のチャイムが鳴る少し前に優さんと見慣れない女性が教室に入ってきた。

 あの人が教育実習の先生……凄く綺麗な人だったので驚いてしまった。


 2人は教壇に並んで立っているのだが、その距離があまりにも近過ぎる気がした。 

 美人に近寄られて満更でもなさそう表情を浮かべる優さん。その光景に私は苛立ちを覚えた。


 お母さん以外の女性にデレデレしているのが気に入らない……。この苛立ちはそういう事なんだと自分の中で結論付ける。



「本日より2週間、皆の授業を担当してもらう事になった実習生の神谷先生だ。彼女に授業をしてもらうのは次回からになるが、皆も真面目に授業を受ける様に。それでは神谷先生、まずは自己紹介をお願いします」

神谷夕凪かみやゆうなと申します。この学校の卒業生なので一応皆さんの先輩になりますが距離を置かず仲良くしていただけると嬉しいです。至らない点もたくさんあると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」


 神谷先生の自己紹介が始まると教室が騒がしさを増した。そして1人の男子の発言が発端となり、質問の時間を設けられる事になった。


 彼女に対して拒否反応を示した私は、興味ないとばかりに教科書に視線を落とした。


「神谷先生、彼氏はいるんですか?」

「彼氏は居ないけど、好きな人は居るわ」


 最初は当たり障りのない質問だったはずが、悪ノリした男子がふざけた質問を始めた。ただ神谷先生が気になる発言をしたので、顔は上げずに耳だけを傾ける。


「神谷先生。その人は大学の先輩か同級生……それとも後輩ですか?」

「どれも違うわね。もっと年上の人よ」


 私が顔を上げるのと、彼女が優さんに視線を送ったのは同時だった。その光景を見た私は、彼女がお母さんの障害になる可能性を疑った。


「よし、これで質問の時間は終わ「神谷先生はなんで先生になろうと思ったのですか?」」


 優さんが質問を終わらせようとしたが私はそれに待ったをかける。どんなに些細なものでも、彼女に関する情報を得ておきたいと思ったからだ。


「そうね……まぁ言っても問題ないか。実は私って在学中はそこそこの問題児だったの。そんな私が教師を目指したのは、1人の先生が勉強の楽しさを教えてくれたからなんだ。その先生に憧れて彼みたいになりたいと思ったのがきっかけかしら」


 そう言って言葉を切った後、彼女は再び優さんに視線を送った。その態度に私の苛立ちが募っていく。


 優さんに憧れて教師を目指したというなら、好きな人というのは彼以外に考えられない。嫌な予感がしたが、私の勘違いであって欲しいと一縷の望みをかけ、最後にもう1つだけ質問する事にした。


「話は変わりますが、神谷先生の好きな人は何の仕事をしているのですか?」

「教師よ。えっと……名取さん。これで私の言いたい事を理解出来るかしら?」


 また優さんに視線を向けた。ここまで何度も繰り返せば他の生徒も彼女の気持ちが分からないはずがない。教室が再び騒がしくなったが、優さんが私と神谷先生を注意した事で、教室は徐々に静かになっていった。


「質問の時間は終わったので授業を始めます。神谷先生は後ろで見ていて下さい」


 彼女が後ろに移動したのを確認し、優さんが授業を始める。

 授業中、私は黒板に書かれた授業の内容をノートに書き写そうともせず、優さんをじっと見ていた。



 家に帰った私は真っ先に今日の出来事をお母さんに伝えた。突然現れたライバルになりそうな存在。お母さんにもっと危機感を持って欲しかったからだ。


 夏休みの2人の関係を思い浮かべる。結局、花火大会の後に出かけたっきりで、その後距離が縮まる事もなかった。


「そう、実習生は優君に憧れて教師の道を志したのね。もしも優君もその人の事を好きだったなら応援してあげないとね」


 一部始終話を聞いたお母さんの言った言葉は、私が求めていたものとは掛け離れていた。


「なんで!?お母さん、瓜生先生の事好きなんでしょ!?何でそんな事言うのよ」


 私の追求にお母さんが困り顔を浮かべる。


 やっぱり、私の事があるから積極的になれないんだ……。


 昼間のクラスメイトの会話を思い出してしまった事もあり、口調が強くなっているのは自分でも理解している。


「私は絶対に嫌だからね。お母さんが我慢するのを見るのは!!」


 お母さんは小さく溜息を吐くと、キッチンへ夕食の支度に向かった。これ以上、話を聞くつもりはないという意思表示なのだろう。

 私はソファーに膝を抱えて座り、やり場のないこの感情をどうにか落ちつけようと目を閉じた。




「小春ちゃんただいま」

「……おかえりなさい」


 ここ最近ずっと行っていた玄関でのお出迎え。今日はそんな気になれなかったので、ボイコットしてしまった。

 そんな私の失礼な態度を気にする事なく、リビングに入るなり声を掛けてくれる優さん。

 未だ感情の抑えきれなかった私はそんな彼を睨みつけてしまう。


 

 そんな風で重々しい空気の中、夕食が始まった。暫くすると、お母さんが実習生の話題を持ち出した。優さんに神谷先生を意識させようとする態度に苛立ちを覚える。


 お母さんが納得していたとしても、あの人と優さんがくっつくのは嫌だ。

 お母さんが諦めるというなら私が…………。


 ハッとして頭を何度も横に振る。生まれた時から父親という存在が居なかった、そんな私が初めて心から頼れることが出来た男性が優さんだ。

 お母さんの気持ちは理解しているし、優さんと結ばれることを心から願っている。

 お母さんの煮え切らない態度のせいで、おかしな考えが頭を過ったのだ。だから今のは本心なんかじゃない!!


 考えれば考える程、自分に言い訳しているみたいに思えて私は更に動揺してしまう。

 2人が何かを話している様だが、全く耳に入ってこなかった……。

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