第25話 教育実習は波乱の幕開け!?
「それでは本日より教育実習が始まります。実習生の皆さんは順番に自己紹介をお願いします」
新学期開始から数日が経過した頃、予定していた教育実習がついに始まった。
本日はその初日。朝礼では益田先生の号令のもと自己紹介が行われようとしていた。
その多くが卒業生という事もあり見知った顔が何人か居た。
「
そう言ってお辞儀をした彼女は僕と目が合うと柔らかな笑みを浮かべた。
僕が担当する予定の実習生、卒業式以来だから約3年半ぶりの再会だ。
個人的にはあまり会いたくなかった人物でもあるので、苦笑いを返しておいた。
自己紹介もひと段落すると、益田先生より実習生1人1人の指導教員が告げられる。
「神谷先生の担当は……瓜生先生お願いします」
「はい」
僕の返事を聞いた益田先生が、無言で何度も頷いている。その行動に気を取られていると、いつの間にか神谷が僕の傍まで来ていた。
「優先生、ご無沙汰してます。これから2週間、宜しくお願いしますね」
「神谷先生。昔から言ってますが、僕の事は瓜生先生と呼ぶように。生徒の手前きちんとした態度を心掛けて下さい」
「はいはい、分かってますよ」
はいを2回繰り返す時点で、僕の言い分が彼女に伝わってないのは一目瞭然だった。
「待機の時は、実習生用の待機室に居てもらって構いません。職員室で何かする際は、今みたいな感じで隣に椅子を用意しておきます。スペースが狭いですが、桐崎先生の迷惑にならない様に極力こちらに寄って下さい」
「なるほど、それって俺にくっつけという遠回しなアピールですよね優先生?そういう事なら失礼して……」
彼女はそんな不穏な事を言いながら座ると、自分の肩が僕の肩と触れ合う距離まで椅子を寄せた。
指導教員として丁寧な対応をするつもりでいたが、どうやらその必要はなさそうだ。
「そこまで近寄る必要はない。適切な距離を保ってくれ」
「久しぶりの再会だからサービスしてるのに。そういう素っ気ない態度を取られると傷つきます」
そう言ってわざとらしく神谷は嘘泣きをする。間近で見る彼女は僕の記憶の中より遥かに大人びていた。3年半という月日の経過を否応なく感じさせられた。
背中まで伸びた真っ直ぐな黒髪。在学中はいつも険しい表情をしていたはずなのに、その面影は全く感じられない。彼女の纏う穏やかな雰囲気に驚きが隠せなかった。
「そういうのはもういいから。とりあえず離れてくれ。それと僕を呼ぶ時は瓜生先生だ」
「その呼び方だと距離が遠くなった気がします。生徒の前ではきちんとするので、ここでは大目に見て下さい」
僕は溜息を吐く。見た目だけ変わっても中身は相変わらずか……。
自己紹介の挨拶を聞いて、少しはまともになったと感心した僕が間違っていた。
「他の先生方の目もあるから、もう少し自覚を持ってくれ」
少し説教っぽくなってしまったが、これだけ言っても彼女には意味がないだろう……僕は小さく溜息を吐いた。
「分かりました、分かりました。もう……瓜生先生は相変わらず頭が固いですね」
そう言って彼女は僕の耳に顔を寄せると、周りに聞こえないぐらいの小さな声で囁いた。
「私まだ先生の事を諦めてませんから。今度こそ絶対に落としてみせるので覚悟していて下さいね」
そう言って不敵な笑みを浮かべ、僕から距離を取った。
最初の授業は小春ちゃんのクラスか……。何となく嫌な予感がした僕は、平穏に終わってくれと願うばかりだった。
「本日より2週間、皆の授業を担当してもらう事になった実習生の神谷先生だ。彼女に授業をしてもらうのは次回からになるが、皆も真面目に授業を受ける様に。それでは神谷先生、まずは自己紹介をお願いします」
「
男子生徒から盛大な拍手が沸き起こる。そんな彼らに女子生徒は呆れた表情を向けていた。
「それでは授業を始め「ちょっと待ったー」」
授業を始めようとした僕を制止する声が上がった。何事かと教室を見渡せば、1人の男子生徒が席を立っていた。
「瓜生先生、折角なんで神谷先生に質問させて下さい」
まぁ、少しぐらいなら授業に差し支える事もない。隣にいる神谷に視線を向けると、彼女は問題ないとばかりに頷いた。
これも生徒と仲良くなってもらう為の1つの手段と言えなくもない。僕はそう自己完結して生徒の提案を了承する事にした。
「それじゃ私に質問のある人は手を挙げて」
その呼びかけと共に一斉に手が挙がる。座席表で生徒の名前を確認しながら彼女は指名する。
「神谷先生、趣味はなんですか?」
「料理を作る事かな。こう見えて毎日自炊しているし、友達からも料理上手って評判なのよね」
「神谷先生、彼氏はいるんですか?」
それは流石に見過ごせない質問だった。急いで制止しようするがそれよりも早く彼女が口を開いた。
「彼氏は居ないけど、好きな人は居るわ」
おお〜と方々から声が上がる。恋愛話は男女問わず気になるのだろうか。
先程まで興味なさそうにしていた女子生徒までもが、神谷に注目していた。
「神谷先生。その人は大学の先輩か同級生……それとも後輩ですか?」
「どれも違うわね。もっと年上の人よ」
そう言う彼女がチラリとこちらを見た。おい、その思わせぶりな態度は何だ?
危惧していた通り、誤解をした生徒が少し騒ぎ始めている。
「よし、これで質問の時間は終わ「神谷先生はなんで先生になろうと思ったのですか?」」
僕の呼びかけを遮ったのは小春ちゃんだった。質問自体はマトモだが、彼女は不機嫌そうな表情を隠そうともしていない。
「そうね……まぁ言っても問題ないか。実は私って在学中はそこそこの問題児だったの。そんな私が教師を目指したのは、1人の先生が勉強の楽しさを教えてくれたからなんだ。その先生に憧れて彼みたいになりたいと思ったのがきっかけかしら」
そう言った彼女は僕の方を見る。頼むから生徒達に勘違いされる様な行動は謹んでくれ。
その先生は僕ではないだろ。声に出して言う訳にもいかず、僕は苦笑いを浮かべるだけだった。
それがいけなかったのか……小春ちゃんは質問を続ける。
「話は変わりますが、神谷先生の好きな人は何の仕事をしているのですか?」
小春ちゃんがさっき終わらせたはずの恋愛絡みの話題を蒸し返してきた。
「教師よ。えっと……名取さん。これで私の言いたい事を理解出来るかしら?」
そう言って再び僕を見る神谷。そんな彼女の態度に教室内が騒然となる。
「神谷先生も名取さんもいい加減にして下さい。授業に関係のない話はこれで終わりです。皆も静かに。他のクラスの迷惑です」
僕が注意した事で、教室内は徐々に落ち着きを取り戻していく。
「質問の時間は終わったので授業を始めます。神谷先生は後ろで見ていて下さい」
彼女は素直に教室の後ろに移動したかと思うと、僕を見るなり小さく舌を出した。
その顔が悪戯に成功した子供の様で、反省のカケラも感じられない。
職員室に戻ったら注意しよう。とりあえず今は授業に集中する事にした。
黒板に書いた内容を説明している時、小春ちゃんと目が合った。不機嫌そうな顔を隠す事なくこちらを睨みつけている。
その原因が質問を遮ったせいなのか、それとも名指しで彼女を注意したせいなのかは分からないが逆恨みとしか言いようがない。
とりあえず授業中は小春ちゃんの方を意図的な見ないでおこうと思うのだった……。
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