第4話 新たなる風その一
四月最終週の月曜日、放課後。
部室に向かう途中、下駄箱前の机に置いてある日議研のチラシがふと目に入った。
『キミは、日常不思議研究部のウワサを知っているか? 部員募集!』
『部室はここ!』
キャッチコピーはそのままに、水坂特製の絵によって部室までの案内図が描かれている。
デザインの方は看板とは違いかなり質素だ。
質素だが、淡い薄黄色の下地に書かれたこげ茶色の文字はどことなく日議研の雰囲気に似合っている。
やはり最初から水坂に任せた方がよかったのでは、と俺は唸った。
まぁ、彼女は自分の絵を見られるのがあまり好まないので無理強いはできないか。
それはそれとしてチラシの枚数を数えてみる。
どうやら二、三枚は減っているようだ。
手付かず、というわけではないようで安心だ。
俺はチラシを置き、踵を返して部室に向う。
先に来ていた水坂と神木に挨拶をしつつ、床に寝転がった。
「よく床で寝れますね、視山くん」
「ヒンヤリして気持ちいい」
「毎度思うがうつ伏せはおかしいだろ」
部室でいつも通り馬鹿みたいなやり取りをしている最中にコンコンと、途端に扉がノックされた。
水坂と神木と目を合わせるが、皆して誰だろう、という顔をしていた。
「どうぞ」と神木が声を上げ、ガラリと扉が開く。
真っ黒な短髪、真っ黒な瞳。
濃い眉毛が特徴的だが、まるで優等生のお手本のような男の子が部室に入ってきた。
見たところ一年生、つまりは新入生のようだった。
「えっ、ここ日常研究部であってますよね」
あまりにもだらけた俺たちの格好に驚いたのか、部室に入った直後、彼は後退りした。
それもそうだろう。
全員が全員揃いもそろってだらしない格好で寛いでいるのだ。
一人は椅子に、一人はソファーに、一人は床に。
驚かない方がおかしい。
「え? 新入生? マジで?」
神木が小説を手に持ちながら上半身を上げて素っ頓狂な声を出す。
勧誘を早々に諦めていた手前、神木も本当に来るとは思っていなかったらしい。
「あの、見学に来たんですが……お邪魔でしたでしょうか」
「いやいや、全然」
「入っていいよ」
神木と水坂はすぐに起き上がって椅子に座り直す。
俺も彼らに倣い立ち上がって給茶機へと向かった。
妙にガタイがいい新入生の子は、名を
「僕は宮城って言います。色々部活を見てたんですけど、どこも熱心というか、熱心過ぎるというか……それで一応、サボリ部と呼ばれてるところも見ておこうかと」
「サボリ部って一年の間でも呼ばれてるみたいですよ神木くん」
「間違ってはないだろう」
「少しは恥を持ちなさいって言ってるんですよ」
「聞こえねぇなァ? サボリ部をサボる部員の言葉なんてなァ」
新入生そっちのけで喧嘩を始めたバカ二人を他所に、俺は宮城くんに自己紹介とバカ二人の紹介をするべくお茶を差し出す。
「俺は視山。そっちのバカが部長の神木でこっちのバカが水坂。よろしくな」
「えっ、あぁっはい、よろしくお願いします。視山先輩」
するとバカ二人は喧嘩しながらもこちらに攻撃を加えてきた。
巻き込まれそうになるのに耐えつつ、部の説明に入る。
「宮城くんってこの部活の噂知ってる?」
「噂?」
どうやら知らないらしい。
チラシからこの部活を知ったのではないようだ。
「まぁ知っての通り、この部活はサボる為にできたサボり魔のための部活なんだけど、冬辺りにここに相談すると何でも解決するって噂流れ始めてな。そこのバカが面白そうっつって本当に解決しちゃってからたまに相談事来るようになっちゃったんだよ」
「はぁ……」
「だから今の部活は基本のんびり、時々相談事解決って感じになってる」
「じゃあ意外と部活してるんですね」
喧嘩を征した神木が「前はもっとのんびりできたんだがな」と頷く。
「もし入部希望なら歓迎しよう。たまに来る相談事も適当に話を合わせるだけでいいんだ」
「話を合わせるって……」
「まぁ、それは追々説明しよう」
「君も俺らと同じみたいだしな」と神木は変な事を呟いてから宮城くんに入部届を差し出した。
「ねぇ、他の部活はどう思った?」
倒れていた水坂がピョンと立ち上がって復活し、宮城くんに話かけ始める。
こいつもこいつで新入生の訪れにテンションが上がっているらしい。
珍しく敬語が取れていた。
「運動系の部活は、ちょっと気合い入り過ぎてて……」
「わかります、皆して暑苦しいんだ」
「インドア系の部活は、美術部とか仮入部したんですけどなんだかあわなくて」
俺と神木はお互いに目を合わせてから二人して水坂を見つめるが、水坂は「何よ」と言わんばかりに睨み返してきた。
余計なお世話だったらしく、水坂はなんてことないように話を続けた。
「じゃあ、他に候補は?」
「文芸部とかもいいかなって、思ってます」
「文芸部は詩集出したり割とガチだぞ、基本は俺たちと変わりないが」
「なんでお前そんな事知ってんだ?」
「文化祭で見た」
「し、詩集かぁ……」
「あ、文字書くの苦手なんだ」
なんて雑談している内に結構時間が経ってしまった。
夕日が差し込む部室で神木は最後に、「気が向いたらでいいんだ」と言ってその日は解散となった。
帰り際、部室を施錠し終えると宮城くんは俺を待っていたらしい。
水坂も神木も居ない廊下で一人大人しく突っ立っていた。
俺が部の説明をすることになって話す機会が多かったのか彼の心境はわからないが、なつかれでもしたのだろうか。
「どした」
「いえ、いい部活だなって思って」
「……まぁ、怠け者にはいいかもな。キミが入りたがってるのは意外だけど」
「そうでしょうか」
「キミからはいかにも優等生って感じがする。髪とか、着こなしとか」
「えっと、その。優等生もサボれる場所が欲しいってことです」
「ふむ、そうか」
宮城くんは何かに言い淀む。
なるほど、この辺りはあまり触れて欲しくないらしい。
少し迂闊だったか。
俺は「そういえば」と話を切り替える。
「どこから日議研を知ったんだ?」
「クラスの友達からこんな部活あるらしいって聞いてですね」
「じゃあ下駄箱前にチラシあるのは見てないのか」
「えっ、そんなのあったんですか」
「うん」
宮城くんは「後でチラシ貰います」なんて言って、随分この部を気に入ったみたいだった。
その後は特に何もなく、宮城くんと雑談した後に家へと帰宅した。
「これで後一人入部したら俺が適当に言った通りだな」
そんな事を呟きながら。
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