はめられる

貨物船に乗りタイベに向かった。


「マーギン、釣りしよっ釣りっ」


カタリーナは船酔いもせずに元気だ。ローズは何とか耐えているけど、元気がないな。気合でなんとか船酔いを我慢しているって感じか。


外洋に出るまでは平気だった皆も、外洋に出てからしんどいみたいだ。この前よりずっと揺れてるからな。


「フェアリー、これだけ揺れてると釣りは危ないからダメだ」


「えーっ」


「えー、じゃない」


「だって、ここに来るまでも何も釣れなかったじゃない」


そう、今回は外洋に出るまで釣りをしてみたが何も釣れなかったのだ。カタリーナはそれを楽しみに貨物船に乗ったのに、外洋に出てからは海が荒れててデッキに出るのは危ないのだ。


「釣りとはそういうものだ」


そう冷たく言うとブーっとむくれるカタリーナ。


お菓子作りでも一緒にすれば気が紛れるかとも思ったが、ここまで揺れていると危なくて何も出来ない。もうこの揺れを遊びにしてやるしかないか。


ベッドの薄いマットレス集めて壁に立てかける。


「カタリーナ、こっちに来い」


四方をマットレスに囲まれたスペースにカタリーナを入れる。


「どうして閉じ込めるの?」


「この揺れを遊びにしてやるよ」


「遊び?」


「スリップ!」


ズルルルルン


「キャーっ」


バスっ


少し浮いたカタリーナは船が揺れると踏ん張れずにマットレスに激突。


「どうしてこんな事をするのよっ」


「楽しいだろ?立ってないで、座ってろ」


「えっ?」


カタリーナが慌てて座ると、


「スリップ!」


ズルルルルン


「キャーーっ」


バスンっ


「ほーれほれもう一丁っ!」


ズルルルルン


「キャーーーっ」


バスンっ


こうしてカタリーナはバスンバスンとマットレスに激突してマーギンに遊ばれたのだった。

 

小一時間ほど遊ばれたカタリーナ。


「はぁっ、はぁっ」


痛くないと分かっていてもマットレスに当たる前には身体に力が入るので、カタリーナはクタクタになっていた。


「もうっ、楽しいのはマーギンだけじゃないっ」 


「楽しくなかったか?」


「全然っ」


「ハンナ、お前もやってみるか?」


「楽しないんやろ?」


「それはお前次第だ。ぶつかりそうになったらこんな風にマットレスを蹴って回転してみろ」


マーギンはマットレスをハーフパイプに見立てて、ハンナリーに技を出してみろと言った。


「スリップ!」


ズルルルルンっ


「ほっ」


くるくるくるっ


ハンナリーはマットレスを蹴ってくるくるくると回転する。マーギンは落ちてくるのを見計らってスリップを掛け、マットレスを蹴るときには解除してやる。


左右にズルルルルンと移動してはくるくるくるっと回るハンナリー。


「なにあれ?」


「な、こうやって遊ぶ事も可能だ」


ハンナリーは楽しそうにくるくるくると空中で回っている。


「私もやる」


失敗して落ちても大丈夫なように床にもマットレスを敷き、カタリーナはくるくる回る練習を始めた。


ハンナリーのように上手く出来なくて、ひたすら練習するカタリーナ。そういや木登りの練習もずっとやっていたな、大隊長の訓練もひたすら耐えて頑張ってたみたいだし、こうして目標を持ったらきちんと努力する奴なんだなとマーギンは思って見ていた。


そして、くるくるくるっ


「きゃーーっ!出来たっ 出来たよマーギンっ」


嬉しそうにマーギンに駆け寄って飛び付いて来たカタリーナ。


ぽすっ


マーギンは避けずに受けとめた。


「よく頑張りました」


「えっ」


避けられると思っていたカタリーナはマーギンに正面から抱き着いた形になり、真っ赤になる。


そしてぱっと離れた。


「そっ、そうよっ。私は頑張ったら出来るようになるんだもんっ」


後ろを向いてマーギンにそう言ったカタリーナなのであった。



そしてなんとか皆も吐くまでには至らず、タイベに到着した。



「マーギン、帰りも乗るか?」


下船する時に船長のクックが帰りの予定を聞いてきた。


「帰る日がまだ分からないんだよね。タイミングが合えば乗せてもらおうかな」


「そうか、12月前半か中旬には今年の最終船になるからな。それを過ぎたら春まで帰れんぞ」


「了解。今年中には帰る予定にしているから」


「あぁ、気を付けてな」 


「そちらこそ」


時は10月も終わりかけだ。1ヶ月で全てを終えないとダメだから急がないとな。



宿を探して特務隊とカタリーナとローズはゆっくりと休んでいてもらおうと思ったら、


「どこに行くの?」


「海賊達に会いに行くんだよ。で、明日は領主の所に行って、釈放の確認を取りに行く」


「その海賊って、ハンナリーが雇うのよね?」


「そうだぞ」


「なら私も行く」 


「なんでだよ?」


「だって私も同じ商会で働くんでしょ?」


「お前は王都の店、元海賊達は流通を担当するんだ。同じ商会でも違う職場だから会うこともないぞ」


「でも同じ商会の人になるんだよね?」


「まぁな」


「だったら私も一緒に行く」


何がだったらかよくわからんが、カタリーナがいない方が特務隊もローズもゆっくりと休めるか。


「ローズ、タイベでのカタリーナの護衛は俺がやるわ」


「わっ、私は姫様の護衛なのだ。そういうわけにはいかん」


「んー、今日の用事が済んだらきちんと話すけど、タイベではローズに特務隊と同じ事をやってもらおうと思ってる」 


「えっ?」


「急ぐから詳しくは後でね。別に護衛クビとかじゃないから変に考えないように。晩御飯までに体調戻しておいて」


マーギンはカタリーナとハンナリーを連れて宿を出て行ったのであった。



「ちい兄様、私はやはり護衛失格なのでしょうか……」


「マーギンがそうじゃないと言っただろ。それより体調を戻すぞ。俺達のやることはそれだ」


「はい……」



ー衛兵本部ー


「こんにちは。海賊の引き取りに来たよ。俺はマーギンというものだ」


「はっ。ご苦労様です」


衛兵に案内されて、海賊のかしらの所にやってきた。


「よう、生きてるか?」


「おう、本当に来やがったんだな」


「約束したからな。明日領主の所に行って釈放の確認を取って来る。明後日には全員出られると思うぞ」


「本当に俺まで出してくれるのか?」


「お前がいないと、誰が皆をまとめるんだよ?春までにやって欲しい事があるから、外に出たら忙しいぞ」


「おう、何でもやってやる」


「そっか。なら明後日に迎えに来るわ。外に出たらなんか食いたいものあるか?」


「肉だな」


「分かった。皆の腹が千切れるぐらい美味い肉を食わしてやるよ」


「おう、楽しみにしてるぜ。そっちの嬢ちゃんは初顔だな」


「私はフェアリー!あなたと同じ商会で働くのよ。宜しくねっ」


「ずいぶんと育ちの良さそうな嬢ちゃんだな」


「こいつは貴族だ」


「は?」


「社会勉強の為にタイベに来たんだよ。同じ商会で働くのも本当だ。と言ってもこいつには王都の店で働いてもらうから、会う事もないだろうけどな」


「そうか。ならどうしてわざわざこんな所に連れて来たんだ?俺達を笑いにでも来たのか?」


「違うわよっ。場所は違っても同じ商会で働く人に挨拶に来たの。だから名前ぐらい教えてくれてもいいと思わない?」


「あぁ、すまん。俺はマーロックだ。宜しくな嬢ちゃん」


「フェアリー!」


カタリーナはチッチッチと、人差し指を立てて振る。


「……宜しくなフェアリー」


「宜しくねマーロック」


カタリーナが貴族と聞いて訝しげな顔をしたマーロックだったが、カタリーナの屈託のない態度に困惑したような感じなのであった。


海賊の頭の名前はマーロックというのか。これからかしらではなく、キャプテンと呼んでやろう。


マーギンは衛兵に明後日もう一度来ると伝えて宿に戻った。


皆もだいぶ復活したようなので、街に出て飯を食うことに。


「俺は豚のカレーとビール」 


マーギンはカレーを頼んだが、他の皆は普通のメニューを頼んでいた。


「マーギン、カレーって美味しい?」


「カレーは辛いぞ。タイベは豚肉が美味いから、豚肉のメニューを頼むのがいいんじゃないか」


「えー、じゃあ私も豚肉のカレーとワイン」


「辛いって言っただろ?」


「多分へーき」


まぁ、見知らぬ物を食べるのも旅の醍醐味か。


そしてカタリーナは運ばれて来たカレーを一口食べる。


「舌が焼けるっ」


ゴクゴクゴクっ


辛さを抑えるのにワインをがぶ飲みするカタリーナ。


「まだ辛いっ」


「だから言っただろうが。すいまーせん。甘酸っぱいジュース下さい」


ラッシーのようなジュースを追加で頼んでやる。ワインでは辛さは収まらないのだ。


そのドリンクを飲んだカタリーナはようやく辛さが落ち着いたようだ。


「フェアリー、辛くて食えないなら続きを食ってやるから他のを頼め」


「んー、でももう一口だけ」


パクっ


「ヒーーッ」


ゴクゴクゴクっ


ジュースではなくワインを飲むカタリーナ。


「姫様、そんなにワインを飲まれては……」


「これすっごく辛いの。ねっ、ローズも食べてみて」


「わ、私は辛いのは……」


スプーンにカレーを載せてローズの口に押し付けるカタリーナ。


ローズはやむを得ずそれを口にする。


「ヒーーーッ」


ゴクゴクゴクっ


ローズもカタリーナと同じようにワインをがぶ飲みする。


「ひっ、姫様。こんな物を食べては……」


ローズの唇が辛さで赤く腫れてセクシー唇になっている。うむ、これはこれでよしと、オルターネンの攻撃を喰らわないように心の中で頷くマーギン。


そしてカタリーナは辛さとワインのコンボに嵌まったのか、ヒーーーッゴクゴクゴクを繰り返してはローズにも食ハラを続けたのであった。



「あーあー、ふたりとも潰れちゃったよ」


カレーとワインのコンボで潰れたカタリーナとローズ。どうすんだよこれ?


アイリスやバネッサならおぶって行くのだが、カタリーナとローズだからなぁ。


「ほら、ローズ。宿に戻るぞ」


オルターネンが真っ先にローズの手を自分の肩にのせて、抱き抱えるようにして立たせる。


「ちい兄様、フェアリーはどうすんだよ?」


「ホープかサリドンが連れて帰れ」


「めっ、滅相もありませんっ」


と、二人が断ったので結局マーギンがおんぶして連れて帰る事に。でも今回は隠密も来てるんだよなぁ。しかし放置して帰る方がまずいから仕方がない。


そして店を出るとカタリーナがふふふっと笑う。


「お前、起きてるなら自分で歩け」


そう言うとぎゅーっとしがみつく。


「アイリスとかいつもこうしてもらってるの羨ましかったの。やっとしてもらえたのに降りたくないっ」


「あのなぁ、お前は立場があるだろうが」


「今はフェアリーだもーん」


潰れたのは嘘だったが、酔ってるのは酔ってるみたいだ。ワインをボトル1本ぐらい飲んでたからな。この手の酔っぱらいは何を言っても無駄なのでおろすのを諦めたマーギン。


そして何が嬉しいのか分からないが、カタリーナは背中でふふふっと笑い続けるのであった。



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