無理にとは言わない
「本当に大丈夫なんだろうな?」
作戦を伝えると捕鯨船と大型漁船の船長に詰め寄られるマーギン。
「まぁ、なんとかなると思うけど、嫌ならやらなくていいよ。俺達はタイベに行く途中で魔物討伐をしに来たわけじゃないから。ライオネルのハンターなら海の魔物討伐に慣れてるだろうから、依頼かければいいよ」
そう返答するとぐぬぬと黙る船長達。それが出来るならとっくに討伐ができるハンターが依頼を受けているだろう。
「じゃ、俺はタイベ行きの船の予定を見てくるから。早くクラーケンがどっかに行ってくれるといいね」
「待てっ」
「なんだよ?作戦に反対なんだろ? 俺達は忙しいんだよ」
「タイベ行きの船も動いてないぞ」
え?
「貨物船は?」
「どの船もだ」
マジかよ……
「ならここライオネルで船が動くまで待つしかないか。ちい兄様、地引網漁の所に行こうか。漁の手伝いをしながらクラーケンがいなくなるのを待ってもいいし、明日組合に顔を出して依頼を見てみるのもいいし」
「クラーケンはどうするのだ?」
「船の協力がないとどうしようもないからね。大型漁船もクジラ漁船もクラーケン討伐は嫌みたいだから。それに俺も大丈夫だと思うって程度にしか約束出来ないんだよ」
「前にやった事はないのか?」
「1回だけしかないよ。海の魔物は陸にいると襲って来ないから討伐の優先順位が低いからね」
過去に召喚された国アリストリアは海に面しておらず、マーギンはシャーラムで一度討伐した事があるだけだった。
「じゃ、宿もいっぱいだろうから、地引網漁をしている砂浜で野営させてもらおうか。あそこなら漁師以外誰も来ないから」
と、マーギンはクラーケン討伐を諦めて、地引網漁師の
「今年は早ぇじゃねーか。まだ毒魚は殆ど獲れてねぇぞ」
「毒魚をもらいに来たわけじゃないんだ。タイベに行くつもりだったんだけど、クラーケン騒ぎで船が出てないらしいんだよ」
「そうだな。ここいらは関係ねぇが、沖まで出る船は商売上がったりだ」
「ここに来る前に大型漁船とクジラ漁船でクラーケン討伐しようかと言ったけど、嫌そうだったからやめた。だからクラーケン騒動が終わるまで待つよ」
「嫌がるのも無理はねぇな。万が一船を沈められたら生き残れても借金奴隷になるしかないからな」
「俺も絶対大丈夫だと言い切れなかったからしょうがないね」
事のあらましを話して、砂浜で野営することを伝えると、なら砂浜で宴会だなということになってしまった。
漁師達と奥さん連中が魚介類と野菜を持って来てくれたので小躍りするハンナリー。こちらからはマギュウ肉を提供する。
「この肉旨ぇなっ」
漁師と奥さん達はマギュウを旨い旨いとバクバク食っている。こっちは魚介類をメインで食べていた。
「なんの魚か分からんけど、これめっちゃ旨いやん」
「そいつはシタビラメだ」
「シタビラメって干しても旨いよね」
マーギンもシタビラメを食べている。
「干す以外に食い方があるのか?」
「ん? シタビラメはムニエルが定番だろ」
「ムニエル?」
「小麦粉を付けてバターで揚げ焼きみたいにするんだよ」
「食った事ねぇぞ」
「なら作ってやろうか?生のシタビラメはある?」
「いや、今はねぇな」
「じゃあ、一夜干しを唐揚げにするか」
シタビラメの一夜干しに軽く胡椒を掛けて、片栗粉をまぶして油で揚げる。こいつはあっさりした身だから油との相性も良いのだ。
「はい、ヒレとかも食べられるぞ。お好みでレモンを掛けてどうぞ」
ここの漁師は獣人も多いから揚げなくてもヒレとか気にせずに食うけど。
「どれどれ」
と、シタビラメを持って来てくれた漁師が手掴みでバクっといった。
「こりゃ旨ぇ」
「だろ?炭火焼きも旨いけど、こういう食い方もあると飽きずに食えるだろ」
「ムニエルも旨いか?」
「そうだね。一夜干しだとあまり高くは売れないだろうけど、ムニエルなら高い飯屋でも出せるぞ」
「本当かよっ」
「あぁ。それぐらいの味になる。干物にしたら卸値は1匹300Gとかだろ?」
「100Gだ」
そんなに安いのか。
「ここで料理の得意な奥さんとかが飯屋をやったら? ライオネルは王都から来る人も多いから、美味しい海の幸が安く食べられるなら流行ると思うけどね」
「儲かるか?」
「高値で売れる魚は卸して、値段の付かないような魚は料理する方が儲かる。あっ、
「本当かっ。どこの商会に頼めばいい?」
「まだどこが取り扱うか決まってないんだよね。来年の春ならこいつに頼んで貰ったらいいけど」
と、ハンナリーを指で差す。
「は? この小娘にか?」
「そう。こいつがタイベと王都の流通をやるんだよ。それと大型漁船の魚も王都に流通させようと思ってるから」
「春には本当に可能なんだな?」
「その予定。荷馬車とかの手配もあるから春にはなんとかって所だね。今日は手持ちの醤油を分けるから、本当に料理屋をするなら、練習用に使ってくれたらいいよ」
後で瓶を持って来て貰って小分けして渡す事に。そして、明日の地引網の手伝いをする約束をして、砂浜で野営をするのであった。
早朝の地引網を楽しむカタリーナ。何度もカタリーナと言いかけてはフェアリーと呼ぶマーギン。ローズは姫様呼びだ。
マーギンは一度目の網が終わった後に、売値の付かない魚で奥様達に料理教室を行う。煮付け、天ぷら、唐揚げ、ムニエルとかだ。そしてシタビラメはやはりムニエルが一番好評だった。
「メゴチの天ぷらって美味しいわねぇ。これは売れるんじゃないかしらね」
「メゴチは売れないのか?」
「ヌルヌルしているだろ? 大きくもないから売値なんて付かないんだよ」
「旨い魚なんだけどね。キスやカマスも天ぷらにすると旨いんだよ」
「そうかい。ならやっぱり料理屋をやった方がいいわねぇ」
「その時間があるならいいと思うよ。夜に今日獲れた鯛とか分けて貰えるなら生で食べてみて、売れるがどうか試してみて」
その夜は色々な魚の刺身を皆で食べる。もちろん醤油とワサビ代わりのホースラディッシュを使った。
「これが米か?」
「そう。生の魚にはパンより米の方が合う。酒はこいつだね」
タイベで買った日本酒を皆に少しずつ分ける。刺身と日本酒、刺身と米の組合せだ。
「旨いっ」
「だろ? 米はタイベで仕入れて、これから少しずつ流通させるよ」
「隣の領だが俺達はタイベの事を何も知らねぇからかな」
「気軽に行けないからね。さ、汁物どうぞ」
魚のアラから取った出汁で作った味噌汁。具は刺身の切れ端を使っている。これも好評だった。
そして、料理屋を作ったら米も日本酒も仕入れてどうだこうだとか盛り上がったのだった。マーギンは卓上魔導コンロで鍋とかも提案しておく。魔導コンロ程度ならマーギンがちゃっちゃっと作る事も可能なのだ。
その翌日、見たことがある人が訪ねて来た。
「あっ、貨物船の船長」
「マーギン、久しぶりだな」
「どうしてここに?」
「お前、クラーケンの討伐が出来るそうだな」
船長は港で誰かに俺達の事を聞いて探しに来たようだ。
「絶対とは言い切れないんだけどね。でも協力してくれる船がないから無理だよ」
「俺の船を出してやる」
は?
「下手したら沈まされるんだぞ」
「お前なら殺るだろ。俺は心配してねぇ」
貨物船だけで討伐か。
「船長、今回の事だけならそれでもいいけど、次に出たらどうすんの?」
「大型漁船でもヤバいような奴がそんな頻繁に出るかっ」
「それはどうだろうね? 陸地は魔物が増えて強くなってきてんだよ。海も同じ状況だとしたら大型クラーケンが出るのは普通の事になると思うんだよね。俺がクジラ漁船に協力を仰いだのはこれからの事を想定して自分達で討伐出来るようになればいいなと思ったからなんだよ」
「自分達で討伐?」
「そう。クジラ漁船にはバリスタを積んであるから討伐出来ると思うんだ。ハンターに依頼を掛けても討伐できる奴はいないだろ?」
クラーケンは剣や槍で倒せるものではない。
「マーギン、クジラ漁船の協力が必要なんだな?」
「無理に手伝ってもらう必要はないよ。危ないのは確かだし」
「いや、手伝わせる。自分たちの漁場を自分たちで守るのは当たり前の事だ」
「貨物船の航路にもクラーケンが出るの?」
「ライオネルからタイベに向かう時には一度外洋まで出るからな。可能性はある」
なるほどな。貨物船が襲われたら対抗手段がないな。油掛けて燃やせば追い払う事も出来るだろうけど、船まで燃える可能性があるからな。
「それなら貨物船にもバリスタを搭載した方がいいかもね。船首、横にいくつかと船尾に」
「バリスタとはクジラを撃つ銛のことだな?」
「そうそう。貨物船だと貼り付かれた時に自分で攻撃しないとダメだから、バリスタは複数必要になると思うよ」
「それは上に言っておく。今回はクジラ漁船にやらせるから、マーギンの力を貸してくれ」
「クジラ漁船がやりたいと言ってくれるならね」
それは俺に任せておけと、貨物船の船長クックはドンと胸を叩いたのであった。
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