お前は後で説教な
マーギンは第四隊長を治癒したあと、カザフの元へ。
「カザフ、腕は上がるか?」
マーギンはカザフの手を持ってゆっくりと上げてみる。
「痛てててててっ」
「大丈夫だな。骨には異常がなさそうだ」
カザフが木剣で突かれた所をゆっくりと治癒していく。
「マーギン、俺ヤバぇことした?」
自分より先に相手に走って治癒をしに行ったマーギンの様子を見てカザフはそう聞いてきた。
「いや、あれで正解だ。お前らは訓練とはいえ敵を全て殺す気でやればいい。その代わりお前らも殺される覚悟をしておけ。これからお前らの踏み込む世界はそういう世界だ」
「マーギンはそういう世界で生きて来たんだよな…」
「そうだ。人が相手の事はほとんどなかったが、魔物を狩りまくる毎日だ。疲れていようが、気分が落ち込んでいようが何もかもお構いなしにそういう毎日だ。お前らもそういう世界で生きて行くことになる」
「マーギン…」
カザフはなんとも言えない顔をする。
「怖くなったか?今ならまだ引き返せるぞ。成人するまでの少しの間だけでも楽しく生きていくのもいいと思うけどな」
「マーギンはそんな毎日が嫌だったのか?」
「うーん、辛い時も面倒臭い時もあったけど、嫌ではなかったかな」
「戦うのが好きだからか?」
「出来なかった事が出来るようになっていくのは楽しかったな。戦うのが好きというより、自分がここまで出来るんだとか思うのが楽しかっただけかもな」
「マーギン、俺達も同じだぜ。ゴミみたいに扱われていた生活から、こうして色々と教えてもらって、自分達の出来る事が増えて行くのが楽しいんだ。だからこのまま突っ走ってやんぜっ」
「そうか。なら頑張れ。その代わりすぐに死ぬなよ。この勝負も真剣を使ってたり、向こうが殺す気で来ていたらお前は死んでたからな」
「うん、自分がまだまだなのは分かってる。だからマーギンみたいに全部避けられるようになるぜ。真剣でも当たらなければどうということはないからな」
「そうか。それを胸にきっちり刻み込んで明日からも頑張れ。今日はよくやった。合格だ」
「やったぜ!」
治癒が終わったカザフは皆の元に戻る。
「サリドン、次はお前だ」
「はいっ」
「大隊長、お待たせ致しました。勝負はなんでも有りで良かったですか?」
「構わんぞ。なぁ、第三隊長」
「構いませんよ。先程の試合の事もありますから、こちらも殺すつもりで立ち合います」
マーギンはサリドンに少しアドバイスをする。
「サリドン、俺の言った言葉と第三隊長の言った言葉の違いはわかるか?」
「い、いえ。何でも有りということは魔法を使えということしか」
「俺は勝負と言ったんだ。向こうはなんて言った?」
「あっ… 試合と」
「そう。向こうは試合をしにくる。お前は勝負をしろ」
サリドンは試合と勝負の違いがうまく理解出来ない。
「勝負とは人によって捉え方が違うかもしれんが、要するに勝てばいいって事だ。生死を分ける戦いに卑怯もクソもない。生き残った方が強いんだ」
「目潰しに砂でも投げろと?」
「それもいいな。大抵は視覚に頼って戦うからな。それを潰すのも立派な作戦だ。お前は騎士隊に所属しているが、もう騎士ではない。敵をいかに殺すかという隊の隊員だ。まずいと思ったら情けなく逃げ回ってもいい。最後に立ってた方が勝ちだからな」
「は、はい」
「魔法もお前の武器だから遠慮なく使え。相手が火傷しても俺が治すから気にせずにやれ」
サリドンはそう言われてゴクリと唾を飲んだ。
「もういいか?」
大隊長が痺れを切らせたように言ってくる。
「ほら、行け。今までの訓練を思い返して思う存分力を試して来い」
第三隊長とサリドンが開始線で構える。形式は試合だが中身は勝負だ。
「始めっ」
開始と同時に第三隊長が斬り込んで来た。自分より格下の相手だとの意識はなさそうだ。
今までのサリドンなら、突進して来た相手をその場で受けに回ったかもしれない。しかし、サリドンは横に逃げるようにダッシュした。
「貴様っ、逃げるかっ」
一度も剣を交える事もなく逃亡を図ったように思った第三隊長はそのまま追う。
ボヒュッ ボヒュッ ボヒュッ
「うおっ」
第三隊長はいきなり飛んで来たファイアバレッドを横っ飛びで躱した。なかなかの反射神経だ。サリドンはもっと引き付けてから撃てば回避不可能で勝ちだったのに、まだ遠慮が勝つか。
サリドンは反転して体勢を崩した第三隊長に襲い掛かる。
ガツンっ
サリドンの振り下ろした木剣を第三隊長はしゃがみながら受ける。
そこで撃てっ
と、マーギンは心の中で叫ぶがサリドンは撃たずに木剣で攻撃をしていく。
ガツンっ
「ぐっ…」
第三隊長はサリドンが木剣を振り上げた隙に全身を使ってアッパーのように剣を跳ね上げ、サリドンの小手を斬った。
木剣を弾き飛ばされるサリドンは両手を上げたバンザイのような体勢になる。
どすぅぅっ
その隙を第三隊長が見逃すはずもなく、サリドンの胴を横斬りで斬った。
「ゴホッ」
横斬りされたサリドンはくの字に身体が曲がる。
そこで勝ちを確信した第三隊長。
ボヒュヒュヒュヒュッ
「ぐぁぁぁぁっ」
サリドンは意識を手放す寸前にファイアバレットを連射し、第三隊長はそれをもろに食らう。
マーギンは飛び出して、ウォーターキャノンを撃って消火し、そのまま治癒に入った。
「この勝負引き分…」
「じ、自分は立ってます…」
サリドンは腹を押さえながらよろよろと立ち上がって大隊長にそう言った。
「勝者サリドン」
その宣言を聞いたサリドンはその場で前のめりに倒れる。
「大隊長、サリドンの肋骨が内臓に刺さってないか確認お願いします」
第三隊長の火傷の治療が終わってないので、サリドンが重篤かどうかを大隊長に判断して貰う。
「大丈夫だ。折れてはおらん」
そうか。なら、こっちが先だな。と、マーギンは第三隊長の治癒を優先した。
治癒後、サリドンの元へ。
「失格だサリドン。最後に立ち上がったのは褒めてやるけど、実戦なら死んでたからな」
「す、すいません」
肋骨は折れてはいないものの、ヒビが入っているだろうな。瞬時に身体強化をしたのかもしれん。しかし、治癒魔法で治しても3日ほど訓練には参加させられないだろう。
「お前、今晩説教な」
「は、はひ…」
一応勝ったサリドンはマーギンから合格はもらえなかったのだった。
「ホープ、お前も無様な勝負をしたら説教だからな」
「自分はやられませんよ」
お前、それフラグじゃなかろうな?
「あの隊長は強いぞ」
「ええ、知ってます」
ホープは強気な言葉とは裏腹に手にびっしょりと汗をかいていた。対戦する第二隊長は元第三隊長、数ヶ月前まで自分の上司だった隊長だ。オルターネンと実力が同じぐらいの人。まともに打ち合って勝てる相手ではない。
「マーギンさん、勝てばいいんですよね」
「そうだ。俺との訓練でどこまでお前が変わったか見せてくれ。昔のままだともう訓練に参加させないからな」
「勝ちますよ。どんな手を使ってでも」
ホープはマーギンにそう答えて、手の平をズボンで拭ったのだった。
「始めっ」
「ホープ、お前がどこまで伸びたか見せてみろ」
「隊長、自分は強いですよ」
「相変わらず、生意気なやつだ」
第二隊長はそう言い終わるや否や、ホープに斬り込んで来た。ホープはそれを待っていたかのように飛び込む。
一瞬早く第二隊長の木剣が振り下ろされる。ホープはそれをマーギンがやるようにトンっと横に飛び避けた。
第二隊長は避けられた事を驚きもせずにそのまま横斬りでホープに追撃。ホープはその攻撃を木剣で受け、その力を利用してくるんと回り、今度は反対側へパッと移動して、斜め下から斬り上げる。
「くっ」
一瞬反応が遅れた第二隊長はなんとかその攻撃を受けると、ホープはまた反対側に飛んで斜め上からの攻撃。そして右左と移動して攻撃を繰り出す。
「ほぅ、バネッサみたいな攻撃だな」
ホープは足場がなくても左右に素早く移動するバネッサやカザフの足元を見続けていた。あの二人は足首や身体の柔軟性で動から静の衝撃を吸収して、それを次の移動に活かしていたのだ。自分はあそこまでうまく動の力を吸収しきれない。が、密かに個人練習を繰り返した結果、以前よりずっとスムーズに出来るようになってきたのだ。
「こいつ…」
第二隊長は以前のホープとはまるで違う動きに戸惑う。たった数ヶ月でこんなにも人が変わるものなのか?
しかし、第二隊長もホープの動きに慣れて来て、攻撃を受けるのに余裕が出始めた頃、ホープは右左右左の動きから右右右に身体強化をして動いた。
結果、第二隊長はホープを見失う。こっちだと意識がいった瞬間にホープが目の前から消えたのだ。
ガツンっ
「がっ…」
ホープは第二隊長の後ろから袈裟斬りで仕留めたのだった。しかし、攻撃の手を緩めずに膝裏を蹴り、体勢を崩した第二隊長を滅多打ちにしたのだった。
「勝者ホープ!」
大隊長の宣言でホープはようやく攻撃を止めたのだった。
第二隊長はなんとか立ち上がる。ホープは冷静に攻撃をしていたので、鎧に守られていない頭部は攻撃しなかった為、受けた攻撃ほどダメージは受けていないのだった。
「お前、口だけでなく強くなったな」
「はい、隊長。ありがとうございました」
ホープはマーギンの元に戻って来た後、その場で立てなくなった。
「ほら、足出せ。膝と足首にかなり負担掛けただろ」
「でも勝ちましたよ」
「相手が複数なら立てなくなった所を狙い打ちされて死んでるな。まぁ、相手が倒れても勝手に攻撃を止めなかった事は褒めてやる。膝裏を蹴ってこかせた事は見事だ」
マーギンはホープの足に治癒魔法を掛けながらそう言うと、ホープはやっと嬉しそうな顔をしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます