このままだと埒が明かない

休み明けの訓練は少し様子が違う。バネッサとカザフが同時に突っ込んで来ないのだ。


やっと作戦を立てて来たのか。


マーギンはチラッと皆が動いた配置を確認する。なるほど、アイリスで俺を仕留めるつもりか。


三方に特務隊、星の導き、カザフ達が別れてマーギンを取り囲み、離れた所にアイリスを配置している。が、シスコの隣に並んでいるのは悪手だな。遠距離攻撃が出来るのは、シスコ、アイリス、サリドン。バネッサは至近距離及び中距離攻撃が可能だから、要をバネッサにするのが一番上手く行くと思うけどね。


先ずはいつものごとくバネッサが突っ込んで来ている。が、いつもより圧倒的に速い。身体強化で一気に決める作戦か。カウンター攻撃で先にバネッサを仕留めてもいいけど、このスピードなら対応出来る魔物もほとんどいないだろうから合格と判断して作戦に乗ってやることに。


マーギンはバネッサに当たらないぐらいのスピードに調整して攻撃をする。いつものバネッサなら、甘ぇぜっ!とか言葉を発するのに今回は本気のようで、言葉を発せずにこちらの攻撃を避けながら攻撃をしかけてくる。やっぱりこいつのマジの短剣攻撃は速いな。


マーギンは身体に身体強化魔法を纏わせギリギリで躱していく。


後ろからカザフが攻撃してくるかと思ったけど、構えたまま様子を伺っている。どうやらファーストアタックはバネッサ一人に任せているようだ。俺が防戦状態になっている間にサリドンもシスコも誤射覚悟で撃ってくれば良いものを。このバネッサの動きを見たらバネッサに当たらないのが分かるだろ?


作戦を皆で決めたが、お互いの本気の実力を把握した上での信頼関係がまだ築けてないからこうなるのだな。



ー勇者パーティ時代ー


「マーギンっ、貴様は前に出るなっ。補助をちゃんとやらんかっ」


パーティ全員でファイティングベアと戦っていた。こいつは熊系の魔物の中で強い部類に入る。デカいくせにかなりのスピードの持ち主なのだ。


まだ勇者パーティ結成初期の頃、お互いの能力を把握出来ておらず連携が上手くいかないので、マーギンはすぐに一人で突っ込んで行く。それをミスティが怒鳴って諌めるというパターンが続いていた。


「そうは言うけど、ベローチェが苦戦してんだろうが」


「そう思うなら、貴様の身体強化魔法でベローチェのスピードを上げぬかっ」


「あれ上手くやらないと危ないってお前が言ったんだろっ。お前が先に熊にデバフ掛けろよ」


「ぐぬぬぬっ。我が闇の力にとらわれよっ スロウっ」


「ぬおっ」


ミスティはベローチェの動きを見誤り魔法を誤射した。スロウの魔法を食らったベローチェはいきなりスピードが落ちて窮地に陥る。


「ふんっ」


ガインが大剣をファイティングベアに向かって斬り付け、ベローチェの援護に入ろうとした瞬間、


「プロテクションっ」


ガキンッ


ソフィアがベローチェを守るためにプロテクションを発動。ベローチェを襲ったファイティングベアの攻撃を止めたのは良いが、ガインの大剣攻撃もプロテクションに阻まれてしまった。


その横から素早く斬りつけようとしたマーベリック。マーギンは身体強化魔法をマーベリックに掛けた。


ドゴンッ


マーベリックは剣を振り下ろす前にファイティングベアに激突。


「げっ、しまった」


ヤバイヤバイヤバイ


ファイティングベアが体勢を崩したマーベリックに標的を変えた。ガインは大剣をプロテクションに阻まれた時の衝撃で手が痺れているようで追撃出来ていない。


マーギンは慌ててのろくなったベローチェを回収して逃げる。


そして、ファイティングベアとマーベリックが戦っている後ろからガインが斬り、ファイティングベアが振り返った所をマーベリックが斬ってなんとか倒したのだった。


戦闘後、マーベリックとガインは怒らなかったが、ソフィアはマーギンとミスティにキーキーっと怒った。


「お前のプロテクションも失敗しただろうが」


そう言い返したマーギンはソフィアのヒスの餌食になったのであった。


これはまだお互いの動きを完全に把握出来ていなかった頃のお話。



ー訓練所ー


身体強化をして全力で攻撃をし続けるバネッサ。空振りが続くと体力が失われるスピードも速い。もう少しこのまま躱し続けたらバネッサは体力切れか魔力切れで離脱するだろう。


マーギンはその場をあまり動かずに誰がどう動くか様子を伺い続けるが、他の皆はマーギンをその場から逃さないようにしているだけのようだ。


そして暫く躱し続けた時にバネッサがフッと違う動きをした。恐らく限界が来たのだろう。


「ファイアバレットッ!」


その時にアイリスが大量のファイアバレットを撃った。マーギンはスピードの落ちたバネッサを捕まえて盾にする。それを見たオルターネンとロッカが飛び込んで来た。


「ウォール」


マーギンは土壁を皆の前に出してファイアバレットを防いだ。続いて、


「エアバレット」


「ふぎゃっ」


エアバレットをアイリスにお見舞いする。エアバレット食らったアイリスの顔が面白顔に変わって後ろに吹き飛んだ。


「はい、終了。この作戦を考えたのちい兄様?」


そうオルターネンに聞くとギリッと唇を噛んで睨みつける。


「お前っ、バネッサを盾にするとかなにを考えてんだっ」


「こういう事をする魔物がいるんだよ」 


と、マーギンは適当に答える。


「そうなのか…」


そういう魔物がいるのかと納得するオルターネン。いや、そんなの知らんけど。


「これだけ人数が居てなにをやってんだ?バネッサは頑張ったがそれだけだ。このバトルの合格はバネッサのみ。今から俺がメンバーを選んでチーム戦をやる。このまま俺とやっても意味がなさそうだしな」


時間があるならこのまま色々なパターンを考えてもらっても良いのだろうけど、間に合わなさそうだからな。


「星の導きは見学」


「なんだと?」


「バネッサはもう今日は動けんだろ?無理しすぎだ。お前らは今からやることをよく見とけ。カザフ、タジキ、俺とお前ら二人が組む」


「僕は?」


「トルクは俺の後ろに付いて俺のやることを見ておけ」


「見ておくだけ?」


「そうだ。見て学べ。今から特務隊と俺達で戦う」


「マーギン一人で勝てるんじゃないのか?」


「俺は攻撃をせずにカザフとタジキのサポートだ。じゃ、10分後に勝負な」


10分間でカザフ達に作戦を伝える。


「お前ら、特務隊の要は誰だと思う?」


「そりゃオルターネン様に決まってんだろ」


「そうだな。で、あの3人を倒すには誰から狙うのが正解だ?」


「オルターネン様」


「どうやったら倒せると思う?俺はお前らの補助はしてやるけど攻撃はせんぞ」


「んー、チョコチョコ素早く動いて撹乱する?」


カザフのイメージはバネッサだ。


「それは必要だな。で、どうやって狙う?」


と聞いても分からないのかうんうんと唸りだした。


「はっきり言って、俺が攻撃をしない限り勝ち目はない。が、ちい兄様に一本入れるのは可能かもしれない」


「どうやって狙うんだ?」


「ちい兄様を狙うと見せかけて、ホープを狙うふりをしてちい兄様を狙う」


よく意味がわからないカザフ達。


「特務隊を魔狼の群れと思え。ちい兄様がリーダーだ。ホープが斥候役でサリドンが遊撃だな。お前らは斥候に構わずちい兄様に攻撃を仕掛けに行け。そうすると、勝つためにリーダーを狙ったと向こうは思う。ちい兄様はお前らを迎え撃とうとするから、標的を変えてホープに攻撃をするように動け」


「オルターネン様を狙うんだよね?」


「そう。ちい兄様はきっと引っかかる。自分を狙ったのはフェイントだと勘違いするはずだ。その隙を狙ってちい兄様に一撃を入れろ。向こうの攻撃は俺が防いでやるからお前らは攻撃だけに集中しろ」


マーギンはカザフ達がこう動くと、相手はこう動くから、ここでこうして、と具体的に説明をするのだった。



「さ、オルターネン様。遠慮なくやらせてもらいますよ」


「望む所だ。返り討ちにしてやるからな」


「まぁ、可愛い妹の前で恥をかいてください。明日からちい兄様の兄が無くなって、ちい様だけになるかもしれませんけどね」


オルターネンはローズから可愛い名前を呼ぶように「ちい様」と呼ばれる自分を想像する。


「絶対に負けんっ」


オルターネンはマーギンの挑発に簡単に乗ったのだった。


これはチョロちい様と呼ばれるのもそう遠くなさそうだなとマーギンは思ったのだった。


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