チョロマ
マーギンはなかなか止まらなかった涙をぐっと飲み込むようにして日記を閉じた。
「王妃様、ありがとうございました」
「マーギンさんはやはりその本を読むことが出来るのですね」
「はい」
「その本は歴史を研究しているものが解読出来なかったものなのです。もし、何が書かれているか差し支えなければ教えて下さるかしら?」
「これは本ではなく、日記でした」
「書いた方をご存知なのね…」
「かつての仲間の日記です。なぜこの日記がシュベタイン王国の宝物庫にあったのかわかりませんが…」
「その本… いえ、その日記はいつから宝物庫にあったのか記録にありませんの。ただずっと大切に保管されていたものなのです」
「そんな大切な物を私が頂いても宜しいのでしょうか…」
「その日記はシュベタイン王国の宝物庫に保管しておいてもまさに宝の持ち腐れですわ。あるべき所に戻ったというところかしら。もしかしたらマーギンさんに渡す為に保管されていたのかもしれませんね」
王妃の言葉にマーギンはそうなのかもしれないと思った。この国がある場所は元魔国。アリストリアと隣接していたとはいえ、ここにマーベリックの日記があったのが不思議でならない。
「王妃様、この日記には魔王が討伐された後の事が綴られておりました。内容は魔王を討伐した後に王になった者の苦悩が書かれております」
「魔王討伐… ではマーギンさんも…」
「はい。私は魔王を討伐する為のパーティメンバーでこの日記を書いた人の補助をしておりました。魔王討伐直後に魔法の師匠に石化され、目覚めたのが数年前になります。転移魔法で飛ばされたと嘘を付いていて申し訳ありませんでした」
「そうでしたのね… 魔道具や魔法に詳しいのは失われた古代の知識なのですね」
大隊長にはこの事を王に話しても良いと伝えたが、王妃の感じからすると報告をしていないように思える。
「はい。この日記では分かりかねますが、魔王が討伐された後に大きな戦争が起こったのかもしれません。それらしき伝聞はタイベの先住民からも教えてもらいました。戦争でこの大陸の人類が滅び掛けたのが原因で知識や技術の継承や歴史の記録が途絶えてしまったのかもしれません」
「マーギンさん」
「はい」
「その国では王族と上手くいっておりませんでしたの?」
「そうですね。王様と顔を合わせたのはほんの数回です。王妃様とは面識がありません。前にお話した通り自分は危険人物と思われていたようですから」
「確かに貴族至上主義の国であればマーギンさんの存在は危険ですわね」
と、王妃はふふふと笑った。
「マーギンさん、この国は少しずつではありますけど、貴族と庶民の垣根を低くしていきたいと考えておりますの」
「それをすると貴族からの反発が大きそうですね」
「えぇ、500年掛かって出来上がった制度ですから、変えていくには相当年数が掛かるでしょうね。でもそれをしていかないと、能力が無い者でも国の中枢に居続ける事になり、やがて衰退を招くでしょう。ですから無能者はその座から降りてもらわねばなりません。今回のトイシャングのように」
王妃はこの国の風通しを良くしていこうとしているのか。
「マーギンさん」
「はい」
「この国に少しお力をお貸し頂けるかしら?」
「私は危険人物ですよ?」
「存じ上げておりますわ」
と、屈託の無い顔で笑う王妃に、マーギンは自分で良ければと返事をしてしまうのであった。
マーギンは結構チョロいのである。
その後、日記の事も過去の事も追求されることなく解放されたのであった。
同じ日の夜、ホープは大隊長に呼び出されて、実家の不祥事の事を知らされた。
「ウェーバー家が無くなるかもしれないなんて…」
離籍したとはいえ、特に家と揉めていた訳ではないホープは動揺する。
「まだ無くなると決まった訳ではない。マーギンの進言により、ウェーバー家は謹慎させられているだけで処分内容は保留になっている」
「マーギンは私の実家だから助けてくれたのですか?」
「いや、マーギンはウェーバー家がお前の実家だとは知らんかもしれん。ウェーバー家が不正に加担していたとはいえ、上からの命令に逆らえなかった事情を考慮すべきだと王妃様に意見をしたようだ」
「マーギンは王妃様に意見出来るような立場なのでしょうか」
「あいつに立場などないぞ。この国の人間ですらないからな。しかし、そんな事は気にせずに違う事は違うと言う性格なのだろう」
「立場などなくても…」
「同じ事が出来ると勘違いするなよ。あいつは圧倒的な力を持っているから何も恐れる事はないのだろう」
「そ、そうですね…」
「ウェーバー家がお咎めなしとは思わんが、取潰しにまでならないのではないかと思っている。トイシャング家は取潰しになるのは確実だな。当主は斬首刑になるかもしれん」
「庶民相手の不正でもそこまで厳しいものになるのですか」
「他にも不正をしていたようだからな。それに今までは見逃されていたような不正も処罰されるようになるとの見せしめになるのだろう」
大隊長の言う通り、トイシャング家は名門伯爵家。それが取潰しになるとは前代未聞の出来事なのである。
ホープは実家が不正を問われることになる事を知っていた大隊長が自分に離籍の話をしたのかもしれないと理解した。しかし、これは内部情報を漏らしたとも取られかねないので、気付かなかった事にするのであった。
休み明けからの訓練は同じ内容のものが続き、月末を向かえた。
「よし、では今日は気配の消し方と捉え方のテストを行う」
今日までの訓練をマーギンが見た感じの合格者は、ガキ共、ロッカ、オルターネン。この5人はテストをしなくても良い。サリドンも合格するだろう。ホープはギリか?ローズはテコ入れしてやらないと不合格だな。
「えー、カザフ、タジキ、トルク、ロッカ、ちい兄様は合格。テストは不要だから違う訓練をしててくれ」
「何をすればいい?柔軟か?」
ロッカは自己訓練=柔軟が刷り込まれてしまったな。
「ロッカはちい兄様と組んでカザフ達とバトル形式で戦ってくれ」
「え?」
「コテンパンにやっつけてやってくれていいぞ。2対3で人数は不利だけど、もちろん勝てるよな?」
「あっ、当たり前だっ」
マーギンの予想では、オルターネン&ロッカが勝つだろうけど、かなり苦戦するだろうなと思っていた。この二人はすばしっこくチョロチョロ動く相手とは相性が悪いのだ。
「ではテストを開始する。サリドン、ホープ、ローズはパーティだ。敵は俺。目隠しのまま俺の攻撃を回避してくれ。もちろん攻撃してきても良いけど、同士撃ちになるようなヘマはするなよ」
と、前置きをしてからバトル開始。
マーギンは本気で気配を消し、3人に近付くが誰も気付かない。そして一気に威圧を放った。
「ヒッ」
と、声をあげるサリドン。ローズとホープは威圧に耐えようと頑張っているが、身体が硬直している。
サリドンとホープを軽く蹴飛ばしてやると、めちゃくちゃに剣を振り出した。蹴って離れた事により、お互いに当たってはいないがパニックになっているようだ。
ローズも二人がパニックになっている雰囲気を掴んだのか、剣を振ろうとしている。全員目隠しの時に使っていたゴム棒と違って木剣を使っているから危ないな。
が、ローズを蹴飛ばしたくないマーギンはスッとローズに近付き、耳打ちをする。
「斬るとミミズが飛んで来るぞ」
ビックゥゥ
ローズは剣を振るのを止めてカタカタと震える。気配も全く消せていない。
マーギンはもう一度耳打ちをする。
「ピーマンが気配を追って来るぞ」
ローズはピーマンの恐怖が頭に過ぎり、その場でしゃがみ込んでちっこく丸まる。
おぉ、ちっこく丸まるローズが可愛い。大きな身体の子供がかくれんぼで一生懸命隠れているような感じだ。そうそう。かくれんぼの時に、見つかるまいとする意識が気配を消すのと同じなのだ。
マーギンは威圧を出しながら、ローズの周りをウロウロすると、ローズはさらにちっこく丸まり、一所懸命気配を消していった。ちょっと押してみたくなるのを我慢して、サリドンとホープの元へ行き、気配を出したり消したりしながら蹴り飛ばして行く。
それを繰り返していくうちに、慣れてきたのかサリドンがこちらの気配追うようになって来た。ホープは自分の気配を消す事に集中しているようだ。役割としては合格かな。大雑把に気配を探るのはサリドン。敵を発見したらホープが気配を消して近付けばいいからな。後は実戦で慣れて行けばいいだろう。
問題はローズだな。気配を消す事に集中している時はいい線をいっている。しかし、ローズの役割は気配を探る方が重要になってくるからな。
マーギンは気配を出したり、消したり、しながらローズを試すが、ちっこく丸まったローズがそれに気付いているのかどうかがわからなかったので、しばらく色々と試した後にテストを終了したのであった。
「はい、テスト終わり。目隠しを取って」
そしてテスト結果を伝える。
「サリドンとホープは及第点だけど合格。後は実戦で意識して使ってけば精度が上がっていくと思う。訓練でこれ以上あげるのは時間が掛かるからもういい」
「私はどうなのだ」
「ローズは不合格。気配を消す方は合格をあげてもいいけど、気配を探るのはダメだね。ローズの役割は気配察知の方が重要だ。ローズは休み明けから個別訓練するから」
「イヤだーーーっ」
ローズは幼児退行したかのようにそう叫ぶのであった。
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