楽しい時間は束の間

リッカの食堂が終わったのを見計らって中に。


「もう閉店… 何しに来たのよ?」


「相変わらず酷い言い草だな。結構人数が来るから中に入るぞ」


やっと終わったと思った所にマーギンがやって来たので面倒臭そうな顔をしたリッカ。隣にはローズとカタリーナがいるのだ。


「ちょっ、ちょっとっ」


「お前にまだ働けとは言ってない」


入るなと言わんばかりにマーギンの前に立ちはだかるリッカ。


ずんずんずん。


マーギンはリッカを避けずにそのまま店の中に押し込んで行く。


「マーギン、リッカを襲おうとするなんて責任取りなよっ」


「これのどこが襲ってるように見えるんだよ?」


リッカが両手を前に組んでガードしているのをマーギンが身体で店の中に押し込んでいるのだ。傍から見たら襲っているようにしか見えない。


「女将さん、もうすぐ星の導き達と大隊長と特務隊が来る。プラス9人だな」


総勢15名。


「もう一人追加だ」


女将さんに集まる人数を伝えていると後ろから声がした。


「あ、ロド。誰かに聞いたのか?」


「いや、ホロメン鳥をバネッサ達が狩っただろ?ここで食うんじゃないかと思ってな」


勘のいい奴だ。


「ようやく店が終わったんだぞ。ぞろぞろ来んなっ」


厨房から大将が出てきた。


「大将、そんな事を言ったらガキ共が悲しむぞ。タジキが大将に料理を見せたくてやって来たのによ」


「何っ?」


「大将、遅くに来てごめん…」


喜んでくれると思って来たのに、迷惑がられて悲しげな顔をするタジキ。


「えっ?なんか作って来てくれたのか?」


「うん、本当はここで作ろうと思ったんだけど、お客さんいっぱいで迷惑だろうから、マーギンの家で作ってきたんだ」


それを聞いてブワッと涙が溢れる大将。


「うぉぉぉっ、すまんっ。お前らが来て迷惑だと思ったんじゃないっ。マーギンが迷惑だったんだっ」


おいっ。


ガキ共を抱き締めて大泣きする大将。あー、歳食ったらあんな風になるのか…


ガコンっ


「痛っ!」


大将が蹴飛ばした椅子がマーギンにヒットした。


「何も言ってないだろうがっ」


「誰が歳食ってんだっ」


マーギンの心の声は気付かぬうちに口からお滑りになっていたようだ。


「で、後から誰が来るんだ?」


「ロッカ達と特務隊と大隊長」


「は?」


意味がわからない大将が特務隊?と聞いている時にロッカ達が入ってきた。


「リッカちゃん、毎日忙しそうだな。これは土産だ」 


ロッカはタイベで買っていたのか、マンゴーのドライフルーツをお土産としてリッカに渡していた。


「ありがとうございます。さ、座って」


俺に対する態度とぜんぜん違う。まぁいい、目的はタジキの飯を大将に食わせる事にあるのだ。


「待たせたか?」


そこに大隊長と特務隊の御一行到着。やはり貴族。服装が明らかに皆と違う。関西風に言うとシュッとしているのだ。オルターネンはわかるが、ホープとサリドンまで眩しく見える。


オルターネンを見てぽーっとするリッカ。


「い、いらっしゃいませ…」


「どこに座ればいいかな?」


「こちらにどうぞ…」


リッカ、お前は両手を広げて何を言っているのだ?


「どうぞお好きな所へ」  


女将さんが代わりに案内する。


「オルターネン様っ こっちこっち!」


バネッサがやって来て、特務隊はロッカ達の所へ。大隊長はマーギンの所に。


「姫様、向こうに混じって来い。アイリスと一緒に食った方がいいだろ?」


と、カタリーナをなすり付けておく。もう疲れたので人の面倒をみるのが嫌なのだ。


「カザフ、トルク。今から料理を出していくから、食器とか用意してくれ。タジキ、お前はホロメン鳥の取り分けをしろ」


マーギンは炭火用コンロの準備をする。


「大将、見ててくれよ」


準備が終わったので、タジキが乞食鶏の土窯を割っていく。


「土に包んであるのか?」


「そうだ。タイベでは塩釜でやったんだけど、マーギンが土でも出来るって言ってな、みんなで笹の葉を編んで包んでから作った」


土釜をコンコンと割っていくと、笹の匂いと焼けたホロメン鳥のいい匂いがふわっと漂う。


「旨そうだな」


「へへっ、旨いぜ」


ノーマルとタジキスペシャルを1人分ずつ分けていき、それをカザフとトルクが運んで行く。女将さんはみんなに何を飲むか聞いて酒の準備を初めてくれた。酒樽ならここに… マーギンはお滑りになりそうになった口をつまんだ。


そして皆で食べ始める。


「旨いっ」

「おー、これはいけるぞ」


口々に褒めるのを聞いてタジキは照れくさそうだ。


「大将、どうだ?」


「この味付けはマーギンか?」


「片方は教えてもらったまま。もう片方は俺が考えたんだ」


タジキスペシャルはじゃがいもと玉ねぎ、トマトを刻み、ニンニク少々と米も一緒に入っていた。


「うむ、こっちの方が旨いっ。中身も鳥の旨味を吸って実に旨いっ。マーギンの奴より旨いっ」


はいはい、よござんしたね。


大将は自分の息子が立派に成長しているかのごとく喜んでいた。


それぞれのテーブルに炭火コンロを置いて、味噌牛タンと牛肉の花咲カットをメインに勝手に焼いて食べてもらう。


「アイリス、タジキの作ったハンバーグだ。一応焼いてあるけど、炭で炙るとより美味いぞ。ハンナ、これは鯛飯をおにぎりにしたものだ。そのまま食ってもいいし、焼いてもいいぞ」


マーギンは二人に説明して、追加で置いておく。


「何で二人だけ特別メニューがあんだよっ」


バネッサがアイリスとハンナだけに説明したのが気に食わないようだ。


「お前らの分もあるだろうが」


別に二人だけの分を用意したわけではない。ちゃんと全員分あるのだ。


「お前、二人にしか説明しなかっただろうがよ」


「お前らちい兄様と喋ってただろうが。いちいち噛みついてくんな。そのままうにゃうにゃしとけ。それに地が丸出しになってんぞ」


「あっ… オホホホホっ」


何を今更…


マーギンは大将達のテーブルに戻り、タジキスペシャルのホロメン鳥を腹に詰めた物と混ぜて食べる。うん、旨い。


「タジキ、これ本当に旨いわ」


「やったぁ」


マーギンにも褒められたタジキは喜んだ。


「マーギン、ガキ共をこれからどうするつもりだ?」


ロドリゲスがタジキスペシャルを食べながら聞いてくる。


「基本、ロッカ達と同行させようと思っている。カザフはバネッサ、トルクはシスコ、タジキはホープに剣の基礎を教えて貰うように頼んである」


「なるほどな… こいつら組合長権限で正式ハンターにしてやろうか?」


「え?そんな事出来んの?」


「特例っちゃ、特例だな。だがこのまま見習いのままこいつらが活躍するようになると、自分もという実力を伴わない見習いが出てくる。もしくは見習いを都合良く使おうとする奴も出てくる」


「なるほどね」


「こいつらは今から伸び盛りになるだろ?だから特例で正ハンターにしといた方がいいんじゃないか」


「だってよ、お前らどうする?」


「やったぜ!こんなに早く正ハンターになれるなんてすげぇぜっ俺達!」


カザフを中心にガキ共はガッツポーズをする。


「カザフ、お前ら死ぬなよ」


マーギンは真剣な顔をする。


「えっ?」


「自分が一番上手くいってると思った時に人は死ぬ。もしくは大きな過ちを犯して、そこから転げ落ちる」


「そ、そんな事ねぇってば…」


「お前らは必死に生きてきた。その為に色々な実力が身に付いた。そして初めて外の世界を知って、自分達はこんなに出来るんだと知った。自分達は強いんだと自信を持った」


マーギンはカザフ達の心境を一つずつ言葉に出して行く。


「そして、世界はこんなものかと勘違いする。だから実力の無い奴より早く死ぬ。俺はそれが心配だ」


マーギンは怒るのでもなく、叱るのでもなく真面目な顔で話す。


「マーギン…」


「人生を選ぶのはお前達だ。好きに選んで進む権利がある。今がその分岐点なのかもしれない。だから止める事もしない。ただ死んで欲しくないだけだ」


「マーギン、俺達は…」


カザフ達はロドリゲスの話を一緒に聞いていたので、お前らすげぇなとマーギンが喜んでくれると思っていた。しかし、マーギンから出た言葉は心配だけだった。


「俺はな、お前らに楽しみながら成長して欲しかったんだよ。成人までたったの3年間。その間くらいは今まで楽しめる事がなかったお前らに責任とか義務とか何も関係無しにな」


カザフ達はマーギンの思いを知って言葉が詰まる。


「マーギン、これからどんどん魔物が増えて強くなるんだよね?」


と、トルクが聞いてくる。


「そうなるだろうな」


「僕達は強い?もっと強くなれる?」


「あぁ、もっともっと強くなれる」


「じゃあ僕は正ハンターになる」


「トルク、タイベ旅行みたいに楽しいばっかりじゃなくなるぞ」


「マーギンがそう言うならそうだと思う。でもね、誰か強い魔物を倒せるようになっておかないと、僕達みたいな子供が増えると思うんだぁ。そうなったら楽しくないでしょ?」


「そうだぜマーギンっ。俺達は確かにいつも腹ペコだったけど、3人で楽しく生きてきたんだ。辛い事ばっかりじゃなかったぜっ」


「いろんな魔物もどんどん食って、旨くしてやるのが楽しみだぜっ」


「お前ら…」


マーギンの目にはうっすらと涙が溜まっていた。


「分かった。なら、ロッカ達とオルターネン様にお願いしてこい」


「何を?」


「お前らが簡単に死なないように鍛えてやる。それに星の導きと特務隊を付き合わせる。そのお願いだ。お前らに3年掛けて教えるつもりだったことを一気にやる。覚悟しておけ」


「わかったーっ」


ガキ共は向こうのテーブルに今の話をしにいった。


「マーギン、どんな特訓をするつもりだ?」


と、大隊長が聞いてくる。


「まぁ、血反吐を吐くというのが文字通りになるでしょうね。ガキ共のついでに特務隊にも一気に違うステージに上がってもらいます」


「場所はどこでやるつもりだ?」


「ま、いつもの森ですかね」


「騎士隊の訓練所でやるか?」


「え?」


「あそこなら他の者の目に付かん。あの子供達の実力が付くまで周りの目からも隠せよう。それに手の空いている騎士達の刺激にもつながる。寝泊まりも宿舎を用意してやろう」


マーギンは考える。確かにその方が良いかもしれない。


「大隊長、手の空いている騎士達にガキ共の稽古相手とかになって貰う事は可能ですか?」


「もちろんだ」


大隊長とそこまで話すと、カザフ達とオルターネン、ロッカがやってくる。


「マーギン、特訓とは何をするのだ?」


「俺相手に死に物狂いで戦う日々が続きます。課題をやるのと俺との戦いですね。オルターネン様にも魔法を覚えてもらいますので、それを実戦に近い形で学んでもらいます。ロッカ達も同じだな。痛い思いもするし、血反吐を吐くような日々になる。治癒はしてやるけど痛いのと怖い思いをすることになる。それでも引き受けてくれるか?」


「お前は本気でカザフ達を鍛えるつもりなのだな?」


「そうだ。こいつらと血の繋がりはないが、自分の子供みたいに思っている。だから死んで欲しくない。魔物討伐は危険が伴う。絶対に大丈夫はないけど、生き残る可能性を限りなく高くしておきたいんだ」


「分かった。我々も覚悟を決めよう」


「いいのか?」


「そうしないと誰もが生き残れない世界になっていくのだろ?私達も生き残る可能性を最大限に高めておきたいからな」


「シスコやバネッサ、アイリスはどうする?」


「それは相談して意思確認をしておく。お前の本気を受け止めるには覚悟が必要だからな」


「オルターネン様は?」


「聞くまでもない。そんな事で日和るような奴は入隊させたつもりはないからな」


こうして、カザフ達は自ら地獄への道へと足を踏み入れたのであった。



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