自信満々姫

「勝負よっ!」


ドアをノックされ、オルターネンだと思ってドアを開けると姫だった。その後ろには熊が…


「マーギン、すまん」


そして久しぶりとか、お帰りとかもなくいきなり謝るローズ。なんか痩せた気がする。これは心労だろうか。ローズには悪いことしちゃったかも…


「ローズ、ちゃんとご飯食べてる?トマトオムレツでも作るからトーストと一緒に食べたら?」


カタリーナにも大隊長にも触れないマーギンはローズだけしかいないように接する。


「ねぇマーギンっ。私の事を無視しないでよっ」


朝っぱらからうるさいですよと言いかけて止めたマーギン。熊が鬼熊みたいな顔をして姫様の後にいるのだ。


「姫様、ご無沙汰しております。ご機嫌いかがですか?」


「いいから早く勝負してっ」 


カタリーナのやつ自信満々だな。大隊長も来たってことは、わかってるだろうなお前?という事だろう。


「間もなくオルターネン様が来られますのでそれまでお待ち下さい。ローズ、ご飯どうする?」


「ありがたいが、ちょっと胃が痛くてな…」


ストレス性胃炎か。ちょうどヘラルドに分けてもらった薬があるな。スーッとする草を混ぜた奴をもらったのだ、


「ちょうど薬があるから飲んで」


そう言うととても嫌な顔をする。これはこれで宜しい。ピーマンが料理に出た時の顔だ。薬=苦いなんだろうな。子供みたいで可愛い。まぁ苦いというのは当りなんだけれども。


「苦くないようにしてやるから」


皆を家に招き入れるとハンナリーを見てぎょっとする。


「猫飼ったの?」


ハンナリーを猫扱いするカタリーナ。


「猫ちゃうわっ」


姫様にシャーーッとするハンナリー。


「冗談よ。あなたは獣人ってやつね。初めて見た」


「見たとか言いな。そういう時は会うたて言うねんっ、うちは見せもんちゃうでっ」 


「この耳本物?」


ハンナリーの耳をヘニョヘニョするカタリーナ。


「やめっ、勝手に触りなっ」 


「あら、いいじゃない。とっても可愛いわ」


ハンナリーがシャーッシャーッと怒ってもヘニョヘニョし続けるカタリーナ。そしてもう片方の手は喉へ。


「やっ、やめっ、あかんて、そんなんしたら…」


ハンナリー撃沈。昨日も見たぞそれ。


カタリーナとハンナリーがじゃれている間に薬をとろみでつつみ、ローズに水を飲ませてから、


「はい、あーん」


ローズに口を開けさせ、スプーンで奥の方に入れて、一気に水を飲ませた。


「苦くなかったろ?」


「うむ、全く苦くないぞ」


「何をやっているのだ貴様はっ」


どうやらオルターネンをカザフ達が招き入れ、ローズにあーんしている所を見られていたらしい。


「おはようございます。ちい隊長」


「やめろっ」


「大隊長も来てますけど、挨拶は宜しいのですか?」


オルターネンの怒りを大隊長に擦りつける。


「おはようございますっ」


続いて入って来たホープとサリドンも挨拶をした。この狭い家によくもまぁ…


ここがまるで鎧の物置のようだ。


取り敢えずハンナリーをゴロゴロしているカタリーナを放置してサリドンを店に連れて行く。


「はい、魔力測定しますよ」


「あれをすると立てなくなります」


「これは高性能だから大丈夫」


ガラス玉に手を乗せて鑑定。


おー、前に見た時には魔力値が700台だったのに、800まで伸びてんじゃん、こりゃ完全に掛け算タイプだな。年齢は21歳。このままいけば1000超えそうだな。魔法使いとして合格だ。


体力値関係はバランスタイプ。高バランスだからオールマイティにやれそうだ。魔法属性は火が高い。他は普通で光と闇の適正はなし。


「ちい兄様、サリドンはまだ魔法使いとは言えませんが、2〜3年後には魔法使いと呼べるようになると思いますよ。アイリスと同じように火の属性が高いので、オススメは敵をばらけさせたり、意識を削ぐのに使えるファイアボール。魔法で倒せるファイアバレットですかね」


「第一隊の隊長を焼いた魔法は使えるのか?」


「使えますけど、やめておいた方がいいです。火事になることもあるので、水属性の高い魔法使いがいないと大変なことになります。それに使い勝手も良くないし、魔力も結構食いますから」


「ファイヤバレットというのは見ることは出来るか?」


「んー、なら森でやりましょうか。姫様のテストもしないとダメですし」


そう言うと大隊長にガッと肩を掴まれる。


「マーギン、分かってるな?」


「もちろんですよ」


外に出ると星の導き達もやってきたので、ぞろぞろと森へと向う。カタリーナはもう勝ったような顔でご機嫌だ。身体がちょっと引き締まった感じもするから、結構努力をしてきたのかもしれん。



「さて、ファイヤバレットと言うのは…」


「勝負が先よっ」


「はいはい。ちい隊長、姫様を先に終わらせていいですか?」


「構わん。ちい隊長はやめろ」


「カザフ、今から姫様とかけっこ勝負だ」


カザフはタイベ行きの時の泣いた姫様を見ている。そして今も複雑な顔をして姫様を見ている。


「カザフ、手を抜いてお前が負けたら、次の遠出は留守番な」


「えっ?」


「当たり前だろ。たった2ヶ月程度の訓練をした女の子に負けるような奴は危なくて連れて行けん」


「タジキやトルクは…」


「連れて行く。お前だけ留守番だ」


「嘘だろ…」


「本気で走って負けたなら連れて行く。手を抜いて負けたらの話だ」


こいつはタイベ行きの時も自分は我慢するから姫様を連れて行ってやれと言ったぐらいだからわざと負けてやるかもしれない。先に言っておかないとな。


「よーし、ここまで先に着いた方が勝ちだ。スタートは俺がファイヤボールを撃つからそれが合図だ。いいな?」


マーギンとトルク、タジキ、大隊長、ローズはゴール側で結果を確認する。


「よーい」


ドウンッ


マーギンがスタートのファイヤボールを打ち上げた。


「キャッ」


びゅっ


ファイヤボールに驚いてスタート出来なかったカタリーナ。瞬時に反応してゴールまで来たカザフ。


「勝者カザフ。残念だったな姫様。次の遠征もお留守番決定だ」


「まっ、待ってよっ。今のは驚いちゃっただけなのっ」


「これが襲撃ならお前は死んで終わりだ。次はない。護衛訓練したのをもう忘れたのか?お前が動くということはこういう事があると自覚しろ」


「ちゃんと走らせてよっ。あんなに努力したのにっ」


「だから次は…」


ゴツン


「痛って… 何すんだよ大隊長っ」


「貴様は理解しておらんだろうが、姫様はそれこそ血反吐を吐くような訓練を耐えたのだ。走らせてやれ」 


護衛のトップだったら、今ので終わりにするのが筋だろうが…


そしてここにいる全員から刺さるような視線を向けられる。なんだよ?俺の言う事の方が正しいだろ?


「カザフ、もう一回勝負だとよ。いいか?」


「うん…」


そして2回目。


ドウンッ


ダッ と走るカタリーナ

ぴゅっ と消えるカザフ


「勝者カザフ!」


大隊長は唇を噛んでいた。バネッサより速いというのが真実だと初めの走りで理解したのだ。こんなのに勝てる姫がどこの世界にいるというのだ。それをこいつは押し付けやがって。


ギヌロとマーギンを睨み付ける大隊長。


「カタリーナ、負けを認めろ。お前をカザフに勝てるように出来なかったのは大隊長の責任だ」


ここで皆にも分かりやすいように大隊長に責任を擦り付けておく。これで泣き叫ばれるのは大隊長になるのだ。


「うぐっ うぐっ」


必死で泣くのを堪えるカタリーナ。


「もう一回…」


「ん?」


「もう一回勝負よっ。誰も一回勝負なんて言ってないもんっ」


マーギンがよく使う汚い手と同じ発想のカタリーナ。まだ人生経験が浅いので、とてもわかりやすくてワガママにしかみえないが


「じゃ、次で最後な」


「私が勝つまでやるのっ」 


「それはダメだ。今日は約束があるから制限を付ける。あと3本だ。それで1回でも勝てたら合格だ」


「あと3本ねっ」


「その代わり負けたら不合格だからな」


こうしてラスト3本勝負が始まる。


・ラスト3

ドウンッ


カタリーナの負け。スタートの段階からお話にならない。カタリーナが努力してきたのは理解する。かなり走り込んだのもよく分かる。


カタリーナは溢れる涙を手で拭いさり、次よっ!と叫んだ。



・ラスト2


アイリスがカタリーナを応援するためにこっちに来た。


「頑張ってくださーーい」


アイリスよ、散々頑張ってきた人に無責任にそういう事を言わない方がいいぞ。


ドウンッ


「スリッ…」


ゴツン。


アイリスがこっちに来たときに絶対にやらかしやがると思った。ズルして勝たせても意味がないだろうが。


今の勝負、カタリーナは負けはしたものの今までで1番カザフに着いて行けた。マーギンはカザフにゲンコツを食らわせておく。こいつ、手を抜きやがったのだ。手を抜いて負けたら自分が置いて行かれるというのにこいつは…


「次は絶対に勝つんだからっ」


少し追いついたのでカタリーナの活性が上がる。


「次で最後だからな」


「その代わり条件があるわっ」


なんの代わりなのだ?まぁいい。


「なんだ?」


「もっと走る距離があれば追い抜けると思うのっ。この距離じゃ私の方が不利だわ」


今の距離は50mほど。確かにダッシュ力がある方が有利だな。まぁ、カザフはあのスピードのまま長距離も走れるのだが。


「カザフ、いいか?」


「いいぜっ」


じゃ、1往復半な。一度ここまで来て、スタートの所まで戻って、もう一度ここまで来たらゴールだ。


「いいわよっ」


・ラスト勝負


ドウンッ


ここでも先に飛び出したカザフ。追いかけるカタリーナ。一瞬でゴールまで来たカザフはズザザザザッとUターンに手間取り、やべっという顔をする。手を抜いた訳ではなさそうだ。その隙に差を詰めたカタリーナ。しかし、そんな物はすぐに消えた。


「待ってっ 待ってよっ」


もう追いつけないと確信したカタリーナは気持ちが声に出てしまう。カザフにその声が届き胸が締め付けられる。スタートラインを折り返した時にすれ違った姫様の目に涙がいっぱい溜まっていたのだ。


「手を抜いたらお前を置いていくからな」


マーギンに言われた言葉がのしかかる。


そしてついに姫様が大きな声で泣いているのが聞こえてきた。


カザフの心が重くてどうしようもなかった時に同じように身体も重くなった。


「えっ」


自分が何か大きな手に掴まれて動けなくなるような感覚。なんだよこれ…


「おい、カザフの野郎、手を抜きやがったぜ。後でコテンパンにやっつけてやる」 


勝負を見ていたバネッサはギリッと歯を鳴らす。真剣勝負に手を抜くとはと怒りを覚えた。カザフの事はちょっとライバルみたいな感じに思っているからだ。


ぐすっぐすっと泣き止みつつあるカタリーナは最後まで諦めずに走っていた。そしてついにカザフに追いついたのだ。


ゴール!


ほぼ同着でゴール。


「勝者カザフ!」


これならカタリーナが勝ったと言ってもおかしくない結果なのに、マーギンはほんの少し先にゴールしたカザフの勝ちを宣言したのだった。



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