ごめんね素直じゃなくて

「冷てぇえっ」


バネッサにグーでいかれたマーギンは意識がはっきりした。


「って、何やってんだお前?」


マーギンの顔を持ち上げたバネッサの顔が目の前にある。マーギンはチューっと唇を伸ばしてみる。


「なっ、何しやがんだっ」


ドブンっ


バネッサは真っ赤になってマーギンの顔を水風呂に押し込んだ。


「グボボボボッ ブハッ。何すんだてめぇはっ。死ぬだろうがっ」


ごほっごほっと水を吐き出してバネッサを怒鳴る。


「お前がうちにセクハラしようとしたんだろうがっ」


「目の前に顔があったらちょっとチューしてみようかって気になるだろうが」


「なるかっ」


マーギンはバネッサと水風呂の中でギャーギャーー騒ぐ。


ぶるっ


「冷てぇぇっ」


マーギンは自分が冷たい水風呂の中にいることに気付き慌てて外に出る。それに続いてバネッサも我に返り、ブルブルと震えながら水風呂から出た。


サマーソルトキックで少し記憶が飛んだマーギンはこの状況をうまく飲み込めていないが、取り敢えず風呂から水を抜いてお湯をどばーっと出して行く。そして濡れた服のままじゃぶんと浸かった。


「おーっ、温けぇぇっ」


「お前だけズルぃぞっ。うちも寒いんだからなっ」


「ならそのまま入ってこい。どうせずぶ濡れなんだから服のままでいいだろうが」


そう言うとバネッサもジャブンと入ってきた。


「うー、温っけぇぇ」


風呂に浸かった二人は生き返るかのように湯で暖を取る。はぁ〜、と冷えた身体が温まって来たことで声が漏れるマーギンとバネッサ。


他の皆もその様子を見て風呂に入ろうと水着に着替えにテントに入る。そして束の間二人きりになるマーギンとバネッサ。


「お前、何を拗ねてたんだよ?」 


マーギンがその隙に話し掛ける。


「拗ねてなんかねぇっ」


「今も拗ねてんだろうが?」


「だから拗ねてねえって言ってんだろうがっ」


「そんなのはもういいから。お前がそんな状態ならロッカ達も気まずいだろ?」


その自覚は自分にもあるので返事をしないバネッサ。


「それとな、カザフがお前が食べに来ないから寂しがってたんだぞ。お前を呼びに行っても返事もしなかっただろ? あいつ、ちょっと泣いてたんだからな」


「カザフがなんで泣くんだよ?」


「さぁな、お前の事が好きなんじゃねーのか?」


「はんっ、ガキのくせにませてやがる」


「そんなふうに言ってやるな。ライオネルでの魔狼討伐の時のお前を見て、すげえって喜んでたんだぞ。お前のことが好きなのは恋かどうかはわからんが、つれなくしてやるな」


「ちっ、うっせぇ」


バネッサはそう言いながらもカザフが自分を凄いと見てくれていたことを知って嬉しかった。


「で、何を拗ねてたんだ?」


「拗ねてなんかねぇ…」


「ちゃんと理由を言えよ。じゃないと同じ事を繰り返すかもしれないだろうが。王都でなら別に構わんが、旅先でこんな事が何回も続いたらしんどいんだよ。しんどいだけならまだいいが危険に繋がるだろうが」


「だから拗ねてねえって言ってんだろ」


と、バネッサはプイと横を向く。


「ちゃんと言わないとくすぐるぞ」


と、マーギンが手をワシワシするとビクッとして脇を押さえるバネッサ。


「う、うちにもよく分かんねぇんだよっ。なんか無性にイライラしただけだっ」


「まぁ、誰にでもそういう時はあるけどな。でもな、俺やロッカに対してそんな態度を取るのはまあいい。しかし、ガキ共には拗ねた態度を取ってやるな。あいつらどうしていいか分かんなくなるだろうが。お前も子供時代に大人が理由も分からずに怒ってて八つ当たりされた事とかないのか?」


バネッサはクズだった父親にそういう事をされていたのを思い出す。


「悪かったよ…」


「謝るならカザフ達に謝ってやれ。トルクがお前を心配して俺にバネッサを引っ張り出してくれと頼んだんだからな」


「うちを連れ出したのはトルクに頼まれたからかよっ」


「それもあるが、お前がいないと物足りないんだよ」


「なんだよそれ?」


「この村に来る時も言っただろうが。俺はお前がいないと寂しいんだよ」


マーギンがそう素直に答えると赤くなるバネッサ。


「そ、それってどういう意味…」


……

………


「セクハラ出来るのはお前だけだからな」


と、素直に自分の気持を口に出したマーギンは照れ臭さを隠すようにスケベな事を言い、ワシャワシャと手を動かした。


「このスケベ野郎っ」


胸を両手で隠してそう叫ぶバネッサ。尚も手をワシャワシャと動かすマーギン。そこへやってくるシスコ。


「マーギン、バネッサにセクハラするなんて趣味が悪いわよ」


と、ゴミを見るような目で見られたのだった。


そしてバネッサがくすぐられた上に胸を揉みしだこうとしたと皆に誇張して言いふらすので、全員がGを見るような目でマーギンを見たのだった。



ー宴会再開ー


味噌付け牛タンは香ばしくて美味い。風呂から出た皆は酒を飲みながらその味を楽しむ。


「マーギン、味噌漬けってこんな感じになるんだな」


と、タジキが興味深そうに味噌牛タンを食う。串肉に直接味噌を塗ったものより断然旨いのだ。


「味噌漬けは焦げやすくなるから焼くのが難しくなるけどな。それとこうして厚切りにすると、いつもの薄切り牛タンとも違って食べ応えも出てくるだろ?」


「うん。この切込みはなんで入れたんだ?」


「分厚くした分食べにくくなるからな。切込みを入れてやることで噛み切りやすくしてやるんだよ。焼き肉の時もこうしてやると柔らかく食べられるぞ」


「なるほどなぁ」


「今度焼き肉をする時に花咲カットというのを教えてやるよ。店で焼き肉を出すようなことがあれば喜ばれるぞ」


「今教えてくれよ」


「今は牛タンを楽しめ。先はまだ長いんだ」


と、牛タンを食いながら焼き肉の仕込みをするのが嫌なマーギンはそう答えて酒で牛タンを流し込んだのだった。


酒も牛タンも堪能した皆はテントに戻る事に。


「ハンナ、あなたはこっちにいらっしゃい」


と、シスコがハンナリーを自分達のテントに呼ぶ。


「え?5人で寝たら狭いやん」


「代わりにバネッサを追い出すわよ」


「なんでうちが追い出されなきゃなんねぇんだよっ」


「また拗ねられたら鬱陶しいじゃない。反省の意味も兼ねてハンナのテントで寝るか、マーギン達の所に行きなさい」


「なんだよそれっ」


「さ、ハンナ、寝る前に商売の話をするわよ」


「え?」


「あなた商売人になるとか偉そうに言っているけど、商売の基礎も知らないでしょ。マーギンが商機を作ってくれているのに、それを活かしきれないのはもったいないわ」


と、大手商会の娘でもあるシスコはハンナリーを自分達のテントに連れて行ってしまった。


「ちぇっ、なんだよそれっ」


バネッサはハンナリーのテントに入ろうとすると雨水が浸水してビチャビチャになっていた。


「ハンナのやろう、テントの周りに溝を掘ってねえじゃねぇかよっ」


こんなびちゃびちゃのテントでは寝られない。自分達のテントにはすでにハンナリーがいる。


「あーーっもうっ」


バネッサは仕方がなくマーギン達のテントに入った。


「何しに来たんだよおっぱい?」


「うるせえっ。シスコに追い出されたんだよっ」


「ハンナのテントがあるだろうが」


「あいつはテント周りに溝も掘ってやがらねぇから中がビショビショになってんだよ」


「ビショビショのまま寝ればいいじゃねーかよっ」


カザフはバネッサに憎まれ口を叩く。自分が呼んでも出てこなかったのに、最終的にはマーギンの言うことを聞いたのが少し面白くなかったのだ。


「てんめぇっ…」


「いい加減にしろお前ら。今から寝る場所を決めるぞ」


と、マーギンはバネッサが寝に来た事には何も言わずに寝場所を決めると言い出した。


「いつもそんなの決めなかったよね?」


と、トルクが疑問に思って聞く。


「お前らはいつも3人まとまって寝るだろ?」


「うん」


「そうなると必然的にバネッサは俺の隣に寝るか、お前たちを挟んで反対側に寝ることになる」


「そうだね。何か問題あるの?」


「こっち側の端っこの寝る所を見てみろ」


と、マーギンが言うので、トルク達がテントの隅を触るとべショッとしている。


「想定以上に雨が降ってるからな。溝から溢れた水が染みて来てるんだよ。誰かこの場所で寝たい奴がいるか?」


皆は首を横に振る。


「な、だから今日は寝る場所を勝負して決めるんだ」


「どうやって?」


「コイントスだ。俺が投げたコインが表か裏かを当てた奴が好きな場所で寝られる。どうだ面白そうだろ?」


と、マーギンはアリストリア金貨を出して、こっちが表、こっちが裏だと説明する。そしてピンッと上に投げて表か裏かを当てるゲームを始めようとした。


「こんなの運じゃないか?勝負としては面白くないぞ」


「運もあるな。しかし、よく見てれば表になったか裏になったか分かるぞ」


と、言うとウソだぁっとガキ共は疑う。


「バネッサ、お手本を見せてやれよ」


「えっ?うちが」


「そう。お前なら見えるだろ?」


と、マーギンは分かり易いようにコインがゆっくり回るようにトスした。


「裏」


バネッサが答える。


「はい、当たり。お前らは信じられないようだから何回かやるぞ」


と、3回コイントスをしたのをバネッサは全て当てた。


「本当に見えてんのかよ?勘じゃーねのか?」


「そうだな。勘で表か裏か当たる確率ってのはわかるか?」


「1/2だよね」


と、トルクが答える。やはりトルクが一番頭が良い。


「正解だ。じゃ、3回続けて当てられる確率はいくつだ?」


「えーっと、えーっと」


カザフとタジキが指を折って数えていく。バネッサは計算するつもりはないようだ。


「1/8!」


「トルク、正解だ。運だけで連続して当て続けるのは難しい。ちゃんとよく見て当てられるかの勝負だ。じゃ、本番やるからな。当てた奴が勝ち残り。外れた奴はそこで終わりだ。いいな」


「勘だと3回連続で当たるのが8回に1回なんだろ?バネッサが見えてるなら有利なのは変わらねぇじゃんかよっ」


と、カザフが拗ねる。


「お前もよく見てればわかるはずだ。というかお前らはみんな出来ると思うぞ」


ガキ共は孤児生活で鍛えられている。特にカザフはバネッサとよく似た適性を持っているはずだ。今は勝手が分からなかっただけで、何度か練習すればわかるはず。


「じゃ、少しだけ練習させてやろう」


と、ガキ共に良く見ろと練習をさせるとどんどんと正解率が上がっていったのだった。


「じゃ、本番な。お前らが全員外したら俺の勝ちでいいな?」


「へへっ、いいぜ。マーギンをベチャベチャの所に寝かせてやる」


と、カザフが鼻の下を指で擦り自信満々で答えた。


マーギンはピンッとコインをさっきより早く回転するように弾いた。


「あっ」


それを見てしまったという顔をするガキ共。


「お、表っ」


先に答えたのはカザフ。それに続いてタジキも表をチョイス。


「僕は裏かな」


トルクは裏を選び、バネッサもそれに続いて裏を選んだ。


マーギンはコインを隠した手を開ける。


「正解は裏でしたーっ。はい、カザフとタジキは負けだな」


「きっ、汚ねーぞっマーギンっ。練習よりずっと速く回しただろっ」


「練習と本番は違うのだよ」


マーギンはチッチッチとカザフの顔の前で人差し指を振り、大人の汚さを見せ付ける。


「くっそーーっ」


「これでビショビショの所で寝るのはカザフかタジキになったわけだが、続きをやるか?」


「はん、勝ち負けは最後まで決着付けるもんだぜっ」


と、バネッサが得意げに言う。


「じゃ、俺に負けたらバネッサが端っこな」


「いいぜっ。その代わりマーギンが負けたら端っこで寝やがれっ」


マーギンはピンッと更に速く回して投げる。


「裏だっ」


「僕は表」


正解は裏。


「へへっ、うちの勝ちだな」


勝ち残ったのはバネッサ。


「勝負は3回だろ?」


と、勝手にルールを追加するマーギン。


「いいぜっ。何回でも当ててやらぁ」


バネッサは自身満々でその勝負を受けた。そして次にマーギンはわざと少し回転を遅くする。


「表だろ?簡単だぜっ」


うわーはっはっはと高笑いするバネッサ。


「はい、正解は裏だ。お前の負けな」


「なっ… 確かに表だったじゃねーかよっ」


「良く見ろよ、ちゃんと裏だぞ。一対一の勝負から数えたら俺の1勝目だな。次俺が勝ったらお前の負け確定だ」


「次は絶対に当ててやんぜっ」


ピンッと更に遅めに弾いたコイン。バネッサは表と答えた。


「はい、ざんねーん」


正解は裏だった。マーギンが汚い手を使っているのは言うまでもない。


「カザフ、タジキ、バネッサがビショビショの所で寝てくれるってよ。良かったな」


「もう一回だっ。もう一回勝負しろっ」


負けが納得いかないバネッサ。


「しょうがないな。次に負けたら1枚脱げよ」


「このスケベ野郎がっ。その勝負受けたっ」


そしてまたもやバネッサの負け。


「あーーーーーっ なんで裏なんだよっ」


「知るかよそんなこと。ほら、早く1枚脱げ」


「シャツを脱いだら乳丸出しになるじゃねーかよっ」


「下着着てんだろうが。お前らは目の毒だから先に寝とけ」


マーギンはガキ共に見るなと言って寝かせようとする。それをえーっという顔で答えるカザフ。


「カザフ、大人の勝負に僕達は邪魔なんだよ。先に寝よ」


と、トルクが大人発言をしてカザフとタジキをタオルケットに包んだ。


「バネッサ姉ちゃん。真っ裸にならないでね。お休み」


「なるかっ。マーギン次だっ」


「先に脱がないのか?」


「次負けたらシャツもズボンも脱いでやらぁっ」


「その言葉忘れんなよっ」


そしてまたもや外れるバネッサ。




ーロッカ達のテントー


「あーーーーっ なんでだよーーっ」


バネッサの大きな叫び声が聞こえてくる。


「なんや、バネッサがえらいはしゃいでんで。それにしてもなんや楽しそうやな」


「そうよ。私達はいつもあなた達の楽しそうな声をここで聞いているのよ」


「そやったんかいな。こんなに声が聞こえるもんやねんな」


「そうよ。で、王都の店はどうするつもりかしら?」


アイリスは酒が入った事ですでに就寝しており、ロッカは自分で腕枕をしながらテレビを見るお父さんみたいな格好でシスコとハンナリーの商売話をする姿を見ていた。


「バネッサの奴、マーギンのテントに行ったら拗ねたのも治ったのだな」


ロッカがバネッサの叫び声を聞いていつものあいつに戻ったんだなと言う。


「えぇ、そうみたい。マーギンにセクハラされたくてしょうがなかったんじゃないかしら?」


「マーギンは子供らがそばにいとんのにバネッサにセクハラしとんのか?」


「そうじゃない?ほら、なんか叫んでいるわよ」


「脱げばいいんだろうが抜げばよっ」


「ばっ、馬鹿っ。本当に脱ぐなっ」


と、バネッサとマーギンの大きな声が聞こえてくる。


「ね、絶賛セクハラ中なのよ。あの叫び声が聞こえてたら耳が腐りそうよ。私達ももう寝ましょ」


シスコは呆れた口調でそう言いながらも、ちょっと安心した顔でハンナリーとロッカに寝ましょうと言ったのだった。



ーマーギンのテントの中ー


バネッサは脱げばいいんだろっと叫び、脱いだシャツをマーギンの顔にバシッと投げつけ、その上から顔面キックを食らわして気絶させた。


そしてバネッサはマーギンを濡れてない方の端に寝かせる。そして気を失っているマーギンにポソっと呟いた。


「ごめんな、素直じゃなくて…」


うー、ちべてっと言いながらベシャベシャの上に寝ころんだのであった。

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