ぷるぷると震える大隊長

ー時は少し遡り、マーギンが出発した後の王都ー


騎士隊本部で特務隊発足会が行われたが、隊員はオルターネン1人だけという異様な状況に他の騎士は哀れみの目でオルターネンを見ていた。そしてその夜の騎士隊宿舎、オルターネンの部屋。


「ちい兄、剣技会で優勝したのに酷い扱いをされたもんだね」


バアム家三男のノイエクスがオルターネンの部屋に来ていた。


「酷い扱い?何のことだ。特務隊は陛下直々のご命令により設立されたのだぞ」


「そうかもしれないけどさぁ、騎士が魔物討伐なんて左遷も同じだろ?だから誰も志願しないんじゃないか」


「やりたくない奴は別に不要だから構わん。それより本当に使える奴が少ないのが問題だな」


「使える奴が少ないとか何言ってんだよ。みんな鍛え上げられた騎士だぞ」


「お前が見ているのは訓練上の強さだろ?俺が欲しいのは実戦で戦える奴だ」


「ふーん、なら俺が特務隊に入ってやろうか?」


「ノクスが?ふふっ」


オルターネンはノイエクスが特務隊に入ってやろうかと言った事を鼻で笑う。


「なっ、なんだよっ。人がせっかく気を使ってやってんのにっ」


「お前では役に立たん」


「なんでだよっ。俺はローねぇより先に正騎士になったんだぞっ」


「それは確かにそうだな。だがお前は剣技会どころか、この前の護衛訓練にも参加出来てないだろ?それが答えだ」


「なんだよそれっ。ローねぇが剣技会でそこそこの成績を出せたのもたまたま組み合わせが良かっただけじゃないかっ。それにローねぇは女騎士だから姫様付きになったんだろっ」


ノイエクスは剣技会の見学すらさせてもらえてなかったので結果しか聞かされていない。それに加えて北の街の魔物討伐や護衛訓練の実情も尾ヒレの付いた物語のような話しか聞いていないので現実のものとして受け止めていなかった。


「そうか、ならお前もいつか剣技会に出られた時に楽な対戦の組み合わせになるといいな」


オルターネンが弟に冷たくそう言った後に部屋の扉がノックされた。


コンコンっ


「誰だ?」


「サリドン・シュミットでありますっ」


オルターネンの部屋の扉をノックしたのはサリドン・シュミット、騎士隊本部の門番をしている貴族籍を失うかもしれない若手騎士だ。


「入れ」


オルターネンがそう言うと、失礼しますと入ってきた。


「あ、ノイエクス… 隊長、お邪魔でしたか?」


「構わん。こいつの戯言を聞いていただけだ。で、返事は?」


オルターネンは大隊長から少し人選のヒントをもらっていた。それで声を掛けたうちの1人がサリドンだった。


「本当に私で宜しいのでしょうか?」


「そんな事は聞いていない。返事を聞かせろ」


「も、申し訳ありませんっ。サリドン・シュミットは特務隊に志願致しますっ」


と、サリドンは敬礼をしながら答えた。


「特務隊は日々命掛けの任務となる。これは脅しでもなんでもなく事実だ。それでも志願するのだな?」


「はいっ。騎士の務めは国…、国民を守る事であります。それは自分にとって誉であり、命を掛けるに値する任務であります」


「了解だ。近日中に第四隊隊長から異動の通達が出る。今の業務の引き継ぎをしておけ」


「はいっ」


1人目の部下はサリドンに決まった。そして次にやってきたのは第三隊のホープ。剣技会でオルターネンに瞬殺された騎士。


「ホープがどうしてここに…」


ホープはノイエクスと同期。いきなり第三隊に配属されたライバルと呼べない自分より強い奴だ。


「おっ、ノクスか。久しぶりだな」  


ホープは部屋に入るなり、ノイエクスに気付いて上から目線で挨拶をした。


「うるさいっ。馴れ馴れしく愛称で呼ぶなっ」


それが嫌で我慢できないノイエクスは反発する。

 

「ホープ、弟とじゃれ合う前に返事をしろ」


「もちろん志願するに決まってるじゃないですか」


「死ぬかもしれんぞ?剣技会で俺にビビって動けなくなったぐらいだからな」


「えぇ、あれで自分の弱さを知りました。小隊長…、いえ、隊長には感謝しております。自分はもっと強くなれるのだと教えて頂きましたのでね」


と、不敵な笑顔で答える。


「ふんっ、相変わらずクソ生意気だなお前。まぁ、志願するなら入れてやる。自分の業務を引き継いでおけよ」


「はい」



二人がオルターネンの部屋を去った後。


「ちい兄、志願者が居たなら今日の発足会に加えておけば良かったんじゃないのかよ」


「まぁ、今日恥を掻くのは俺一人で良い。それでも志願するなら入れてやっても良いと思っただけだ」


「ホープはまだ分かるけどさ、サリドンは腕があるのか?本部の門番してるだけじゃないか」


「腕があるかどうかはしらん。が、心意気は気に入った。ああいう奴は強くなるんだよ」


「なんだよそれ…」


ノイエクスは面白くなかった。負けたくない同期と、王城門番より能力が低くても務まるような本部門番がちい兄の部下として合格を貰ったからだ。


「ふんっ、後から入れとか言ってきても志願なんてしてやらないからなっ」


「今のお前に特務隊が務まるか。せめて剣技会に出られるようになってからほざけ」


ノイエクスはオルターネンにそう言われて真っ赤な顔で怒って部屋を出て行くのであった。



ー発足会後の大隊長室ー


「大隊長ーーっ!私を鍛えてっ。それで誰よりも速く走れるようにしてちょーだいっ!!」


カタリーナ姫はマーギンに置いていかれた後、早速、騎士隊本部に来ていた。


「姫様、このような所に来るな… 来ないで下さいと何度も申し上げておりますでしょう」


思わず来るなと言いかけたのを我慢した大隊長。そして姫様付きのローズをギロリと睨む。


「で、足を速くしろとはどういう意味なのでしょうか?」


「えーっとねぇ、カザフと勝負して勝ちたいの」


カタリーナが何を言っているのか全く理解出来ない大隊長は代わりにローズに状況を説明をさせた。


「で、姫様を鍛えろと?」


「はい」


「カザフとは誰だ?」


「マーギンが面倒を見ている孤児です。今年ハンター見習いとなりました」


「見習いか。なら12歳とかなんだな?背は高いか?」


「いえ、恐らく同世代の子供と比較しても小さいかと思います」


競争相手は孤児出身で小柄な少年か。それぐらいの歳なら女の方が成長が早い上に姫様の方が歳上だ。マーギンは少し姫様に努力をさせて勝たせてやるつもりか。あいつも姫様には甘いのだな。


「姫様、騎士隊の訓練は厳しいのです。私が特訓するとなれば遠慮は致しませぬぞ」


「もちろんよっ。絶対に今度は連れてって貰うんだからっ」


「解りました。そのご覚悟があるのでしたら明朝訓練所までお越し下さい」


姫様を鍛えるというマーギンの策は先日の護衛訓練では叶わなかった姫様にお灸を据える代わりになるものかと思い大隊長は引き受けたのだった。


「大隊長、大丈夫でしょうか?」


ローズが心配そうな顔で大隊長に問う。


「心配ない。孤児出身の小柄な少年が相手なのだろ?姫様の運動神経は悪くはない。立ち合いではなく徒競走であればなんとかなるだろう」


「本当に大丈夫ですか?マーギンは姫様がカザフに勝てるかどうかは大隊長次第と申しておりましたが…」


「姫様が訓練に耐えられるかどうかはわからないが、耐えられるなら問題ない」


「であれば良いのですが…」


「まだ何かあるのか?」


「実はカザフはバネッサより足が速いようなのです」


え?


バネッサより足が速いと聞いて大隊長の顔から血の気が引いていく。あんなスピードを出せる者は騎士の中にもいない。


「ま、まさかバネッサとはあの星の導きのバネッサではあるまいな?」


苦笑いしながらローズに聞く大隊長。


「私はそのバネッサしか知りません」


大隊長は訓練を引き受けてもらったとニコニコしている姫様の顔を見る。


「ローズ… もう一度初めから経緯を説明してくれ」


大隊長は要点だけを述べたローズに詳細説明をさせた後に目頭を指で押さえて考え込む。そしてぷるぷると小刻みに震えながら静かな口調でローズに質問をした。


「マーギンが次回どこかに遠出をする時に姫様が同行出来るかどうかは俺次第だとぬかしたのだな?」


「はい」


あんの野郎…、バネッサより足が速い少年に姫様が勝てる訳がないのが分かっててこんな事を仕組みやがったのか。遠出に姫様を連れて行く気なんてサラサラなく、それを俺のせいにしやがったんだなっ。


大隊長はマーギンの企みにようやく気が付き、怒りでワナワナと震えていた。


「ローズ、お前も俺をはめたな?」


「いっ、いえ、そのような事は…」


「騎士は一蓮托生と言ったのはお前だったな?」


「は、はひ…」


こうしてカタリーナとローズは翌日から地獄に足を踏み入れる事になったのだった。



ー王の私室ー


王は諜報員からマーギンが出発の際の出来事の報告を受けていた。


「そうか、ワガママを言うカタリーナを突き放したのか」


「はい、さすがのカタリーナ姫もマーギンに厳しく突き放され、かなり落ち込まれていたようです。それで騎士隊の訓練を受けるとのことです」


「スタームにカタリーナを押し付けたのか。奴は策士でもあるな」


「はい。姫様が騎士隊の訓練に耐えられるとは思えませんので」


「ふふっ、まぁ良いわ。カタリーナの躾をマーギンに任せたオルヒデーエ王妃の目は確かだったということじゃな」




ー宝物庫ー


オルヒデーエ王妃は一冊の古書を眺めていた。


いにしえにあったとされる国の紋章…


その古書にはマーギンが持っていた金貨と同じ紋章が描かれている。古書の内容は解読されてはいない。傷んでいる上に歴史研究家も文字を解読出来ていないのだ。


マーギンは本当に神話時代の人間だという事なのか、それともたまたま古銭を持っていたのか…



マーギンが石化され、魔王が居た時代からこの時代に来た事をオルターネンから大隊長は聞かされたが、王と王妃にはその報告を上げていなかった。しかし、王妃はその可能性に辿り付いたのだった。


宝物庫からその古書を持ち出し、私室で何度も眺めたあとパンパンと手を叩き、隠密にライオネルまでマーギンの動向を監視しろと命じるのであった。

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