護衛訓練という名のお灸

「え?王様も見学されるんですか?」 


マーギンは大隊長と事前に訓練内容の打ち合わせをしていた。また貴族街のレストランで飯を食いながらだ。


「すまん、訓練での失態を報告するのにお前の事を少々報告をせざるを得なかったのだ。しかし、それでどうこうされる訳ではないので安心してくれ」


「ということは訓練を見るのではなくて、俺が見られるんですね?」


「半々だ。というより、マーギンにコテンパンにやられる第一隊を見るのが目的だ」


「どういうことですか?第一隊って王族警護に付いている隊ですよね?王様自らその騎士が恥を掻くのを楽しみにされているんですか?」


「第一隊の隊長の事はこの前話したろ?陛下も同じお気持ちなのだ。ハッキリ言うと第一隊の隊長の事が嫌いなのだ」


「王たるものが人を好き嫌いで判断されるのですか?」


「判断は王としてされているので嫌いであっても要職に付いているのだ。しかし、感情が別なのは王とて同じだ」


なるほど、公的見学ではなく私的見学って事か。


「わかりました。力で叩きのめしたほ方がいいですか?それとも戦術的に嵌めるような方法でやった方がいいですか?」


「力で叩きのめすのはロッカ達にやってもらう。マーギンは陛下が叱責しやすいようにやってくれると助かる」


難しい要求だなこれ。


「まぁ、考えておきますけど、誘拐相手をまた姫様にした理由はなんですか?」


「第一隊長にこの前の訓練と同じ体制でやらせるのと姫様の希望だ」


「姫様も物好きな…」


「カタリーナ姫様は陛下と一番よく似ておられるのかもしれん」


「どういう意味で?」


「欲望に忠実であられるのだ」


ようするにワガママってことだな。


「今回はやるのは俺一人だから拐うのが姫様なのに大丈夫ですかね?触る事になりますよ」


「説明済だ。賊が姫様に触れるような失態も加算される。姫様自身はそのような事を気にされる方ではない」


まぁ、俺達と飯食ったぐらいだからな。


「了解です。では3日後にお迎えに来て頂くということで宜しいですか?」


「あと、もう一つ。頼みがある」


「なんでしょう?」


「焼き肉のソースを分けてはくれまいか?」


「大隊長の分ぐらいなら問題ないですけど、あまり数が作れないんですよ。1瓶とかでいいですか?」


と、マーギンは焼き肉のタレを出そうとする。


「いや、訓練の日にあのソースで焼き肉を食べたいと思っているのだ」


「訓練後に森に向かうってことですね?」


「いや、王城内の庭だ」


は?


「なんで王城の庭で焼き肉パーティをしないとダメなんですか?」


「陛下がご所望なのだ。姫様から焼き肉が美味しかったと聞かされて、自身も食べたいと申されてな」


「あー、なるほど。じゃあもう少しお渡ししておきます。大隊長も大変ですね」


「何を言っている?お前も大変なんだぞ」


は?


「まさか、俺にもその焼き肉パーティに参加しろって言うんじゃないでしょうね?」


「そのまさかだ。ロッカ達も同席させてくれ」


「だっ、ダメですよっ。バネッサとか敬語もろくに使えないですし、アイリスも姫様と一緒に飯を口に頬張ったりしながら喋ったりするんですよ。不敬罪に問われますよっ。俺も参加したくないって」


マーギンは無理無理無理っと両手を大隊長の前に出して振る。


「頼むっ。これは陛下の命令ではなく、お願いとして頼まれたのだ」


「何が違うのですか?」


「命令だと内容が難しい場合は進言する事もある」


「お願いだと?」


「俺が陛下の願いをきかなかったと判断される。つまり、俺の意思で王の頼み事を断ったのだと思われるのだ」


「しょうがないね。王様のワガママに振り回されるなんて可哀想。頑張って肉を焼いてあげてね」


マーギンは合掌してなむーっとお祈りして断り済だと言わんばかりに大隊長を見捨てる。


「おっ、おまっ、俺を見捨てる気か

っ」


「だって、当たり前でしょうが。貴族でも王と飯を食う機会なんてそうそうあるわけじゃないでしょ。庶民の俺達がそんなこと出来るわけないじゃないですかっ」


「頼むっ」


「ダメです」


「頼むっ」


何度もこのやり取りをするうちに大隊長の目に薄っすらと涙が溜まってくる。あーもうっ


「きちんと敬った態度を取れないと思ってて下さいねっ」


「い、いいのかっ」


「王にもタメ口で話しますよ」


「許可を取っておく」


「王にも自分で肉を焼かせますよ」


「それを楽しみにされておられる」


はぁーーーーっ


マーギンは大きなため息を付いた後に分かりましたと返事をしたのであった。




ーロッカ達の家ー


「え?訓練だけではなく、王様と飯を食うのか」


驚くロッカ達。


「断りなさいよ。きっと面倒な事になるの決まってるじゃない」


シスコよ、俺も同感だ、


「うちはちょっと楽しみだな。王様と飯食ったなんて自慢出来んじゃん」


君が一番心配なのだよバネッサ。


「何度も断ったよ。でも大隊長に泣かれてさぁ…」


「もうっ、ならバネッサは外したほうがいいわよ」


「なんでうちだけ仲間ハズレにすんだよっ」


「バネッサは絶対にやらかすでしょ?不敬罪に問われるに決まってるじゃない。それに服とかどうするのよ?」


「なんでうちだけ不敬罪に問われなきゃなんないんだよっ」


「あなた、王様にもそんな口をききそうじゃない」


シスコよ、全く持って同感だ。大隊長からは無礼講で構わないと言われているが、その言葉を鵜呑みにしてはいけないのだ。


「うちも絶対に行くからなっ」


ということでロッカ達も参加することになってしまった。バネッサがヤバそうならパラライズを掛けよう。


ロッカ達の倉庫代わりの部屋も片付いたので星の導きにアイリスを押し付ける。これで今日からベッドで寝られるのだ。


「じゃ、3日後な」


と、挨拶をして家に帰る。ガキ共もまだ帰って来ていないので家の中は静かだ。


「俺の家はこんなに静かだったんだな」


ポソっとそう呟いたマーギンはヘラルドに渡すマジックドレインペンダントの仕上げをしていくのであった。



ー3日後ー


「本当に君一人で我々を出し抜けると思っているのかね?ちょっとこずるい事をしただけで翻弄された第二、第三隊と同じに考えているなら帰った方がいいんじゃないか?んー?」


顔を近づけて下から覗き込むような態度でマーギンに話し掛ける第一隊の隊長。お育ちは良さそうだが、プライドの高さが一目で分かる。


「お気遣いありがとうございます。我々は依頼を受けて参りましたので、胸をお借りするつもりで頑張ります」 


「頑張るねぇ… 何をどう頑張るというのだね?頑張る、努力しますとは実に便利な言葉だ。そう言っとけば失敗しても許されると思っているのだからな」


「そうですね。騎士の方々の任務は成功して当たり前。頑張りましたけど失敗しましたというわけには参りませんからね。隊長のありがたいお言葉を胸に刻んでおきます」


「そう、庶民は我々に頭を下げていればよいのだよ。本来であればこうして言葉を交わすだけでひれ伏して涙を流して喜ばねばならないのだからな」


「はっ、本日こうして隊長様とお会い出来たことは一生の宝物にさせて頂きます」


「ま、頑張りたまえ。但し、生命の保証はないと思え」


マーギンが全く逆らわずにへりくだった事で第一隊の隊長は満足したのか、護衛任務に付いた。


馬無しの馬車の周りに第一隊の騎士が9名と隊長で計10名。そして見学に騎士が数十名と王様。訓練場なので賊役のマーギンは隠れる場所すらない。誰が見ても無理ゲーだ。



「では訓練を開始する」


よーい初め!で始まる誘拐任務。こんなの誰が見ても無理だろ?というものだ。


大隊長からのリクエストはもっとも屈辱的な敗北をさせること。殴って倒していくと、俺つえぇぇを披露するだけだしな。パラライズも不思議な魔法だとしか思われないだろう。あの隊長も卑怯なっとかキレそうだ。


威圧して動けなくして拐うか。賊が目の前にいるのに何も出来なくて拐われて行くのが一番効果的かもしれん。



「始めっ」


マーギンは獲物武器も持たずにスタスタと馬車に向かって歩いていく。騎士が抜刀し、止まれっと叫びだした。


マーギンはその刹那威圧を放つ。見学している騎士の中でも強い人はこれに気付くだろう。


止まれと叫んだ騎士の膝がガクガクっと震えだす。他の騎士達もなんとか耐えてはいるが…


「がぁぁぁッ」


マーギンは尚威圧を強めてから咆哮を上げた。


「ヒッ」


それでビビる騎士達。


「なっ、何をしているっ。貴様ら賊を討伐せよっ」


隊長もビビりながら部下に指示をする。


マーギンは威圧を放ちながらマジックドレインを全員に掛けた。


怯えと魔力を抜かれた事で腰を抜かすように崩れ落ちていく騎士達。


マーギンが馬車の扉を開けると騎士達と同じように腰を抜かしている姫様がいる。威圧は全体に掛かってしまうのだ。


「助けに来ましたよ姫様」


マーギンは威圧を解除して姫様に手を出すと姫様はその手を取った。


姫様を馬車から出すと腰が抜けでいるので立てない。


「失礼」


マーギンはそう断ってから姫様を抱き上げてスタスタと訓練所の外まで出た。


「それまでっ」


大隊長の終了宣言であっけなく護衛訓練は終了した。


「呆気なかったの」


王様は第一隊隊長がタコ殴りにされるのを期待していたようだ。



「姫様、もう立てますか?」


「ま、まだ無理そう。このまましばらくお願いしますわ」


マーギンは姫様を捨てるわけにもいかず、置き場に困る。まだ立てないってのも嘘だろう。もうガタガタと震える事もなくなっているからな。


「マーギン、戻って来いっ」


大隊長が大声で呼ぶので姫様を抱き抱えたまま戻り、大隊長にはいと姫様を渡した。親の目に付くところで姫様を抱き上げているふらちな人は大隊長ですよ、と、責任を押し付けておくのだ。


「おっ、降ろしてっ」


大隊長の腕からひょいと飛び降りる姫様。ほら、嘘だったじゃねーかよ。



「マーギン、今の出来ごとを説明せよ」


大隊長は王にもわかるように説明を求めた。


「説明って… 単に気合を入れたら護衛騎士がビビっただけですよ。雪熊相手なら姫様は食われていましたね。王族を警護する騎士しては心の鍛錬が不足しているんじゃないでしょうか?」


「きっ、貴様っ。どんな汚い手を使ったっ」


復活した第一隊の隊長がマーギンを怒鳴り付ける。


「がぁぁっと、吠えたのは汚い手でしたかね?雪熊とかあんな感じですよ。農民とかは咆哮一発で動けなくなります」


マーギンは暗に第一隊は農民と変わらないというような言い方をした。


「きっさまぁぁぁっ」


「ザカース、みっともない真似はやめよ。貴様は賊が目の前にいるにも関わらず、何も出来ずにカタリーナを見捨てたのじゃ」


「見捨てるなど…」


王様から辛辣な言葉を浴びせられる第一隊長。


「例え相手が強敵であろうとも生命を賭して身体を張って守るのが貴様らの役目であろう。相手に恐怖して動けなくなると言うことはカタリーナより自分の命が大事じゃからじゃ。貴様は降格じゃ、ワシの護衛からも外す。小隊長からやり直せ」


「へ、陛下っ。チャンスをっ、何卒チャンスをもう一度下さいっ」


「ワシらの生命はいくつ有ると思うておる?先程は誘拐じゃったが暗殺であればカタリーナはもうこの世におらん。それでも貴様はチャンスをもう一度くれとぬかすか?ならばカタリーナを生き返らせてみよっ」


尚も王様から反論出来ない叱責が飛ぶ。まさに正論なので誰も口を鋏めない。


「が、これで自分の弱さが理解出来たじゃろ。上には上がいると心得よ」


「はい…」


「まぁ、ここには皆もおるでの。一度の訓練の失敗で降格させるのも良くはないかもしれん。訓練は訓練じゃからな」


「では…」


「スタームよ、訓練内容はもう一つ有ると聞いておるがその結果と合わせて処遇を考えるのが良いとワシは思うがどうかの?」


「はい、陛下の寛大なお考えをありがたく受け止めます。ザカース、次は戦闘訓練である。汚名を返上出来るか?」


「はっ、必ずや成し遂げます」


「また無惨に失敗した時はどうするつもりだ?」


「隊長、小隊長任務から降り、一般騎士としてやり直します」


「うむ、その覚悟を認めよう。次は暗殺訓練だ。人形を王に見立てて襲撃から見事守ってみせよ。賊も真剣を使うから生命を落とす覚悟でやれ」


「それだとこちらも本当に殺してしまうことになりますが」


「構わん。依頼にはその旨を含めて高額報酬を払っておる。もし失敗したらその報酬をお前に払わせるからな」


「勿論です」



マーギンは第一隊の様子を見て、背水の陣ってやつだなと呟いたのであった。


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