護衛訓練その5

「うわぁっ」


「慌てるなっ。斬れっ斬れっ」


まさか街道でボアに襲われるとは思っていなかった護衛団は慌てる。


「ぐふっ」


一人、二人とボアに弾き飛ばされていく。



「おー、騎士達はかなり疲弊してんな。思ってたよりこっちの嫌がらせにやられてるわ」


マーギンは木の上からその様子を見ていた。


「どうする?この騒ぎに乗じてやるか?」


「うーん、どうしよっか。暗殺ならもう十分なんだけどね。誘拐って難しいんだよ。拐う相手は姫様だから怪我させるわけにもいかないんだよね」


「夜まで待つか?」


「そうだね。夜だと灯り魔法を使える人もいるだろうから、夕暮れ時がいいかな。あのボア寄せ薬の効果はどれぐらい持続する?」


「丸1日は効くぞ」


「なら、もう少しボアを見つけて追い立てようか。あれだけ無茶苦茶に剣を振ってたら剣先も甘くなるだろうし。下手したら折れるんじゃないかな」


体力と精神を削られた騎士は慌てたのもあって、剣筋がめちゃくちゃになっていた。


そしてマーギン達はまたボアを探して次々と追い立てるのであった。



「おかしい、なぜこんなにボアが湧いてくるのだっ」


守りに特化すると言っていた第二隊長までもがボアの討伐をせざるを得ない状況になっている。機動力のある騎馬隊も馬が興奮したボアに怯えていう事をきかなくなっていて使い物にならない。


その中でオルターネンは冷静にボアを討伐していた。これはきっと日が暮れるまで続くのだろうと確信して体力温存の為に最小限の力で戦っていた。


「きゃーっ きゃーっ」


馬車の外では大きなボアが馬車目掛けて突進してくる。騎士達は身体を張って阻止しようとするが、時折騎士ごとふっとばされて馬車にバンッと当たってくるのだ。それを怖がった姫様は悲鳴を上げ続けている。


20匹近いボアが討伐され、性も根も尽きた騎士達。


「ハアッ、ハアッっ、ハアッ、これで終わりか…」


ボアにやられた騎士多数。第二隊長までもが肩で息をする状態になっていた。本来であればもう西の領都近くに進んでいなければならないが、まだ宿泊した町から半分も来ていない。このまま夜を迎えるのは非常にまずい。


「治癒師は負傷者の治癒に当れ、まだ動ける者は警戒体制を…」


警戒体制を取れと指示をしかけた時にバネッサが突進してきた。


「ちいぃっ 本当に嫌なタイミングで仕掛けて来やがる」


性も根も尽きかけた騎士達の態勢を組み直そうとした時に本番が始まった。


「来いっ」


剣を構えてバネッサの突進に構える第二隊長。


カカカッ


バネッサからクナイが飛ぶ。


「甘いっ」


それを剣で弾き終わる間もなくバネッサが目の前から消え、矢が飛んで来た。


「グッ」


第二隊長はシスコの矢を腕に食らった。マーギンの指示によりシスコは顔面を狙ったのだ。あのクラスの人なら絶対に腕で顔をカバーすると言われていたのだ。


そして、ヘロヘロの騎士はバネッサのクナイとシスコの矢の餌食になっていく。


バネッサは剣を構えたオルターネンにも挨拶代わりのクナイを投げてウインクした。


それを見てニヤッと笑うオルターネン。これは陽動で次に必ずロッカの襲撃があると読んでいた。


バネッサの後ろに隠れるように突進したロッカの剣が振り下ろされる。


「バレてんぞ」


「承知っ」


ロッカとオルターネンの激しい剣の打ち合いが始まった。他の騎士達はシスコの矢の餌食になっていく。


「ローズっ、マーギンがそっちを狙ってるぞ」


オルターネンがロッカと戦いながら姫様に付いている騎士に声を掛けた。姫様は恐怖のあまり気を失っている。姫様を守る者は自分しかいない。


ローズは例え相手がマーギンであろうと姫様を守り抜いてみせると心に誓い、マーギンの襲撃に備えた。


ガンッ


天井からいきなり大きな音がする。きっとマーギンが屋根に飛び乗ったのだ。


ローズは遠慮せずに屋根に剣を刺していく。


「おっと、危ない。油断してると串刺しになりかねん。ロッカ、ちい兄様をこっちに近付けんなよ」


「無論」


オルターネンがロッカと戦いながらも背後へも攻撃しようとしているのをロッカに伝える。


マーギンは屋根から飛び降り扉を蹴飛ばして壊した。


ビュッ


その瞬間に鋭い突きが飛んでくる。


この剣はローズか。


鋭い突きを放った剣はローズに渡した剣。顔面まで面頬で覆われているのでマーギンは気付いていなかったのだ。


マーギンはバッとその場から離れる。それを追うように出てきたローズは視界を遮る面頬をガシャンっと投げ捨てた。


「よっ、いい突きだったぞ」


「マーギンとて容赦せんぞ」


「俺はローズ相手だと不利だよなぁ。でもその怒った顔も素敵だよ」


「今はそんな手には乗らんっ」


あ、照れてもくれないや。本気の本気って奴だな。


ローズは思いっきり身体強化をしてマーギンに斬りかかる。


おー、ローズは本当に強くなったな。避けるので精一杯で攻撃する暇がないわ。


「マーギン、逃げてばかりいないで遠慮なく攻撃をしてこいっ。私を侮辱する気かっ」


「そうだね。じゃ、本気を出すよ。覚悟をしてね」


マーギンはそう言った後にガッと威圧を放って、空手のような構えを取った。


「ぐっ、なんのこれしき…」


ローズが威圧に耐えて剣を振り上げた瞬間にマーギンは手を上げる。


「はあっっ」


と、大きな声を出した。それを合図にオルターネンと激しい打ち合いをしていたロッカがバッと離れて後ろを向く。


「フラッシュ」


マーギンはあたり一帯を照らし出すような眩い光を出した瞬間に気配をけした。


「うっ…」


まともにフラッシュを食らった騎士達は腕で目を抑えるも間に合わず目がくらんだ。


「貴様っ…」


そして目を開けた時にはマーギンは居なくなっており、馬車の中には姫様の姿がなかったのであった。


馬車の中が空になっているのを見てその場で膝から崩れるローズ。馬車の反対側の扉が虚しくパタンと開いていたのだった。


「やられたか…」


オルターネンはそう呟いた。まだ負傷して倒れている騎士達。そして空になった馬車を見て自分たちが敗北したことを実感する。


「探せっ 姫様を探せっ」


第二隊長から激が飛ぶ。そう、まだ終わりではないのだ。


オルターネンはボーゼンと崩れ落ちているローズを掴んで立たせ、姫様を探しに行くぞと言ったのであった。





ー森の中の星の導き達のテントー


「う、うーん…」


その中で目を覚ました姫様。


「こ、ここはどこ?」


「初めまして姫様。私はシスコと申します。訓練とはいえ、怖い思いをさせてしまった事を深くお詫び申し上げます」


「私は拐われちゃったのね?」


「はい。誘拐させて頂きました。お身体に異常はございませんか?」


「あるわよ」


「え?」


「お腹が空いたのっ。すっごくいい匂いがしてるんだけど」


「ご飯になさいますか?」


「もちろんっ」


テントの外に出ると灯りの下でバーベキューをしている人達がいる。


「おっ、目が覚めましたか。初めましてマーギンです」


ロッカ達も丁寧な挨拶をする。バネッサは少し噛んでいたけれど。


「あなたがマーギン?」


「はい、そうです。怖い思いをさせて申し訳ございませんでした。ずっと馬車から出られず疲れたでしょう。作戦とはいえ申し訳ない事をしました」


「あの意地悪な作戦はマーギンが考えたのねっ」


「はい。皆に盛大に意地悪させて頂きました」


と、笑うマーギン。


「庶民の食べ物で宜しければ召し上がられますか?」


「お肉を焼いているのかしら?」


「そうです。ご飯と一緒に食べると美味しいですよ」


「ご飯?」


と聞くので白飯と焼き肉を用意していく。やんごとなきお方の相手はシスコにしてもらおう。


シスコが食べ方を教えている。姫様だとこんな飯食ったことないだろうからな。


「美味しいーっ」


「お口にあったようで何よりです。インスタントですがスープもありますよ」


まだ冷えるので、インスタントのコーンスープを作って姫様に渡す。


「あ、かぼちゃのスープを作ったのはマーギンなのかしら?」


「え?どうしてご存知なのですか?」


「馬車の中でローズにもらったの」


「そうでしたか。これは外でも簡単に飲めるように作ったものなんですよ」


「うん、コーンのスープも美味しい」


「きっと、お腹が空いてたからですよ」


見た感じ子供の姫様。甘い系のスープがお好みにあったのかもしれん。


「あなたっていくつ?」


姫様がアイリスに年齢を尋ねる。


「えっ?私ですか。今年成人しました」


「まぁっ、やっぱり。私と同じぐらいかなぁっと思ったの。私も今年成人したのよ」


姫様はアイリスと同じ歳か。


そして同じ歳の姫様とアイリスはキャッキャと楽しそうに話しだした。こうして見てると姫様も普通の女の子だな。


「このお肉本当においひい」


「ふぁい、ふぁーひんさのふぁんふあーむもおいひんでふよ」


「ふぁんふぁーふっへぇふゎひかひら」


二人共肉を頬張りながら喋るから何を言ってるのかわからん。


「姫様、このお肉を焼いてると熊が寄って来るので注意してくださいね」


モグモグごっくん


「熊?」


ガサッ


「キャァッー」


「マーギン、こんなところで姫様に何を食わしてるんだっ」


「大隊長、遅かったですね。一緒に食べます?」


「お前なぁ… 食うに決まってるだろ」


姫様を前に友達と飯食ってるような雰囲気のマーギンに呆れた大隊長だが、焼肉の匂いにそう言わざるを得なかった。


「ね、姫様。熊が寄ってきたでしょ」


「本当ね。とっても大きな熊だわ」



そして、大隊長は旨いと今回の報告をどうしようかと複雑な顔で焼き肉を食ったのであった。




そして食い終わる頃。


「姫様ーっ 姫様っー」


「ようやく来たようだな」


「見付けるのに随分と時間が掛かりましたね。こんなにわかりやすく潜伏していたのに」


暗い森の中で灯りをつけて、もうもうと煙を出して良い匂いを漂わせているのに、食い終わるまで大隊長しか来なかったのだ。


「こんなものは潜伏とは言わん」


「姫様っ」


「遅いっ」


オルターネンとローズはここを見つけて走って来るなり大隊長に怒鳴られる。


「大隊長…」


二人が目にしたものは楽しそうにキャッキャッとアイリスとはしゃぐ姫様と、バーベキューの残骸だった。


「ローズとちい兄様も食べる?まだ、肉とか残ってるけど」


「そんな気分になるかっ」


「私は頂こう。やってられん」


オルターネンは怒鳴ったが、ローズは食うと言ったので、炭を足して肉を追加で焼くのであった。

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