招集

マーギンは朝から一人で薪作り。いつもの森から離れて少し奥に入り、間伐を兼ねて木を倒していく。薪にするのも収納も魔法だ。一部の薪は魔法で圧縮して硬い炭に加工していく。誰もいないので魔法を使い放題だ。


「よし、これだけあれば足りるだろ」


めちゃくちゃ冷え込んでいるので走って帰る。雪が積もっていると移動に時間が掛かる。閉門ギリギリで中に入れたのは幸いだった。


さて、リッカの食堂で…


げ、なんだよ。もう並んでんじゃん。


入り口から入ると、横入りすんなと言われそうなので裏口から厨房へ。


ガチャ


「うわっ、裏口から入って来んなよ。驚くだろうが」


「ごめん大将。店の前に行列が出来ててさ」


「おう、萌キュンセット目当ての客が押し寄せて来てんだよ」


「え?」


「お前が昨日客寄せやっただろ?それが口コミで広がったみてぇでな、夜の開店前から並びだしやがったんだ。もうセットの煮込みなくなるぞ」


「マジで?」


「おう、儲かんのはいいけどよ、他の料理が出なくなったらどうしてくれんだ」


大将は嬉しいような、困ったような複雑な顔をしている。


「まぁ、そのうち収まるんじゃない?」


「本当だろうな?」


ギロリん


「に、煮込みが無くなったら萌えキュン酒だけにすればいいんじゃないかな…」


「それで酒しか出なかったら責任取れんだな?」


責任て…


「じゃあ、料理頼んだ人しか萌キュン酒売らないようにしなよ」


ということで決着が付いた。3ガキ共もちゃんと働いているようで戦力になってきているとのこと。店を覗くとリッカがひたすら萌え萌えキュンをやっていた。注文取りはカザフが奮闘しているようだ。


「じゃ、ガキ共を宜しくね」


「なんも食ってかねぇのか?」


「座る場所もないだろ?落ち着いたらまた食いに来るよ」


そう言い残して、薪と炭を補充して帰った。



ん?


家に到着するとドアに手紙が挟んである。差出人はオルターネン。貴族からの手紙らしく蝋封がされている。


家の中に入って開封すると


<すまん、大隊長にバレた。3日後に迎えを寄こすのでこちらに来て欲しい>


こんな内容だった。服はこちらで用意するからだって。


あー、もうバレたのか。それは仕方がないな。こうして事前に知らせてくれるだけマシと思っておこう。春までまだ2ヶ月くらいあるんだよなぁ。逃げる準備をするにも魔道具の事とかやり残してるからな。


マーギンは想定より早くバレた事でどうしようか思案する。医者のヘラルドに渡すマジックドレインのペンダントもまだ出来てない。ま、3日後にどうなるか状況を確認してから考えるか。


と、あれこれ考えていると、アイリスと一緒に星の導き達がやって来た。


「マーギンさん、先に帰ってたんですね」


「お帰り。ロッカ達もお疲れ」


「マーギン、ダットさんところの食堂は何があったのだ?行列が出来てて店に入れん」


「皆、リッカ目当てなんだよ。しばらくあの調子が続くかもしれん」


「リッカちゃん目当て?」


ロッカ達を家に入れ、萌キュンセットの話をした。


「良かったではないか。この前までぜんぜん売れないと愚痴ってたからな」


「まぁね。あんなに人が来るのは想定外だったわ。飯まだだろ?なんか食ってくか?」


「いいのか?」


「もう外に食いに行くのも面倒だしね」


日が暮れて益々寒くなってるので外に出るのが億劫なのだ。


人数分作るのが面倒なので鍋にした。ご飯も炊いておこう。


酒を飲みながらホフホフと食ってシメの雑炊を作り出した頃にロッカがこれからの予定を聞いてくる。


「ん?なんかあるのか?」


「昨日、組合長が戻ってきたみたいでな」


組合長のロドリゲスは商業組合で話を付けてくれた後に何処かに行っていなかったのだ。


「組合長はどこに行ってたんだ?」


「北の領地だ。魔狼が家畜を襲っててな、どれぐらいハンターを派遣するか現状を調べに行っていたらしい」


魔狼か、魔犬やオオカミより断然強いな。


「何とか防衛出来てんの?」


「北の領地は広くてな、家畜も多いから苦戦しているみたいだ。領軍も出て対応していると言ってたぞ」


ロッカの話によると通常は北の領地のハンターと狩人が魔物やオオカミとかに対応しているらしい。領軍まで出るのは異常事態とのこと。


「軍っていっても対人用だろ?魔物に対応出来てんのか?」


「いや、苦戦しているとしか聞いていない。で、私達にも応援要請が入ったんだ。王都所属のハンターで腕があるやつは皆招集が掛かっている」


「アイリスは留守番か?」


正式にハンターになったとはいえ、実践経験のないアイリスを連れて行くと足手まといだ。


「マーギンも一緒に来てくれないか?」


「は?俺は登録しただけなの知ってるだろうが」


「それは分かってるが、組合長の話だと魔狼だけじゃないかもしれんらしい」


「もっと強いのが出てくんのか?」


「おそらくな」


「なんか兆候あんのか?」


「帰って来ないやつの死体が見つからんケースがいくつも出ているようだ」


「雪に埋もれてわからないとかじゃなく?」


「あぁ、持ち去られている可能性が高いらしい」


魔狼は倒した獲物をその場で食う。持ち去る事があるとすれば自分達より強いものに横取りされないようにする時だ。その余裕すらないときは獲物をその場に放置して逃げる。


「雪熊が出てるのか?」


「流石だな。組合長もその可能性が高いと睨んでいる」


雪熊とは元の世界でいう白熊みたいなやつだ。それもかなりデカくて凶暴だ。牛の一頭ぐらいは軽々と持ち去ることも可能。人は餌というよりオヤツ感覚で食うから、襲って何処かに集めているのかもしれん。ミスティと何度も巣穴のような所に集められた死体を見た事がある。それと死なない程度に動けなくしたままとかの人間も。


「雪熊に対応出来るやついるのか?あいつはかなり強いぞ」


「戦ったことあるのか?」


「あるよ。雪があるから接近戦はかなり不利だ。魔法攻撃もちゃちなファイアボールとか効かんからな。お前らならシスコぐらいしか対応出来んのじゃないか?」


「遠距離攻撃しかないのか?」


「ロッカなら相打ち覚悟で望むとかそんな感じだな。バネッサは無理だと思う」


「なんだとっ うちが一番弱えってのかよっ」


「違う。戦闘スタイルの相性の問題だ。お前、雪の中でいつものように戦えんのかよ?高速移動も飛んで上から斬りつけるとか出来んのか?あいつは立ち上がったら3m超えるんだぞ」


「そんなにデカいのか?」


「もっとデカいのもいる。3mってのは標準的な大きさのやつだ。毛も硬いから短剣だと肉まで届かん可能性もある」


「マジかよ… そんな奴どうやって倒すんだよ?」


「魔法使いなら延々とファイアボールを打って退散させるか、弓で一斉射撃だな。目に当たりゃ逃げる」


「追い払うだけで倒せねえのか?」


「足場が良ければロッカクラスで何とか相打ち出来るかどうかってところだ」


「それは身体強化しての話か?」


「そう。ノーマル状態なら無理だ。あいつは足も速いから逃げるのも無理だろうな」


「マーギンは倒したんだよな?」


「まぁ、そうだな。デバフが使えりゃなんとかなる。麻痺魔法は効くから動けなくなった所を狙い撃ちだな」


「ならマーギンもぜひ是非参加してくれ」


「北のハンターと狩人、王都のハンター、領軍がいるところで俺にやらせるつもりか?」


「ダメなのか?」


「それに貴族から呼び出し食らってんだよね」


「呼び出し?」


「俺が色々と魔法を使えるのがバレたみたいだ。バレるのはもう少し後だと予想してたんだけどな。下手すりゃ呼び出しされたまま帰って来れんかもしれんぞ」


「えっ?マーギンは貴族になんのかよ?」


「違うわ。そのまま国に利用されるかもしれんってことだ。それが嫌だから市民登録もしてなかったんだよ」


「そうか…、お前の自由が無くなるってことか。ハンター登録していても断われないのか?」


「ちい兄様が絡んでるからね。下手すりゃローズとかも巻き込む恐れがある。まぁ、まだどんな話になるかわからんけど、無理やり国に仕えろとかなったらこの国を出ることになる。やりたいことがあるからな」


「やりたいことってなんだ?」


「調べものだよ。今は詳しくは言えん」


「マーギンさん、前に私が国に仕えるようになりたいなら覚悟を決めると言っていたのは…」


と、アイリスが不安そうな顔をする。


「そう、お前に攻撃魔法を教えたら、誰から教えてもらったかすぐにバレるだろ?」


「バレたらどうするつもりだったんですか?」


「お前が採用になったら国を出るつもりにしてたんだよ。元々長くは居られないだろうなとは思ってたからそれが少し早くなるだけの話だ。気にすんな」


「マーギン、お前はそれで良かったのか?」


「暇な魔法書店でずっと大人しくしてても良かったんだけどな。まぁ、アイリスを拾ったからちょっと手助けしてやらないとなと思っただけだ」


「わ、私のせいで…」


「違う違う。お前のせいじゃない。俺が勝手にやったことだから俺の事は気にすることはない」


「でも…」


「だから気にすんなって。今まで辛い思いしてきたんだろ?それをこれから取り返せたらいいなと思っただけだ。だから俺の事は気にしなくていい。俺はやりたいようにやってるだけだ。それでも気になるならちゃんと幸せになれ」


「マーギンさん…」


「私達に貴重な魔法を教えてくれたのはアイリスの為か?」


「そういうこったな。俺はアイリスの面倒をずっと見てやれるわけじゃない。こいつもずっと面倒を見て欲しいわけじゃないと思う。だから託せる人に託したんだ。お前らなら安心だ」


「マーギン、お前はアイリスの父親かよっ」


「ま、そんな感じだ」


バネッサはなんかズリぃぞとかブツブツ言っているけど何がズルいのかよくわからん。


「アイリス、お前攻撃魔法を覚えるか?」


「え?」


「雪熊討伐に参加するなら教えてやる。お前なら倒せるかもしれん。が、倒したら都度強敵が現れる度にあてにされて駆り出される。それがずっと続く。どうする?」


「ずっとですか?」


「そう、お前しかいないと言われて延々と駆り出される人生だ。他領からの応援依頼も来るだろうし、下手すりゃ他国と揉めた時にも依頼がくる。それは敵、すなわち人を殺すことになる」


「人を殺す…」


「どうする?」


「マーギン、それはお前の実体験か?」


「まぁ、そうだ。戦争はなかったから直接人を殺してないとは思うけどな。俺が知らないだけで死んでいる奴はいるかもしれん」


「延々と駆り出されていたのか?」


「毎日の様に魔物狩りだ。俺はそれが別に嫌とかはなかったけど、アイリスにあんな人生をやれとは言えんよ。嫌な事にも出くわすしな」


「嫌な事ってなんだ?」


「本当に雪熊が出ているなら、巣穴に死なない程度に食われた人間がいる可能性がある。餌の人間が凍え死なないように抜け毛に包まれて食後のオヤツ代わりとか、子供のおもちゃとしてとかな。いっその事死なせてくれた方がマシだろうなというような光景だ」


「マジかよ…」


「あぁ、雪熊は治癒魔法みたいな物を使うかもしれん。顔が半分なくなってるけど生きてるとかもあったからな」


マーギンが過去に体験した話をすると皆は黙ってしまった。


「マーギン」


と、シスコが真剣な顔をしてこちらを向く。


「私の弓は本当に通用するのかしら?」


「目を狙え。お前のコントロールなら遠距離攻撃で当てられるだろ。もし絶対に討伐するんだと言うなら雪が溶けてからだ。それならハンター、狩人、軍が出張ればなんとかなるんじゃないか」


「わかったわ。ロッカ、私は今回の招集に応じるわ」


「シスコ、これだけ情報を与えても行くのか?」


「北の領地は母親の実家があるのよ。壊滅させるわけには行かないわ。それにあそこは王都の食料庫とも言われているの。小麦や家畜が壊滅したら食料が足らなくなるのよ」


「国の食料庫か。なら王都軍とかも出張るかもしれんな。雪解を待って総攻撃したら大丈夫だろうから今回は追い払うだけに専念しとけ」


「わかったわ。明日、組合長にもそう伝える」


「そうか。出発はいつになりそうだ?」


「多分3日後とかになりそうよ」


「ならロドリゲスに1日遅れで参加すると伝えておいてくれ」


「えっ?」


「シスコにとっちゃ大切な場所なんだろ?追い払う手伝いぐらいしてやるよ」


「い、いいの?」


「お前らに死なれたらアイリスの面倒を一生見るはめになりそうだからな。ガキ共は置いていくがアイリスは連れて行ってくれ。但し俺が到着するまでは待機だからな」


「え?」


「アイリス、攻撃魔法を覚えるかどうかは本当の現場を見て決めろ。お前は人の役に立つハンターになるんだろ?採取も討伐も人の役に立つ。お前の望むものは何なのか見て決めろ」


「わ、わかりました」



こうしてマーギンは北の領地の討伐に参加することになったのであった。


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