商業組合その2

ー職人街の食堂ー


「マーギン、どうしておめおめと引き下がったんだっ」


そうだそうだと責められる。そもそも俺は関係ないだろ?と言いたくなる。


「イードンとの契約の事は多分なんとかなる」


「は?」


「ロドリゲスが動いてくれるみたいだ。多分ややこしい事になるんだろうね」


「どういうこった?」


「俺もよくわかんないけど、イードンから戻ってくる職人の受け入れ、つまり仕事を確保しとけってさ」


「仕事の確保?」


「そう。戻って来ても仕事がないかもしれないだろ?そうなりゃイードンの仕事を受けざるを得なくなる。他の魔道具販売店が仕事をくれるといいけどさ」


「確かに… 他の大手は取引先決まってるからな」


「どうする?」


「どうするったってなぁ…」


皆、うーんと唸ってしまう。


「いっその事自分達で売る?」


「は?どういうことだ?」


「職人達で共同の店を作って売ればいいじゃん。なんならパーツのバラ売りとかでもいいし」


「パーツをバラ売りする?」


「そう。手先の器用な人なら故障した魔道具とかパーツがあれば自分で修理するんじゃない?ほら、イードンの商品って安売りしてる分質はいまいちなんだろ?」


「そうかもしれん」


「回路もちゃんとしたやつに交換したら魔力消費も少なくなるから回路の交換とか商売になりそうなんだよね」


「パーツのバラ売りか…」


「合うやつがなければ別注してもらうとかも可能だろうし、ここに来たら何でも揃うとかになれば客もくるんじゃない?」


「そりゃあそうかもしれんけどよ、売り子は誰がやるんだ?」


「そうだよねぇ」


ここにいる職人達が接客出来るとは思えない。


「店は共同で作れそう?」


「色んな職人がいるからな。店舗はなんとかなるだろ」


「なら売り子はちょっとツテを当たってみるよ。接客は問題ないとは思うけど、魔道具の知識はないから職人がサポートに付く必要があるとは思うけど」


「それなら交代でやるから構わんぞ」


「了解。じゃ、ツテを当たってみるよ」


とここまで話すともう成功したかのような騒ぎになり、職人達は乾杯をし始めるのであった。



マーギンは色街にある夜のシャングリラに出向く。


「ババァいるか」


「今日の土産はなんだい?」


「そんなしょっちゅう土産があるか」


「シケてやがるねぇ」


「それより教えて欲しいんだけど、引退した遊女って、その後仕事とかどうしてんの?」


「色々だよ。身請けされる、自分で娼館を経営する、飲み屋をやる、個人で遊女をやるとかだね。普通の仕事にゃ就けないのはお前もわかるだろ」


「例えばさ、給料は安いかもしれないけど魔道具の店の売り子とかしたい人とかいる?」


「お前が魔道具店やるってのかい?」


「いや、職人が直接売る店を作ろうかと思って」


ババァに職人達の経緯を話す。


「なるほどね。ああいった奴らは馬鹿だからねぇ。今どきの商売人に騙されるのはありうるね。世知辛い世の中だよまったく」


「で、やりたい人はいそう?」


「シシリー、ちょっとおいで」


「え?」


「うちの遊女なら誰でも接客は出来るだろうさ。だがね、経営となったら話は別だよ。シシリー、あんたマーギンがやる魔道具店の立ち上げを手伝ってやんな」


「俺の店じゃないってば」


「おんなじこったね。職人なんざ物は作れても商売の事はからっきしなんだ。失敗すんのは目に見えてるだろ。お前が音頭を取るんだね。中の事はシシリーが何とかするだろ」


「俺も手伝いはするけどさ、春になったらあちこち行くつもりなんだよ」


「ならそれまでに形にしとくんだね。シシリーをしばらく貸してやるから職人達を守ってやりな」


ということでシシリーの力を借りる事になったのであった。



ー1週間後ー


「なんだこれは…」


商業組合の組合長、ジムケインは調査報告書を読んで愕然とする。内容はハリイがイードン魔導具店に対して抜き打ちで帳簿確認する日を教えたり、腕が良い個人工房の職人をリスト化して渡していた。その見返りとして多額の金銭のやり取りがあった事が書かれてあった。


「即日イードンへの立入検査を行う。ハリイを同行させろ。それと契約関係の担当者も連れていけ。俺も行く」


「かしこまりました」


「ロドリゲスの野郎、どこからこんなネタを仕入れやがったんだ… はぁーーっ、これで特許とかいう法律を貴族に進言して通さないとダメになったってわけか…」


ジムケインは組織の不正を内部調査で発見したことでなんとか面子を保てる事には感謝をするが、法律を通さなくてはならなくなったことに頭が痛いのであった。


そして商業組合はイードンへの立入検査後、問題のあった契約書の当事者を呼び出して内容を精査した上で契約の取り消しを行い違約金問題は解決したのである。



「マーギン、違約金を払わなくて良くなったぞ」


商業組合に呼び出されていたハルトランが戻ってきてマーギンに報告をする。


「良かったね、というより当然だよね」


「そうじゃ、それにあのライトは発注者なぞおらんかったようじゃ」


「ハルトランを嵌めるためだけの仕事だったてこと?」


「みたいじゃな」


かなり悪質だな。


「イードンは潰れるかな?」


「どうじゃろうな?脱税もしとったようじゃから追徴課税でかなり痛手を食うじゃろ」


「脱税って重罪じゃなかったかっけ?」


「その辺はワシもよくわからん」


マーギンは職人達と一緒にどんな店にするか打ち合わせをしていた。そして職人達はシシリーにメロメロだ。


「あらぁ、こんな素敵な魔道具を作れるのぉ?凄いわぁ」


「へへっ、そうだろ。もっといいのを作ってやるぜ」


「おっ、俺のも見てくれよ。ほら、こんな魔道具でな」


と、女日照りの職人達はシシリーに褒めてもらうためにせっせと新しい物を作りだしている。


「リヒト、ガラス玉をもって並ぶな。奥さんに言いつけるぞ」


ガラス工房のリヒトまでシシリーに新しく作ったガラスの玉を持って並んでやがる。


「やっ、やめろっ。こいつが売れるかどうか聞きたいだけだ」


「それより店の名前とかどうすんだよ?俺は知らんぞ」


「おい、お前ら店の名前はどうするんだ?」


職人達はどうする?どうする?と顔を見合わせる。大半の工房は自分の名前を付けたものだから、共同の店の名前とか付けられないのだ。


「シシリーは夜のシャングリラから来てんだよな?」


「そうよぉ。もう仕事は受けてないけどねぇ」


「じゃあ、ここは昼のシャングリラにしようぜっ」


と誰かが言い出した。そして、それが良いじゃねーかよっと満場一致の賛成で店の名前が決まってしまったのだった。


店舗形態は完成品とパーツの販売、そして職人街の工房案内所を兼ねるということに決まった。打ち合わせをしているこの食堂も傘下に入ることになり、夜は飲み屋をするらしい。もちろん遊女あがりの女性の働き口になるだろう。これは職人達が入り浸りそうだな。


「マーギンさん、やはりここにおられましたか」


「えーっと、ミハエルさんだっけ?何か用?」


職人達とワイワイやってるところにやって来たのは商業組合のミハエル。


「特許というものに付いて法律を作って貰う進言をしたいと考えておりまして、内容を詳しく教えてもらえないかと思って探してたんですよ」


「特許の法律?誰からそんなの聞いたの?」


「組合長からです。私が窓口になってマーギンさんと打ち合わせろと指示がありました」


なるほど、ロドリゲスが噛んでるのか。イードンとの契約とか何をやったらこんな短期間で解決するのだろうか?人心操作魔法とかあるのか?


「抜けてる所もあるかもしれないけど、俺の知ってる事は伝えるよ」


「はい、お願いします」


と、マーギンは勇者パーティー時代の特許制度の事を説明していく。職人達も一緒に説明を聞き、なるほど、これならパクられ損がなくなるってことだな。とか熱心に聞いていた。


「色々と教えていただきありがとうございます。非常に良い法律だと思いますのでぜひとも法律化して欲しいものです」


「大変だと思うけど宜しくね」


「あと、ハルトランさん。今回は私が余計な仕事をお願いした為に騒動に巻き込んでしまい誠に申し訳ありませんでした」


「お前はなんも知らんかったんじゃ。もう気にするなと言ったじゃろうが」


「いえ、それでも…」


「この法律を通すように頑張ってくれればええ。お前は職人の味方じゃろ?」


「は、はいっ」


ミハエルは組合の中でも職人達の窓口だったらしく、今回の騒動でかなりへこんでいたようだ。イードンの内情を知らなかったとはいえ、職人達を貶めるような事をした罪悪感から何度もハルトランに詫びを入れていた。


「ミハエル、職人街はこれから色々と変わって行くと思うから色々とアドバイスを頼むよ」


「マーギンさん、変わっていくとは?ここに直営の販売店が出来るぐらいなんですよね?」


「いや、各工房の案内所も兼ねるんだよ。売ってないものが欲しいときは作ってもらわないとだめだろ?それを探すのも大変だから、話を聞いて工房を紹介するんだよ。イメージとしては魔道具パーツのマルシェだね」


「露店もするんですか?」


「露店の代わりに工房があるってイメージかな。店で売ってなくても欲しいものって新商品になる可能性があるから特許システムが導入されたら職人達にもメリットが高いと思うんだ」


「なるほど、特注品が単発で終わらなくなる可能性があるってことですね」


「そういうこと。数が売れるなら量産体制を取ってやればいいし」


「いいですねそれ。わかりました、私も微力ながら頑張らせてもらいます」


と、ミハエルは皆の手伝いが出来る事を喜んでくれるのであった。



ミハエルが帰った後にマーギンはシシリーに何が売れると思う?と相談していく。男性目線で良いと思うものと、女性目線で良いと思うものは違ってたりするのだ。


マーギンが商品リストを作るために紙に書き出そうとすると、シシリーがマーギンの後ろから手を回してベッタリとくっついてくる。


「そうねぇ、やっぱり調理が楽になるものとか洗濯や洗い物の家事が楽になるものが売れると思うわよ。マーギンの作った洗濯機とか掃除機とかいいんじゃないかしら?」


あれは持ってたやつを娼館にあげただけで、作った訳ではない。


シシリーはなぜだかいつもマーギンにベタベタしてくる。それを見た職人達の歯ぎしりが聞こえてくる。


「シシリー、書きにくいから離れろ」


「あらぁ、別にいいじゃない。私、マーギンの匂いが好きなのよぉ」


そう言って耳元をスンスンする。


「やめろ、くすぐったい。毎日風呂も入ってるし、洗浄魔法もかけてんだから臭うわけないだろ?」


と、念の為自分をスンスンする。うん、大丈夫だよな?


「マーギン、いちゃいちゃすんなっ」


職人達からそんな声が上がる。


「いちゃいちゃなんてしてねぇだろうが」


「あら、してるわよ。チュッ」


と、ほっぺにキスをされた所で皆の嫉妬心が爆発して蹴られたりしたのであった。



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