剣技会
ー騎士団剣技会ー
「おい、ローズが出てんぞ」
対戦表を見てざわつく騎士達。出場者は24名。小隊長はすべて2回戦からのシードで、ローズは1回勝てば、つい先日まで直属の上司であった小隊長と対戦することになる組み合わせだ。
「ローズ、2回勝てば俺と対戦することになるな」
「今からちい兄様を部下に出来るかと思うとワクワクします」
「へんっ、言っとけ」
「ちい兄様も勝たねば私と対戦することは叶いませんよ」
「俺が役無しの奴に負けると思ってんのか?」
自信満々のローズとオルターネン。二人はベスト8に進めば対戦することになるのだ。
ー試合前ー
「今年の剣技会は第3王女のカタリーナ様がご覧になられる。みな無様な試合をするではないぞ」
大隊長の挨拶の後に王族が剣技会を見学するとの知らせが入る。本来であれば王、もしくは継承権の高い王子が見学する事になっているのだが今年は姫殿下が見学するとのこと。カタリーナ姫は15歳。まだ子供っぽくはあるがとても愛らしく、騎士の中にはファンも多い。
「みんなーっ、頑張ってーっ」
そして、姫らしからぬお転婆ぶりもまた愛嬌。カタリーナが応援の手を振ると騎士達も手を振り返して大隊長に睨まれるのであった。
ローズの一回戦
「お前、どんな手を使って剣技会に選ばれた?」
対戦相手の騎士が訝しがる。上に色目を使ったんじゃないかとでも言いたげだ。
「単なる実力ですよ」
淡々と言い返すローズ。
「ケッ」
何か腑に落ちない対戦相手。騎馬隊を除いて200人近くいる騎士の中でこの剣技会に出られるのはたったの24名。しかも8人は次期隊長候補の小隊長が選出される。残りたった16人の中に女のローズが出場するのはやっかみを買うのに十分なのであった。
私はこの剣技会で実力を示さねばならない。今までの努力、マーギンがくれたこの剣に誓って必ず勝つ!
ローズはやや気負い気味ではあるが、今まで稽古で男性騎士と対峙した時のような自分の力不足を感じない。不思議と絶対に勝てるという自信が湧いてくるのであった。
「始めっ」
開始の合図と共に対戦相手がローズに攻撃をしてくるがローズは動かない。
なんだこれは…?
ローズは動けないのではなく、相手の攻撃のスピードがあまりにも遅く感じて戸惑ったのだ。
こいつは今攻撃をしてきているのか?それとも罠か?
剣が振り下ろされて来ているので、取り敢えずスッと避ける。
ブンッ
寸止めのはずなのに空振りの音が聞こえた。
やはり、攻撃をしてきたのだな。しかし、振り下ろしの後の体勢ががら空きではないか。
ローズは罠かと警戒しつつ、対戦相手の首に剣をあてた。
「それまでっ 勝者ローズ」
「え?」
ローズには勝ったという感じはない。ゆっくりと動いた相手の首に剣をあてただけなのだ。
勝者ローズの宣言の後、会場は静まり返る。
「なんだ今のローズの動きは…」
「おお、速すぎて何をしたのかわからなかったぜ」
あちこちで今の対戦を語る騎士たち。ローズがあれほど動けるようになっていた事に衝撃が走っていた。
「敗者は観覧席に戻れ。ローズは控室で次戦に向けて待機せよ」
マーギンに言われた精神修行を続けていたローズは自然と身体強化をしていたことに気付いていないのであった。
「ローズの奴、いつの間にあんな強くなってたんだ?まさかマーギンの奴がなんかやらかしたんじゃねーだろうな?」
オルターネンもまたローズの動きが想像を遥かに超えていた事に驚いていたのであった。
1回戦が終わり、敗者達はうなだれて観客席に戻った。
2回戦。
「ようローズ、お前が大隊長に色目を使ったって噂になってるぞ」
「そのような噂が立つようでは騎士の質も落ちたものですね」
小隊長、隊長を飛ばして大隊長から異例の異動を言い渡されたローズに対して、直属の上司であった小隊長は面白く思っていなかった。
「男爵家風情が偉そうな口を叩くようになったものだ」
「剣より口で攻撃とは子爵家も大した事はありませんね」
「何をっ」
「口を慎め。姫殿下の御前であるぞ」
審判を務める隊長から叱責を受ける二人。ローズはこの小隊長の事は前から好きではなかった。小隊長でありながら上に立つような度量を持ち合わせていないのだ。
「始めっ」
「喰らえっ」
元部下に対して胸を貸してやるとかそんな度量の無い小隊長。ローズも先ほどゆっくりと見えた動きも今回はいつもの感じだ。
が、
「遅いっ」
ローズはいきなりの連撃を剣で受けずにスッスッと避けていく。
「こいつ、ちょこまかと動きやがって」
この小隊長とは稽古で何度も対戦したことがある。自分より弱いローズに対して毎回ストレス発散のように打ち付けていたのだ。今までのローズは小隊長の毒気のまざったような雰囲気が怖いと思っていたが、不思議と今はなんともない。
(これもマーギンのお陰だな。あいつの威圧に比べると戯言のようなものだ)
小隊長の攻撃をひらりひらりと躱すローズ。まるでダンスを踊っているかのように見える。
ー王族観覧席ー
「じい、あの騎士素敵ね。誰かしら?」
「えぇっと… かの者はフェアリーローズ・バアム。男爵家の娘でございますな。第三隊に所属しているようです」
「えーっ、女の人なの。それも広報隊じゃなく?」
「ええ、第三隊ですので、城内警護担当のようですな」
「へぇ、なら今度ちゃんと顔を見ておこうっと。ここからだと顔がよく見えないんだもの。あっ、近くに見に行っていい?」
「いけません。ここからご覧になって下さい」
「ケチっ」
そんな会話がなされていることを知らぬローズは小隊長の連撃をひらりひらりと躱し続ける。
「ハァッ ハアっ」
空振りは思いの他体力を使う。小隊長が息切れした所にローズは切先を喉元に突き付けた。
「勝者ローズっ」
うぉぉぉっ、ローズのやつ、第四隊の小隊長とはいえ、シードに勝ちやがったぜ。と大騒ぎになる。
「貴様っ…」
負けた小隊長は納得がいかない様子でローズを睨み付ける。
「これで実力で剣技会に推薦して貰ったという事がお分かり頂けましたか小隊長殿」
嫌な上司だった小隊長に勝って胸がスッとしたローズは少し嫌味混じりにそう言い放った。
「許さんっ」
勝負が付いたにも関わらず、逆ギレした小隊長はローズに攻撃を仕掛けようと剣を振り上げた。
「フンッ」
ガインっ
「ぐほっ」
その刹那、審判をしていた隊長が鞘に入ったままの剣で小隊長の腹を鎧の上から斬った。その威力に小隊長は悶絶し、その場で前のめりに倒れて意識を失った。
「見苦しい奴め。早くこいつを会場から連れ出せっ」
「隊長…」
今の隊長の動きが見えなかったローズはゴクリと唾を飲む。隊長になるような人はやはり強いのだと身震いをするのと同時に嬉しくもあった。自分もいずれはこうなるのだと。
「ローズ、お前は第三隊に相応しい実力を示したな。歓迎する」
そう、審判をしていた隊長は配属になった第三隊の隊長なのであった。
オルターネンの試合
「おう、お前の1回戦の戦い方は見事だったぞ」
オルターネンの対戦相手は同隊の者。見習いから正騎士になっていきなり第三隊に配属されたホープだ。
「オルターネン小隊長にお褒め頂けるとは光栄であります。本日は胸を借りさせて頂きます」
「しおらしい言葉とは裏腹に勝つ気満々だろお前?」
「当然ですよ」
と、不敵に笑う。確かにこいつは強いが自信過剰な所がある。鼻っ柱を折るにはちょうど良い機会だとオルターネンは思っていた。
「ま、勝つ気満々のお前には悪いが、次の対戦で妹が待ってる手前、負けてやる訳にはいかんからな。ちょいと試させてもらうわ」
「どうぞご自由に」
このホープもオルターネンが他の小隊長より強い事は理解していた。しかし、自分が勝つと疑っていなかったのだ。
「始めっ」
ホープはオルターネンがいきなり斬り込んで来ると思い、初撃を受けてカウンターを取るつもりだった。しかし、オルターネンは剣も抜かずに、柄に手をやり低く構えただけで攻撃をしてこない。
「ならばこちらから… うっ」
ホープはオルターネンから放たれる気迫にたじろぐ。低く構えているはずなのに大きく見える。
「どうした?遠慮はいらんぞ」
そう呟いて下から睨み上げるオルターネン。しかし、ホープは動く事が出来ない。
カタカタカタ
攻撃を仕掛けるどころか足が震えて言うことをきかない。
「くそっ」
足の震えを気迫で押し込んで攻撃を仕掛けようとした瞬間。
シュパッ
オルターネンが動いたと思ったらいつの間にか首に剣を当てられていた。
「勝者、オルターネンっ」
「ま、こんなもんだ。自分が世界一強いとか思ってんじゃねーぞ」
「あ、ありがとうございました…」
ホープは早く観覧席に戻れと言われても冷や汗が止まらず、足もなかなか動かないのであった。
「むぅ、オルターネンの奴。あの剣と剣技はなんだ?」
大隊長は今の戦いを訝しげに見ていた。
そしてベスト8が出揃い。勝ち残りはローズを除きすべてが小隊長だった。毎年ほぼ小隊長が勝ち残る中、時折役無しの者が残る。今年はそれが女性のローズであったのは騎士隊創立以来初めての事である。
昼休憩を挟んで準々決勝線が繰り広げられ、いよいよローズとオルターネンの兄妹対決となった。
「ローズ、よく勝ち上がって来たな」
「はい、ちい兄様。私の部下になる覚悟は宜しいですか?」
「可愛い妹に負けてやりたいのは山々だが、俺もまだお前の高い壁になってなきゃならんからな。ちょいと本気を出してやる」
「望む所です」
二人はお互いに勝つ気満々で睨み合うのであった。
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