成人の儀
ー成人の儀の前日ー
「は?シスコだけが来るんじゃなかったのか?」
「うちが来たら迷惑なのかよ?」
「うん」
「てんめえっっ」
シスコだけが泊まりに来るのかと思っていたらロッカとバネッサまでやって来た。
「バネッサが付いて行くとしつこいのでな。私だけ家に居てもなんだから、まぁ、そのなんだ」
ロッカも泊まるつもりらしい。
「どこで寝るんだよ?」
「コタツで寝てみたいのだ。あれはとても気持ちが良い」
ロッカとバネッサはコタツで寝る気満々のようだ。シスコはソファ、で俺はどうすんだよ?
結局マーギンは床で寝るハメに。家主が真冬に床で寝なきゃいけないとか罰ゲーム以外何ものでもないじゃないか。
仕方がないので野営用のマットを出してそこで寝ることにした。夜中にコタツでガサゴソガサゴソするロッカとバネッサ。どうやら足の乗せ合いバトルが勃発しているらしい。コタツで二人寝るとそうなるのだ。しばらくするとバネッサがうーん、うーんと唸っている。どうやら足乗せバトルはロッカの勝ちのようで、ロッカのたくましい足がバネッサの華奢な腰に乗せられているようだった。
ー夜明け前ー
「マーギン、マーギン、何であんたがバネッサと寝てんのよっ」
シスコに起こされるマーギン。
「バネッサと寝てる…?」
ゲッ、いつの間にこっちに寝に来やがったんだ。
ロッカの重みに耐えきれず、コタツを抜け出したバネッサが俺の毛布にくるまって横で寝てやがった。どうりで寒かったはずだ。
「シスコ、いいか。この状況をよく見ろ。俺がバネッサと寝ていたわけじゃない。バネッサが俺の横に寝に来たんだ」
「同じ事よ。さっさとアイリスの支度を始めるわよっ」
シスコがアイリスを起こしにいき、マーギンはアイテムボックスから姿見を出してから朝飯の準備。なぜ俺が皆の朝飯を作らねばならないのだろう?と疑問に思うが仕方がない。
定番のスープとベーコンエッグ。パンは買った奴だからハードタイプ。これはこれで旨いけど。
いい匂いがしてきた頃には子供達もちゃんとテーブルに座って待ての姿勢を取っている。
「ロッカ、よだれの跡がついてんぞ。顔洗ってこいよ」
起き抜けの顔は男も女も変わらん。これはミスティで学習済だから幻滅とかはない。
よだれ跡を指摘されたロッカは赤くなったまま無言で顔を洗いに行った。
朝飯を食ったら準備を開始。お化粧をするのにもっと明かりが必要と言われてライトの魔法でアイリスを照らす。
ふぁぁ、眠ぃぃ
「マーギン、ライトをチラチラ動かさないでっ」
「あぁごめん」
女の支度を待つほど退屈な事はない。それにライトの魔法をピタッと固定させておくのは結構面倒なのだ。こんなことなら照明の魔道具を作っておくべきだった。
ようやく化粧も髪型もバッチリ決まったようだ。
「じゃ、気を付けて行ってこいよ」
マーギンはアイリスを見送ろうとする。
「あなたはいったい何を言っているのかしら?」
あなたは馬鹿なの?という呆れた顔をするシスコ。
「は?成人の儀はアイリスだけで行くんだろ?」
「成人の儀は庶民の社交会デビューと同じだと言ったでしょ。保護者同伴なのよっ」
「え?聞いてないんだけど。お前ら親同伴じゃなかったんだろ?」
「私達は訳ありだったでしょ。早くマーギンも着替えなさいっ」
まじかよ…
マーギンがいつもの平民服を着ようとする。
「マーギン、あなたはいい服持ってるんでしょ」
「いい服って、一着しかないぞ」
「それ着なさいよ。噂で宮廷魔道士みたいな服を着てたって聞いたわよ」
「え?あれ着んのかよ」
「アイリスもこんなに可愛く仕上がったんだから、箔を付けてあげるのが保護者の役目でしょ。そうしないとしょうもない男が寄って来るわよ」
確かにアイリスがお嬢様お嬢様していて可愛いな。
「お前、ずいぶんと可愛くなったな」
「えへへへへっ」
「アイリス、それは服を褒められたんだから勘違いすんなよなっ」
バネッサが横槍を入れる。
「いや、アイリスがお嬢様っぽく可愛くなったと褒めたんだ」
「うちの時はそんな風に褒めた事ないだろうがっ」
拗ねるバネッサ。
「バネッサ、お前もちゃんと可愛いぞ。だから拗ねんな。可愛い顔が台無しだぞ」
「嘘つけっ、そ、そ、そ、そんな見え透いたお世辞に乗るかよっ」
マーギンに褒められて赤くなるバネッサ。
「あー、バレたか」
「殺すっ」
マーギンにおちょくられて怒るバネッサをロッカがどうどうとなだめる。
マーギンは本当は嘘じゃないけどなと心の中で呟いた。
「マーギン、早く支度しなさいよっ。会場に入れなくなるわよ」
「入れないなんて事があるのか?」
「どれだけ人がいると思ってるのよ。会場に入れなかったら外で順番を待つのよ。凍え死んでも知らないからねっ」
それでこんなに早くから支度をしてたのか、早く言えよ。
マーギンは仕方が無く、勇者パーティー時代の服を着る。頭はオールバックだ。
「おぉ、見違えたではないか。とても偉そうに見えるぞ」
ロッカよ、偉そうにってなんだよ?
「シスコ、お前何でアイリスの服を買った時に俺の服も買えと言わなかったんだよ」
「だって面白いじゃない」
コイツ…
「お前、マーギンか?」
一番失礼なのはバネッサだ。
「俺が着替えてんの見てただろうが」
「い、いや。こんな服似合うんだなって思ってよ。かっ、勘違いすんなよっ。褒めたのは服だからな、服っ」
「俺はさっき本気でバネッサを可愛いと褒めたつもりだったんだけどな」
「うっ嘘つけっ」
「嘘だ」
「てんめぇぇぇっ」
何度やっても同じ反応をするバネッサ。シスコの気持ちがなんとなくわかる気がする。
そしてどうやら3スタンも付いてくる気満々のようだからお留守してろとは言いにくい。この前買ってやった服をいそいそと着ているしな。ロッカ達もいつものハンター服より小洒落た奴を着ているからはなから全員で行くつもりだったのか。
そしてぞろぞろと会場に歩いて向かうとあちこちでおめでとうとかアイリスに声がかけられる。どうやら成人の儀は街中で祝ってあげるお祭りのようなものらしい。今まで引きこもっていたからまったく知らなかったわ。
そして会場に到着するとすでに結構人が集まっていて、なんとか教会の中に入ることが出来た。ここは東門近くの庶民が集る会場になっていて、東西南北と貴族街に別れて同時開催のようだった。
「アイリス、お前可愛いから注目浴びてるぞ」
マーギンから見たら子供でも同世代の男から見たら十分に恋愛対象のアイリス。あちこちであれは誰だ?とか男共からヒソヒソ話が聞こえてくる。
「マーギンっ」
「おぉ、リッカか。その服よく似合ってんじゃないか」
声を掛けて来たのはリッカ。ちゃんとした服を着るとどこかのお嬢様っぽく見える。それに化粧のせいか美人に見えるな。
「どう?マーギンのくれたリボンも似合ってるでしょっ」
リッカも男共から注目を浴びている。美人のリッカ、可愛いアイリスって感じか。
「マーギン、めかしこんで来やがったな」
「大将も来てたのかよ。それに女将さんも」
大将も昔に着ていただろうハンター服の一張羅、女将さんは…
「はみ出てるけど大丈夫?」
バキっ
「余計な事を言うんじゃないよっ」
いらぬ事を言ったマーギンは公衆の面前でグーを食らう。
ヒソヒソ話はアイリスとリッカ以外にもロッカ達にも向けられているようだ。星の導きはハンター志望の子供達に有名なのかもしれん。
「マーギン、これが終わったら、この場に残るのか?」
とダッドが聞いてくる。
「アイリス、残りたいか?他の子と交流する場になるみたいだぞ」
「いえ、残りたくありません。このままハンター登録をしに行きましょう」
「だってさ、俺達はハンター登録して帰るわ。コイツらもついでに見習い登録してくる」
「だったらマーギンもハンター登録しとけ」
「は?なんでだよ?」
「春にタイベに行くんだろうが。その時にハンター証があった方が面倒なことにならずに済む」
「タイベって、他領だけど同じ国だろ?」
(お前、その服でここに来てるから相当目立ってんだよ。あちこちで宮廷魔道士がなぜここに来てるんだって声が聞こえてる)
(マジで?)
(当たり前だろうが。お前よりいい服着てる奴が他にいるか?)
ダッドに言われてぐるっと周りを見渡す。誰もこんな服は着ていない。せいぜいよそ行きの服だ。
(それにアイリスもだ。あんなの貴族が着るドレスだろうが。リッカの服も相当頑張って買ってやった服だがアイリスのには足元にも及ばん。お前ら目立ち過ぎなんだよっ)
ダッドにそう言われてシスコを見ると笑顔でそっぽを向いてやがる。
コイツ…
シスコに聞かなくても、だって面白いじゃない、という声が頭の中で再生される。
(それとな、タイベに行くだけならハンター証はなくてもいいが、他国に行くような事になったらあった方がいい。いきなり行くことになったら登録が間に合わんだろうが。それに今日アイリスのついでだと言うことにすれば自然だ)
(わかった。ありがとう大将)
(おう)
「何コソコソ話してんだよ?」
マーギンと大将がコソコソ話をしているのを見に来たバネッサ。
「いや、成人の儀に来ている子達よりバネッサの方がずっと可愛いなと話してたんだよ」
「嘘つけっ」
「嘘だ」
「てんめぇぇぇっ」
相変わらず面白い。
「怒んなって。ほら、高い高いしてやるから」
バネッサは軽い。両手で脇の下に手を入れて高い高いをしてやろうとすると
「ぎゃーはっはっはっはっ」
めちゃくちゃデカい声で笑い出すバネッサ。それなりにざわつきながらも静かな教会の中でその笑い声が響き渡る。
「てめえっ、なにしやがんだっ」
シーーーン
「バネッサ、お前が騒ぐから皆注目してんじゃねーかよ。子供じゃないんだから静かにしてろ」
「てっ てんめぇぇぇっ」
「騒ぐとまた高い高いすんぞ」
ビクッ
高い高いするぞと言われて両脇を隠すバネッサ。どうやらかなりくすぐったがりのようだ。
「覚えとけよっ」
大丈夫だ。ちゃんとお前がくすぐったがりなのはインプットした。
そして、ませた年下の子供達もバネッサに色めきだっていたようだが、今の笑い声で危ない人だと認識されたようで誰も目を合わさなくなったのだった。
ようやく神官の長い話が始まり、順番に成人の証を受取り終了した。
「マーギン、一緒に帰ろうっ」
リッカが腕を組んでくる。
「俺達はハンター組合に寄ってから帰るぞ」
「えー、一回帰ってから行きなよ」
「登録だけだから面倒だろうが」
「じゃあ、一緒に行く」
「何しに来るんだよ?」
「付き添ってあげる」
「おう、俺も久々に顔出すから付き合うぞ」
大将達も来るらしい。孤児である3スタンの見習い登録に大将と星の導きが後見人になると伝えた方がスムーズに行くとのこと。
リッカはマーギンに嬉しそうに腕を組み、アイリスはマーギンのポケットの中に手を突っ込んでいた。
「なぁ、シスコ、マーギンの野郎はリッカ達の彼氏に見えるか?それとも親とどっちに見えると思う?」
「親ね」
「あぁ、親にしか見えんな」
バネッサはマーギンとリッカ達を見て不思議に思う。あれぐらいの年の差カップルが居てもおかしくはない。しかしカップルには見えないのだ。
「アイリス、ちょっと代われ」
ポケットから手を出させてバネッサがマーギンに腕を組んでみる。
「なんだよ?」
いきなりバネッサに腕を組まれたマーギン。ムギュッとした感触はリッカからは感じないものだ。
「どう見える?」
「親ね」
「親だな」
「シスコもやってみてくれ」
バネッサがシスコと代わる。
「どう?」
「親だな」
「そうだな」
次はロッカがシスコに代わり腕を組む。
「どうだ?」
「ロッカ、腕を組むんじゃなくて肩を組んでみて」
「こうか?」
ロッカはマーギンの肩に手を乗せた。
「おぉ、なんかしっくり来やがるぜ」
「ええ、似合ってるわよ」
「彼氏と彼女に見えるのか?」
そう少し赤くなったロッカに、シスコとバネッサは男同士で肩を組んでいるように見えるとは言えないのであった。
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