ここは元魔国
「結構遅かったな」
ローズが宿舎に着くなり兄が部屋にやって来た。ずっと帰って来るのを待っていたのだろうか?随分とタイミングが良すぎる。
「12時までにはまだまだ時間はあります」
「ま、そうだな」
いつもの堂々とした偉そうな態度ではなくソワソワした感じの兄。どうしたというのだ?
「剣をくれた奴と会って来たんだろ?あれは魔剣だと認めたか?」
「いえ、あれは魔力の通りが良い素材を使った剣なのだそうです。魔法を使えるものが使えば魔剣のように見えるかもしれないと言っていました」
「なにっ?」
「本当の魔剣は使える者を選ぶと。魔剣を使いこなせるものが使えば威力が増し、力無き物が使えばただの剣であり、物によっては剣に力を奪われることもあると言っていました」
「なぜ、そいつはそのような事を知っているのだ?」
「昔の知り合いに本当の魔剣使いがいたそうです。それはそれは見事であったと。鎧をなど紙切れを切るように切れるのだそうです。私はその一端をこの目で見て参りました。私に剣をくれた者は本当の魔剣も持っており、軽く一振りするだけで遠くの大木を切り落として見せました」
ローズがそう言っても驚かず考え込む兄。これはやはり…
「そして、その者は自分がその気になれば王都ぐらい簡単に滅ぼせると。やる気になれば地図を見るまでもない、本当に大陸の形を見たいだけだとちい兄様に伝えてくれと言いました」
「何っ?」
「ちい兄様、もしや私達を監視されていましたか?」
「そ、それは…」
「ちい兄様、マーギンは初めからちい兄様が監視していることに気付いていた。だからわざと魔剣の威力を見せるようにしたのでしょう」
「あの距離で気付いていたのか…」
「マーギンはあんな場所で怪しげな魔法書店をやっていますが、只者ではありません。恐らくどこかの国に仕える者だったのではないでしょうか?国の使命を負うのはもうゴメンだと言っていましたので」
「その話が本当ならスパイという線はないか?」
「無いでしょう。そんな事をしなくても我が国に攻め込む気があるならやれる力があると思います」
「そうか… こんな事は上に報告出来んな」
「しても無駄です。というより今のまま我が国に居てもらう方が良いと思います」
「そこまで信用するに値するのか?」
「はい。私はマーギンの事を好きになりました」
「なにっ?」
「皆まで言われなくてもわかっております。自分の立場は理解しておりますので。しかし、マーギンは私の事を認めてくれました。そして次に進む道も照らしてくれました。だからあの剣は自信を持って使います。大隊長に聞かれても約束であるので言えませんと答えます」
「わかった」
ローズが真っ直ぐな目で兄を見つめながら言い切った事で兄はそう答えざるを選なかった。
そして12月30日。
「わぁ、マーギンさん、貴族みたいです」
「やめろ。貴族向けの服ってこれぐらいしか持ってないんだ」
マーギンが着たのは魔王討伐に向かうための壮行会で用意された服だ。
表は黒で裏地が濃い赤のマントに銀の刺繍、中の服も黒ベースの服に銀のボタンとか付いている服。デザインは宮廷魔道士の物だ。
マーベリックは白の勇者服、ソフィアは純白に金刺繍の入った聖女服。この二人が一番派手で目立つ服で、マーギンは引き立て用の服だったのだ。それでも豪奢な服であったのには間違いない。
今日は髪の毛もオールバックにしているので別人のようだ。
アイリスに冷やかされているうちにバアム家の馬車が到着した。
「マーギン、待たせたな」
中から出てきたのはローズだ。いつもより貴族っぽい服を着ている。
「いや、時間より早いくらいだよ」
「マーギン、その服…」
マーギンの姿を見て固まるローズ。
「あ、やっぱりデザインとか古い?それに似合ってないんだよなぁこの服」
「そ、そんなことはないぞ。とても良く似合っている」
「そ、そう?」
マーギンは照れながら頭をポリポリと掻いた。
「メイドを連れて来たがどうする?」
「あ、ありがとう。助かるよ」
「初めましてマーギン様。バアム家のメイドをしておりますアデルと申します」
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。どのような服かは紙に描いてきましたので、とりあえずこいつのサイズを測って貰えますか?」
と、アイリスのサイズを測ってもらった。
「じゃ、どんな服かは馬車の中で説明します」
「かしこまりました」
アイリスはお留守番で、マーギン、ローズ、メイドの3人で馬車に乗り、貴族街に向った。
「こんな服なんだけどね」
「はい、これぐらいならば簡単に作れます」
「でさ、これをここにはめ込んでコショコショ」
マーギンは小声でメイドに話す。
「生地はどうしましょう?」
「これ使って。多分余ると思うから残りは好きに使ってくれていいよ」
メイドはマーギンに渡された生地を見て驚く。
「これは…」
「気にしないで。昔から持ってた奴だから。魔カイコの糸と混ぜて織ってあるから丈夫だよ」
「は、はい。かしこまりました。でもこれだけあると大半が残ることに」
「それだけ残ってたらアデルさんの服とか作れるでしょ?他家のメイドさんにお金払うのもどうかなと思ったからお駄賃だと思って受け取って」
「あっ、ありがとうございますっ」
「アデル、それは貴重な生地なのか?」
「はい、それはとても…」
「アイリスは幸せだな。そんな貴重な生地をポンと使って服を作ってもらえるとは。アデルもマーギンが気前が良くて良かったな」
「は、はい。お嬢様」
ローズはこの生地の価値をわかっていなかった。メイドのアデルは專門ではないが服飾を任されるぐらいの準プロだ。ひと目でこの生地の価値を理解した。その上、魔カイコの糸が混毛されていると聞かされ、いくらお金を積めばこの生地を手に入れる事が出来るのかと思った。
その生地をたかがメイドのお駄賃に服一着分くれるとは…
アデルはマーギンの服も王族が着る様な生地で作られているのに気付く。この人は一体何者なのだろうか?と気にはなったが、メイドの身分で余計な事に首を突っ込むと死を招くので冷静を装ったのであった。
馬車は図書館に到着。メイドのアデルはマーギンから服にセットする魔道具を受取り、そのまま馬車で屋敷に戻った。
「では案内しよう」
ローズの言った通り、貴族門でも図書館でも何も聞かれないし調べられない。チラチラと見られはするが誰も声を掛けては来ない。
ローズが地図の閲覧許可をとってくれたので鎖に繋がれた大判の地図を広げて見た。
「これで良いか?」
「うん、大丈夫… ここがシュベンタイン王国で合ってる?」
「そうだ」
地図に載っているこの大陸の形は…
「ここに何かあるか知ってる?」
「いや、そこには何もないはずだ」
「わかった。ありがとう」
マーギンはそう言って地図をパタンと閉めた。
「もういいのか?」
「大陸の形を確認したかっただけだからもういいよ。後はこの国の成り立ちとかの歴史書とかある?」
「この国の歴史なら俺が説明してやろうか?本を読むより早いと思うぜ」
いきなり声を賭けてきた男性。この気配はこの前俺達を監視していたやつだな。
「ち、ちい兄様」
やはりローズの兄だったか。敵意は感じないがなんの用だろうか?
「これは初めましてローズ様のお兄様。私は魔法書店店主をしておりますマーギンと申します。お見知りおきを」
「俺はオルターネン・バアム。ローズの兄だ。歴史の事が知りたいなら教えてやろう」
「ありがとう存じます」
図書館内では話をするのは難しいので外に出た。近くの店で軽い食事をしながら話そうと言われた。
「で、どこから聞きたい?」
「建国の所です。バアム家は建国の際に随分と貢献なさったそうで」
「それはローズに聞いたのか?」
「はい。成り行きで。ただ詳しくは伺っておりません」
「別に秘密にしている話ではないので聞かれて困る話ではないから畏まる必要はない」
「わかりました」
「この国の歴史というより大陸全体の歴史になるが、各地に点在していた小さな集落が少しずつ併合されて国として発展してきたというのが歴史家の見解だ」
「それは武力による併合ですかね?」
「多分な。争って争って勝ち残ったのがこの大陸にある4大国と言われる国だ。他国も似たようなもんだろうけど、国として歴史が残り始めるのが約500年前だ。それ以前の歴史は今言ったような、各地で争いの絶えなかったらしいから記録はほぼ残っていないのだ」
戦国時代のようなものか。
「シュベンタイン王国以外の大国の発展具合は同じぐらいですか?」
建国から500年あればもっと魔道具とか発展していてもおかしくない。他の国がこの国より早く発展しているかもしれないのだ。
「そんなに変わらんはずだ。他国が先に発展すれば戦争を仕掛けてくるだろうからな」
「戦争ですか?」
「そう。この国は良質な魔石がたくさん取れる。他国はそれが羨ましくてしょうがないのだろう」
「なるほど」
マーギンは今の魔石の話を聞いて確信する。この国がある場所は元魔国だ。魔木の森があったからそれが良質な魔石になったのだろう。ではやはりあの時に魔王は死に、魔国もそれと共に滅びたということか…
「他の大陸と交流はありますか?」
「いや、ライオネルから他の大陸がないか船を何度か出した事があるようだが、見つかっていない。というより船が戻って来たことがないのだ」
俺が召喚されたアリストリア王国は他大陸から渡って来た人が祖先だと聞いたんだが、ここはこの時代では辿り着けないような場所なのか、それか他大陸の国に船を沈められたかのどちらかだな。
「で、お前はなぜ大陸の形を確認したかったか聞いてもいいか?」
「私は異国人です。私の生まれた国から辿り着ける大陸なのか確認をしたかっただけなのですよ」
「お前は他の大陸から来たのか?」
「大陸ではなく島国です。四方を海に囲まれた国です」
「どうやってここまで来たのだ?」
「それがよくわからないのです。気が付いたら王都近くの森で目覚めたんですよ」
「なに?」
「なので記憶も曖昧なのです。持っていたお金も使えず、入国出来なかった所を娼館の女性に助けて頂いて、住むところや魔法書店の開設等を手配して頂き今に至ります」
「お前はその国で貴族だったのか?」
「いえ、平民です。ただ、魔力が高く魔法が使えたので魔剣使いの補助役をさせられて居たのです」
「その服は…」
「お察しの通り、国に支給されたものです。庶民には過ぎた服ですね」
「いや、良く似合っている。まるで宮廷魔道士のようだ」
「私は宮廷魔道士ではありませんよ。単なる補助役です。その補助役が出過ぎた真似をしたから遠く離れた地に飛ばされたのかもしれませんね」
「飛ばされた?」
「仲間に宮廷魔道士もいましてね、その魔道士が転移魔法を使えたのです。恐らくその者が飛ばしたのでしょう」
「仲間が… 酷い…」
ローズはこれまでの話を黙って聞いていたが、仲間に裏切られたのだと理解してそう呟いたのだった。
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