ピンと来ない
「解っているとは思うが魔結晶の事は秘密にしとけ」
「売ると結構いい値段になるみたいだね。娼館のババァにいくつか買い取ってもらったけど、ババァも他では売るなって言ってたわ」
「当たりめぇだ。どこで手に入れたか余計な詮索されるに決まってるからな」
「昔はこれぐらいの魔結晶は珍しくなかったんだけどね。魔道具がもっと発達していたから魔結晶は必需品だったんだよ」
魔道具を動かす魔力の元は魔結晶と魔石がある。魔結晶は魔物の核、魔石は木が朽ちた後に長い年月を掛けて魔石になるらしい。樹木の溜め込んでいる魔力は少ないのでそれから出来る魔石も魔力が少ない。この国は魔石の鉱山というか魔石が溜まっている場所があるので魔石は比較的容易に手に入るようだ。
「あとバフだっけか?それは他人にも掛けられるのか?」
「掛けられるよ。ただ、掛ける側と掛けられる側の連携や慣れがないと難しいんだよ。掛ける側の魔力の込め方と魔力量も必要だし、実戦で使うのは何度も連携の練習が必要なんだよ」
「そうなのか?試しに俺に掛けてみてくれよ」
「いいよ」
マーギンは大将にバフを掛けた。
ー勇者パーティー時代ー
勇者マーベリック達と初めての合同練習をしているマーギン。
「マーギン、魔法使いは前衛の補助役だと言ったじゃろ。前に出過ぎるな」
ミスティに怒られるマーギン。
「えーっ」
15歳になったマーギンは自分が目立ちたい盛り。魔物を見付けるとマーベリック達より先に突っ込んでいき魔法をぶっ放していた。
「魔法でやっつけた方が早いじゃん」
「馬鹿者っ 強い魔物や魔人には魔法が効かんこともあるんじゃ。確実に倒すには斥候のベローチェが相手を撹乱し、こちらが優位な態勢を取ってマーベリックとガインが倒すというのが連携というものだと何度言ったらわかるのじゃ」
「じゃ、俺達は何をするんだよ?見てるだけでいいのか?」
マーギンは不貞腐れたようにミスティに返事をする。
「私は敵の動きを封じるか弱体化させる。お前はマーベリック達の身体能力を上げよ。これでかなり優位になる」
「チェッ、俺はバフ掛けるだけかよ」
「いちいち口答えするなと言っているじゃろうがっ」
ミスティに何度も怒られてどんどんとふてくされるマーギン。
「もう打ち合わせは済んだのか?」
そんなマーギンとミスティにマーベリックは相変わらず無表情で話し掛けて来た。
「マーベリック、俺は武器持ちの3人にバフ掛けろだってさ」
「うむ、ではそれを試そう」
いきなり魔物との戦闘でやるなとミスティに言われて、大木を敵に見立てて連携の練習をする。
「では行くぞ」
マーベリックが剣を構えて大木に向かってダッシュしようとした時にマーギンはバフを掛けた。
ビュンっ ビタンっ
「あっ…」
マーベリックは予期せぬ自分のダッシュ力をコントロール出来ず大木にぶち当たったのであった。
「だ、大丈夫?」
マーギンはなんか自分が悪かったような気がしてマーベリックを気遣う。
「マーギン、あなたは何をしているのかしらっ」
聖女ソフィアが鼻血を出したマーベリックに治癒魔法を掛けながらマーギンを怒鳴り付けた。
その後、バフを掛ける練習をするが、いきなり身体能力が上がる事で身体のコントロールが効かないマーベリック達はボロボロになっていくのであった。
ーリッカの食堂店内ー
「じゃ大将、今から掛けるけど初めはそーっと動いてね」
マーギンは10%程身体能力が上がる程度にバフを掛ける。
掛けたよ、とマーギンが言うと大将は腕をぶんぶんと回した。
「おっ、身体が軽い感じになるな。疲れもなくて絶好調の時みたいな感覚だぞ。しかし、これぐらいならすぐに慣れるだろ?」
「もっと強く掛けるとそうじゃないんだよ」
「どれぐらいまで強く掛けれんだ?」
「今なら10倍とかでも掛けられるけど、その分掛けられた方はエネルギー消費も多くなるからすぐに体力切れになる。実際には2倍って所だね」
「じゃあ2倍にしてみてくれ」
「いいけど、本当に動く時はゆっくり動いてね」
マーギンは忠告してからバフを強めていく。
「うぉぉっ、身体に力がみなぎるって感じがするぜっ。フンッ」
「あっ…」
ゆっくり動けと言ったのに、大将はダッシュパンチを繰り出しやがった。
ヒュバッ ブンっ
ドンガラガッシャーン
大将は店の中で思わぬダッシュ力でテーブルをなぎ倒し、パンチが空振りした勢いでテーブルや椅子を巻き込んでヒックリ返ったのであった。
「だからゆっくり動けって言ったんだよっ」
「おー、いちち。なるほど、こうなる訳か。それにバフが掛かってると痛さも減るみてぇだな」
大将は自分の身体に羽が生えたかのように軽く動いた事に喜んでいるようだ。
「あーあー、せっかく片付けたのにまたグチャグチャになったじゃないか。それにこのテーブルもう脚が折れたから使えないじゃん」
「あーーっ、やべぇじゃねーかよっ」
自分が壊したテーブルを見て青ざめる大将。
「あんたらまたやらかしたのかいっ」
大きな音を聞きつけた女将さんが突入してきて、有無を言わさず大将をグーでいった。
「ま、マーギン、バフを掛けてくれ…」
「お黙りっ」
マーギンは大将にバフを掛けることなく殴られ続ける様を見届けたのであった。
「あんたら、そんな事をしてたのかい?」
事情を聞いた女将さんは手酌で酒を注いで煽った。
「ミリー、マーギンがいりゃ現役復活しても相当やれんぞ」
ゴスっ
「娘の為に引退して店をやることを決めたのはあんただろっ」
「じょ、冗談じゃねーかよ」
女将さんは毎回結構本気で殴るが大将の耐久性は高いようだ。
「で、マーギン。話は変わるけどさ」
女将さんはマーギンの方を向いて真面目な顔をした。
「なに?」
「あんた、リッカの事をどう思ってるんだい?」
「リッカのこと?可愛いとは思うけど妹とか親戚の子供みたいな感じだよ」
「だろうね。女としちゃ見ていないんだね?」
「当たり前じゃん。出会った時は10歳か11歳だっけ?最近少し大人っぽくなってきたなとは思うけど、その時の感じのままだよ」
「わかった。ならとっとと他に恋人でも作っちまいな」
「なんでだよ?」
「鈍いねあんた。リッカはあんたにホの字なんだよ」
「は?」
リッカが自分に気があると言われてもピンと来ないマーギン。
「み、ミリー、やっぱりそれは本当かっ」
慌てる大将。
「ダッドは黙ってな。余計にややこしくなるわ」
また怒鳴られてしゅんとなる大将。
「あの娘は来年成人さね。あたしらから見てもまだまだ子供だけど、来年には結婚出来る歳になるんだよ。マーギンに惚れてるって言っても今の所はハシカみたいなもんだ。身近にいる男性に好意をよせるのはあの年頃だとよくあることなんだよ」
「ふーん」
「だがね、これをこのままにしていくとハシカじゃなくなる。あんたにその気があるならリッカをくれてやってもいいけど、その気がないならハシカで終わらせてやってくれないかい」
「お、おい、リッカをくれてやるってお前…」
ゴスっ
口を挟んだ大将はまたグーでいかれる。
「俺に恋人を作れって言ったのはその事かよ」
「そう。あの娘はまだ自分の気持ちがなんなのかよくわかっちゃいない。なんとなく自分がマーギンにとって一番身近な女だと思いこんでる段階なんだよ」
「なるほどね。でもさ、俺は勇者パーティーだとチヤホヤされた事はあるけど、個人的にはモテた事がねーぞ」
「あんたは結婚して子供が居てもおかしくない歳頃だろ?そういう歳頃の男はなぜだか妙にモテる時期があんだよ。それにあんたの顔はアレだが背も高いし優しい。その優しさに触れた女が惚れてもおかしくないだろ」
顔がアレってなんだよ?
「恋人ったってなぁ… そんなあても気もないからどうにもならないよ」
「あんたを探してた美人とかはどうなんだい?」
「あの人はお客さん。それに貴族だからまるきり可能性はない」
「そうか、あの女性はご貴族様だったのかい。どおりで品のある感じがしたと思ったんだ。どこかのお嬢様だろうなとは思ってたけど、まさかご貴族様がマーギンなんかの店に行くとはねぇ…」
なんか呼ばわりすんなと言い掛けたが、事実だから反論出来ない。
「ロッカ達の中で気になった子はいないのかい?バネッサとか仲良さげだったじゃないか」
「あの馴れ馴れしいやつか?俺はゴメンだね」
「なら、どういう娘がいいんだい?」
好みのタイプを聞かれてはたと考える。元々はスラリとした美人タイプが好みだった。見てくれだけで言うと、勇者パーティーメンバーの聖女ソフィアみたいな感じの女性。しかし…
マーギンはソフィアの性格や態度を思い出し、あいつは無いなと思った。
…………
マーギンは少し考えた後、
「よくわかんないな。タバサとかは好みだったけれども…」
「あんな美人で色っぽい女がそうそういるもんかっ。マーギンのくせに高望みし過ぎなんだよっ」
またマーギンのくせにと怒られた。そもそもマーギンのくせにって失礼な言い草だ。
「高望みかどうかは知らないけど、ボン・キュッ・ボンが良いのは確かだね」
「はっ、これだから男ってのは」
「リッカはそうじゃないだろ?だから子供にしか思えないんだよなぁ」
「今はそうさね。でも今年か来年辺りから出る所は出て来る年頃さね。そん時にやっぱり…と言ってもくれてやらないからね」
「本当にボン・キュッ・ボンになるのか?」
「マーギン」
「なんだよ大将?」
「ミリーも昔はリッカみたいに細かったんだぜ。そん時きゃなんとも思っちゃいなかったが、急にこう… 胸とか大きくなってきやがってよ」
大将、そのイヤらしい手付きは止めろ。女将さんが汚物を見るような目で見てんぞ。
「で、女として意識したってことか?」
「そうだ。現役時代にはスタイル抜群の美人ハンターとして有名だったんだぜ。まぁ、今じゃ酒樽みたいだけどよ」
バキッ ドスッ グキッ
最後の一言で大将は死ぬほど殴られたのであった。
このままここにいると巻き添えをくらいそうなので退散することに。
「夫婦ゲンカは犬も食わないって言うらしいから帰るわ」
「明日、食器洗いに来なっ」
女将さんは大将に馬乗りで殴りながらマーギンにそう言ったのであった。
ーマーギンが帰った後ー
「ダッド、マーギンが言ってる数千年前の勇者パーティメンバーで、石化されてたってのはやっぱり本当なのかねぇ?」
「本当なんだと思うぞ。あいつの持ってる物や魔法なんかはありえんからな」
「それにいつもひょうひょうとしちゃいるがマーギンは相当強いだろ?」
「あいつが本気を出したら俺なんざ何されたか気付かんうちに殺されるだろうな」
「はぁ〜、やっぱり本当の話なんだね。初めは特別な事情を隠すのに大ボラを吹いてると思ってたけどさ、今日の出来事でホラじゃないと確信したよ」
「俺は前から本当の話だと思ってたがな… しかし、リッカの奴がマーギンに惚れてるなんざ全く気付かなかったぜ」
「何言ってんだい。めちゃくちゃ解りやすく態度に出てるじゃないか。リッカは本能的にマーギンが強いと感じてたんだろうよ。女ってのは強い男に惹かれるもんさね。特にあたしらの子供なんだから」
「そういうもんかもしれんな。しかし、リッカはまだ嫁にはやらんぞ」
「マーギンにその気がないから当分大丈夫だよ」
「しかしマーギンの野郎、リッカをなんとも思ってないと言いがったのは気に食わねぇな」
大事な娘を取られたくはないが、何とも思ってないと言われるのも気に食わないという複雑な大将の気持ちなのであった。
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