第一章 第四節

 ヘロデ一族によるユダヤに対する支配の歴史は、大きく三つに分ける事が出来た。まず第一の時期はヘロデ大王の治世下にあった時代だった。第二の時期はヘロデ大王の息子達の間で大王の旧領が分割して統治された時代だった。そして最後の時期は再び、統一した王領が成立し、ヘロデ大王の孫であったヘロデ・アグリッパと彼の息子の二代に亘って統治が行われた時代であった。こうした一連の歴史を通じて、ヘロデ一族の統治は幾多の否定的な批評を受けて来たが、レバントの狭量な土地に於いて、ある種の存在感を十二分に示した。

 少なくとも、ヘロデ大王と彼の一族は、当時、地中海世界に於いて最も統治の困難であったパレスチナに主権国家を保持し続けたのだ。何しろ、外側からは地中海世界において圧倒的な勢力を誇った古代ローマの圧力を絶えず受け続けていた。そして、ヘロデ一族が統治を任された土地に住むユダヤ人達は、旧来のオリエント式の君主達に取って、最も統治しにくい相手だった。

 そもそもの話、ヘロデ一族が古代ローマからユダヤの支配権を任され、「名目上の独立」が認められていた理由も、ユダヤ人統治の困難さにこそあった。つまり、古代ローマの指導者としては、ヘロデ一族にユダヤ人に対する統治を任せる事で、古代ローマ自身が直接的にユダヤ人からの怨恨を買わないで済む事が出来ると考えていた。そうして、ヘロデ一族による統治を経てユダヤ人からの不満を十分に「ガス抜き」した上で、最終的にはローマによる「直接統治」を実現しようとしていたのだった。

 その一方で、ヘロデ王家の人々は自分達の統治が破綻すれば、古代ローマ中央部が容赦なく自分達を排除するであろう事を十分に承知してもいた。だから、彼等はユダヤ人の信仰に対する配慮も忘れなかったし、その一方でローマ中枢部への配慮も忘れなかった。結局、この様なヘロデ王家の者達流の「処世術」は結果として「卑屈で狡猾な一族」としての悪評を際立たさせる結果に繋がったのだ。

 しかし、その一方で歴史的な事実だけを見た時、ヘロデ王家が血まみれな惨劇を見る事もなかったと言う事実は、ヘロデ王家の人々の「稀有な政治センスの卓越さ」を十分に証明する物であった。実際の所、この一族は百二十年以上に亘って最も統治が困難であった民族の統治者として君臨し、最後も刃に倒される事なく、平和裏に古代ローマへの権力委譲を成し遂げた。そんな彼等の内政的な、外交的な政治手腕はより高く評価されても良い筈の物であった。

 先述の様にヘロデ大王はクリスマスの物語の中でも最も血生臭い話題であった嬰児殺しで知られる事になった。又、東方三博士との会見に際しても、大王自身の競争相手の情報を得ようと諫言を弄する等、狡猾で猜疑心に満ちた人物として描写されていた。実際、ヘロデ大王の人間性自身は人々の礼賛を浴びるに相応しい人物であったかと言うと、その点については、大いに疑問を持たれるべき人物だった。

 そうは言っても、ヘロデ大王の才覚がヘレニズム時代の最後を飾る「強大な君主」として評価するに足りる物だった事は事実だった。ヘロデ大王の事績を先入観なく評価した時、彼は外交的にも、内政的にも優れた人物である事は明白だった。

 ヘロデ大王は「最後の古き良きローマ人」ガイウス・ユリウス・カエサルの協力者であったアンティパトロスの次男として生まれた。ガイウス・ユリウス・カエサルの生前、ヘロデ大王の父アンティパトロスはユダヤの行政官に任命されていた。ガイウス・ユリウス・カエサルが暗殺された後、アンティパトロスは元老院派としての立場を鮮明にした。この事は彼の一族がこの段階では「内戦の一世紀」の真の勝利者を見出す事が出来ていなかった事を示していた。

 だが、実際の所、ガイウス・ユリウス・カエサルが「恩知らず達」が振り下ろした刃に刺し貫かれた直後、カエサル派の破滅は「決定事項」の様に思われていた。元老院議員達は一致してガイウス・ユリウス・カエサルの「残滓」を議場から締め出した事に満足しきっていた。しかし、ローマの元老院議員達はガイウス・カエサル・ユリウスの「カリスマ性」を過小評価していた。即ち、ガイウス・ユリウス・カエサル自身を排除して了えば、ローマ市民達は再び自分達の足元になす術なく額付くだろうと思っていたのだった。

 ガイウス・ユリウス・カエサルを「不世出の英雄」に押し上げた最大の要素は、その軍事的才能でも、政治家としての手腕でもなかった。ましてや、その著しく後退した前髪や、些か目立ちすぎのおでこでもなかった。ガイウス・ユリウス・カエサルに「ヨーロッパ世界で最も著名な英雄」としての地位を与えた最大の原動力は彼自身の「人格その物」に他ならなかった。彼の寛大で、質素で、気前が良く、我慢強く、快活で、知己に富んだ性格は他者が望んで容易く得られる物でもなかった。そして、こう言った様々な美徳を兼ね備えていた為にガイウス・ユリウス・カエサル以後に彼に匹敵する人物は現れなかったし、彼は「最後の古き良きローマ人」となったのだ。そして、こんな英雄の死は「真の古き良きローマの精神」がこの瞬間に死んだ事をも意味していた。

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