愛するあなたにハナタバを

七瀬モカᕱ⑅ᕱ

l need you

 仕事帰りに切り花を一輪だけ買う。それをワンルームアパートでひとり、生ける。昨日も、そして明日もきっと私は繰り返す。凍るように冷たい水に手をひたして生けながら、あたしは花に向かって『ずるいね』とつぶやいた。美しさだけで、存在意義や価値なんかが誰から見ても分かるのだから。

 咲いている時だけじゃなく、散り際までもが美しい。そんな花たちが心底羨ましい。


「あ、ごめんね」


 あたしは花たちに謝る。美しいものを汚してしまったような感覚に対する罪悪感も、あたしはよく知っている。私は手を吹き、その手でスマホを取る。メッセージアプリで入力したメッセージは未だに既読にならない。


「なんで既読付かないの.....」



 かれと別れた日だった。夜も深け、沈黙は続き、別れは自明だった。スマホのマイクにかれのため息がかかって、ぽふっと音がする。かれが次の言葉を出すのを遮ってあたしは言う。


「無条件で愛されたいって、そんなにだめなの?...あたし、あたまオカシイの?....あたし、もう愛されるの.....ダメになっちゃったの??」


 そこで電話は切られてしまった。あたしは携帯を置いてアパートを出る。コンビニで安酒を買い、少しずつ飲みながら歩く。少し先の方に花屋の小さな灯りが見える。こんなところに花屋さんなんてあったのか。

 あたしは飲みかけのお酒のパックを駐車場に置き、一度深呼吸をする。平静を装って店に入る。店内には、色とりどりの花が並べられている。


「これ、ひとつください」


 あたしはピンク色の可愛らしい花を一輪買い、ワンルームアパートに戻った。


 花なんて買って。茎を長く落としてコップに生ける。多少しおれていたけれど、きれいだった。見栄えがいいこと以外なんにもないのに、愛されてるよね、花って。


「あたしも.....」


 あたしも花になりたかった。満開になってその日一日でしおれてしまうような、そんな花でもいいから。少なくとも今よりは愛されたかった。一瞬でも誰かの目を奪うような不思議な力が、あたしも欲しかった。そうすれば好きな人のことも、縛り付けられるのに。


「愛されたいなぁ.....」


 本心からの言葉、でもそれを聞いてくれる相手はもうどこにもいない。それを与えてもらえる関係は、つい数時間前に切れてしまった。あたしにはまだそれが必要なのに。


 ✱✱✱


 次の日、仕事帰りに同じ店にって紫色の花を買った。昨日のピンク色の可愛らしい花はスイートピーだった。それに合うかどうかはわからなかった。だけど紫色の花が私の目を奪って離さなかった。


「つめた...っ」


 アパートに戻ったあたしは、昨日と同じように昨日と同じように生ける。あたしは仕事柄帰るのが遅い。ピンク色のも紫も、閉店際の花だった。つまり、営業が終われば袋に入れられて....朝には処分される。そんな花でも、私の目を奪って、美しさで縛りつけている。


「きれいだよ」


 あたしは花たちにそう呟く。相変わらずあたしからかれへのメッセージは、既読にならない。一言だけ、たった一言だけでも....甘い言葉が欲しかった。好きな人に一番言われたかった愛の言葉。あたしが必要とするあなたの言葉を。運命の糸が切れてしまった今も、あたしはずっと...ずっとずっと待っている。


「I love you. I need you.」

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愛するあなたにハナタバを 七瀬モカᕱ⑅ᕱ @CloveR072

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