かつて東大A判定だった学歴コンプレックスの俺、滑り止めの大学で留年 〜ヒロインも全員進級できてないが今更後悔してももう遅い〜
いえな
第一留
まず、初めに言っておく。僕はお前らとは違う。
何が違うのかと言うと、頭の出来だ。
物心ついた頃から学問だけに励んできた。田舎の公立高校では敵など一人もいなかった、同級生の会話が馬鹿らしくて仕方がなかった。
卒業後はアメリカの博士課程に進学する予定だ。それからはアカデミアに残って教授になるか、それともシリコンバレーでGAFAのエンジニアになるか。
どちらも悪くない。
そもそも僕は東大に行くはずだったんだ。模試だってずっとA判定だった。それが前期試験の当日に高熱を発症、パフォーマンスを出せず、致し方なく後期試験で月羽大学に進学した。
こんな凡庸な大学の中なのだから、優秀な成績を収めることはじつに簡単だった。ペーパーテストで解けない問題はなく、レポートの質だって誰よりも高い。ディスカッションはいつだって僕が主導する。
だから、そんな僕が留年するなんていうのは、ありえない話なんだ。
わざわざ言うまでもないことかもしれないが、留年したのは僕の頭が悪いからではない。むしろ逆だ。教員の頭が悪すぎるせいで、僕は留年した。
理系の学部では決して珍しくない話なのかもしれないけれど、僕の学科では落とすと即留年の実験講義がある。
そのレポート提出の際、僕は教授の数式に誤りを発見し、それを指摘。しかし教員はそんな僕の態度が気に入らなかったらしい。
僕が何度も数式の意味を説明しても、その教授は「間違えているのはお前の方だ」の一点張り。議論は平行線、そのまま単位が認定されず、留年。
なんて馬鹿らしい話なのだろう?
大方、自分より賢い学生に嫉妬して、間違いを認めたくなくて、それであんな大法螺を吹いて僕を陥れた、といったところだろう。
……だからこんな頭の悪い大学なんて来たくなかったんだ!
劣った人間であるだけならまだ良かった。
けれどそれだけでは飽き足らず、ここには僕の足を引っ張る人間しかいない。
「……そうだろう、夏実?」
「……だーかーらーねー、マナブくんが大人しく食い下がって数式書き直せば、それだけで済む話だったんですよ、それを相手の神経を逆撫でするような反論ばっかしてるから」
言うと同時に、大きなため息。
高校二年の頃からずっと同じクラスであり、唯一同じ月羽大学に進学した木場夏実である。
田舎の公立高校にしては話がわかるやつだと思っていた。
けれど、大学に入るや否や安易に頭を茶髪に染め、眼鏡からコンタクトに変え、初心者向けのバドミントンサークルで日々を浪費するだけのつまらない人間に成り下がってしまった。
今日もサークル帰りらしく、スポーツウェアにポニーテールという運動少女のいでたちをして座っている。
結局こいつも、他の何百もの凡庸な大学生と何も変わらなかったということだ。
本当にろくな人間がいない。
「誤りを誤りのままにしておくことは学問を志す者として間違っているはずだろう」
「そんな高尚な理由じゃないでしょ、単にマナブくんはムキになってしまっただけだよ」
「違うっ、僕はあくまで理性的な指摘を!」
「大学の教授なんてだいたいあんなのだよ。研究しかできない人格破綻者ばっか。いちいち取り合ってたらキリないよ」
「それを良しとするからこの国の研究力は下がっているんじゃないのか!」
「はあ」
「アメリカやイギリスだけでなく、同じアジアの大学にも先を越されてっ!」
「あー、窓の外の桜きれいだなー、ケーキも美味しかったしなー、あとは一緒にいるのがこいつじゃなきゃ完璧だったのになー」
窓の外を見つめてそう呟く。
明らかに上の空な態度をする夏実。
それを見て、僕も肩の力が抜けてしまった。
あと二十分は語り続けようとしていたが、馬鹿らしいので一度口を噤む。
そうだった、こんなやつにこの国の研究力の話をしても仕方がない。
馬の耳に念仏というやつだ。僕は気を取り直し、再び口を開く。
「……で、なんで僕を呼び出したんだ?」
「ああ、そうだった」
夏実はリュックサックのジッパーを開く。
中に手を入れ、覗き込みながらガサゴソと中身を探っている。
やがて四つ折りにされた紙を一つ取り出し、僕に手渡す。
「留年生向けの団体があるの。色々有益な情報も聞けるらしいから、マナブくんも入りなよ」
「……は?」
留年生向けの団体?
留学生向けの団体じゃなくて?
どゆこと?
手渡された四つ折りの紙を開く。
『留年部』という大きな見出し。
その下に『みんなでたのしく進級しましょう!』の文字。
小学生が書いたような、三、四人が手を繋いでいるイラスト。
何かのジョークとしか思えない。
「……入るわけがないだろうっ! 僕を馬鹿にしているのかっ!」
「声でかっ、ここカフェの中なんだけど」
「ただでさえ大して頭の良くない月羽大学だというのに、その中で留年した人間の集まりだと? 底辺の温床に決まっているじゃないか、僕の神経を逆撫でしようとしているのか!?」
「いま貶しているそのグループに自分自身も入っている自覚がないのかなあ……というか、別に月羽は世間的に評価されてる大学だと思うし、あたし受験頑張ったし、そんなん言われると腹立つんだけど」
夏実は再び大きなため息をついた。
「あのね、マナブくん。君は意固地で、協調性がなくて、こんなにガリ勉みたいな見た目と性格してるくせして抜けてるところもたくさんある欠陥人間だよ」
「……僕に抜けているところなんてない」
「はいはい黙れ黙れ……だから、このままなんでも一人でやろうとすると、絶対にまた失敗する。去年だって、あたしが見るまで履修間違えてたじゃん」
「それは……確かに、そうかもしれないが……」
「残念ながらあたしは普通に二年生になったんで、もう君と同じ時間割じゃないのです。だから他の人を頼らなきゃ」
「……随分と僕のことを気にかけてくれるんだな」
考えてみれば不思議だ。大学に入ってから一年が経過した今も、こうやって僕にお節介をしてくる……とは言っても、理由はほとんど限られてくるな。
「やはり夏実、僕のことが……好きなのか?」
「なわけないでしょ気持ち悪っ!」
夏実は両手を組み、身震いした。失礼な態度極まりない。
「あんたの人生のヒロインになるなんてまっぴらごめんよ……あのね、あたしはマナブくんのおかーさんに頼まれてるの。マナブくんがほんの少しでも真っ当な人間になるように、サポートしてくれって言われたの。だから今日もね……」
そこまで言いかけたところで、夏実は視線を僕の上に写した。
「なっちゃん、お待たせ」
声がする。僕も振り向く。
そこにはやけに美人な見慣れぬ女性が立っていた。
彼女は
僕がこれから青春を送る、『留年部』の部長だ。
……当然、留年している。
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