終章
扉を開け、進み出る。
異界のモノと混ざり合うのことのない、安全な扉。長くここで過ごしているうちに、僕はいくつかのそれを見出していた。
大場スミがくぐっていった扉――僕らがもといた世界へ通じる扉――とは相反して、ここは暗い。
地面は柔らかく、僕の靴を包み込む。
洞窟と同じような岩肌が、暗闇の中でうっすらと浮かび上がる。蛍のようなものが飛んでいるのか、ところどころで儚い光が瞬いていた。
僕は進み続ける。
この先に、君野梨歩が生き続けている世界が開けているのだろうか。それとも、落胆して引き返し、また別の扉をくぐることになるのだろうか。
いずれにせよ、僕はその繰り返しを止めないだろう。君野梨歩を――あるいは彼女の幻影を求めて、あらゆる世界を旅し、あらゆる可能性を探る。その先に待ち受けるのが何か、誰にも分からない。
島の人々は、僕が死んだと思うだろうか。それとも、逃げ出したと思うだろうか。大場スミがどのように説明するのかを知ることは不可能だし、知りたいとも思わない。ただ、桔梗院長や春日さん、夕子さんにフユ、神林運輸の社長や紫苑さん、世話になった人たちの顔が僕の脳裏を去来する。それがどういった感情なのか、今となっては分からない。僕は新しく、また何かを失ってしまったのかもしれなかった。
蛍のようなものが飛んでいく。
出口の光はまだ見えない。僕は闇の中を進む。
――君野梨歩。
彼女のことだけを考える。
胸の穴は僕の輪郭に重なり、僕の存在全てを覆ってしまった。その中にあって、彼女だけが確かなのだ。
洞窟で一度命を落としてから――そして今のような存在となり果ててから、彼女が唯一、僕の中身になってくれた。もう一度彼女にまみえるためなら、僕は何でも差し出すだろう。
僕の物語は、君野梨歩から始まっている。彼女を守るために僕はあらゆる手を使い、ときには他者へ害をなした。大場スミと袂を分かち、殺人鬼と呼ばれるようになってもなお。
思えば、初めから僕には彼女しかいなかったのだ。
ファーザーを海中へ引きずり込んで消滅させたあのとき、僕の物語は終わったのだと思っていた。
もう彼女を危険に晒すものはいない。彼女は第一線を退き、ミズカラたちとは関係のないところで幸せな家庭を築き、その人生を謳歌する。そう信じて疑わなかった。だから僕は、神殿の中で深い深い眠りについたのだ。
しかし、僕はこうして新たな舞台に引きずり出されている。「葉島」の名を冠する舞台へと。
もう終わらせてほしい、という思いが無いとは言わない。物語の幕は閉じ、僕は長い眠りにつく。それもまた平穏だと言えるのかもしれない。しかし、あるいはこれは慈悲なのだ――僕が彼女を取り戻すための。君野梨歩が不在のまま物語を終えることをよしとせず、強引に設けられた舞台。
それが、誰によってもたらされたのか――無論、僕だ。
僕自身が、彼女を求めたのだ。限りなく一方的な形で。
それに、ここで終わらせることはもはや僕自身が許さないだろう。
いずれにせよ、僕はさまよい続けるのだ。それがどういった結末であれ。
そして僕は、何があってもそれを止めない。
蛍のようなものが舞う。
それは僕を誘うように、薄暗闇の中を散ってはまた戻り、そうしてあらぬ方向へと去っていく。加えて言えば、常に手の届かない位置にあるのだ。
僕は呼び戻された。だから、僕自身を生きる。
唐突に、暗闇を抜けた。
真っ白な光が、僕を包む。
Re:cALL 葉島航 @hajima
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