肆 兇言 その一

私の名前ですか?

それを聞いてどうするんですか?


まあいいです。

私はリョウコと言います。

中学三年生、十五歳です。


十五歳に見えませんか?

そうですよね。

それには事情があるんですけど、この後の私の話を聞いてもらったら、分かると思います。


今日ここに来て、話をしたら、お金を貰えるっていうから来たんですよ。

私今、ちょっと困ってるんで。


それじゃあ、始めますね。

私がこうなったのは、四日前の、ある出来事のせいなんです。


私、学校では全然目立たないっていうか、いてもいなくてもいいような存在だったんです。

いじめの対象にすら、ならないくらいでした。


成績もクラスの真ん中より少し下くらいで、クラブにも入っていませんでした。

仲がいいと言えるような、友達もいないんですよね。

子供の頃からそうでした。


だから、学校の行き帰りも、いつも一人だったんですよ。

その日も、一人で下校していたんですが、道端に十歳くらいの女の子が立っていたんです。


その子は私をじっと見ていました。

そして私が通り過ぎると、後ろからついて来たんです。


「あんた、凄く怒ってるよね。いつも凄く怒ってるよね」

ついてきながら、その子は私に向かって言うんです。


だから私ムッとして、何か言ってやろうと振り向いたら、その子いなかったんです。

変だなと思って、家に帰る方に向き直ったら、いつの間にかそこにいたんですよ。

私、びっくりしました。


その子は五メートルくらい向こうに立って、私をじっと見ながら、こう言ったんです。

「腹が立つなら、言葉にして言っちゃえば。凄く怒ってるんでしょ?」


「あんた誰よ?!変なこと言ってないで、あっち行ってよ!」

私が大きい声で言うと、その子は笑いながら向こうに走って行きました。


そして、道を曲がる時に立ち止まり、捨て台詞のようにまた言ったんです。

「言葉にしちゃいなさいよ」


私はカッとなって追いかけましたが、曲がり角の所まで行っても、もうその子は見当たりませんでした。

私は何なんだろうと首を傾げました。


でも、実際その子の言うことは、当たっていたんです。

我慢して表には出してなかったんですけど、私は色んな人、色んな事に、かなり腹を立てていました。


あの子は私の心の声だったんじゃないかと、今になって思うんです。

そして、その声を聞いたことが契機きっかけになったんだと。


その結果はすぐに現れました。

私が家の近くの、信号のない交差点に差し掛かった時、車が猛スピードで、私の目の前を走り抜けたんです。


もう少しで私は、撥ねられるところでした。

それは、いつもうちの近所を走り回っている、迷惑な車でした。


腹が立った私は、走り去って行く車に向かって、声に出して言っていました。

「事故して、死んじゃえ」


するとその車が、突然左に逸れて、電柱にぶつかったんです。

物凄い音がしたので、かなりの衝撃があったようでした。


まさかとは思ったんですが、私は怖くなって、逃げるように家に帰りました。

夕方のニュースでは、事故の報道をしていて、運転手が即死だったことを伝えていました。


――まさか、偶然だよね。

ニュースを見た私は、自分にそう言い聞かせました。


その次の日。

学校に行った私は、玄関に並んだ、背の高い靴箱に靴をしまおうとして、偶然向こう側から聞こえてくる会話を耳にしたんです。


「リョウコって、何であんな暗いんかな」

「結構うざいよね」


「みんな、うざいと思ってるし」

「うちらも、あいつと同類と思われてんじゃね?そろそろハブる?」


その声は、比較的仲の良かった、二人の同級生の声でした。

それまでだったら、聞こえなかった振りをして、やり過ごしていたと思います。


でもその時は、お腹の底から怒りが込み上げてきて、我慢できなかったのです。

「お前ら二人とも、死んじゃえ」


私が怒りを込めた声でそう呟いた途端、靴箱の向こう側で、ガタンという大きな音が聞こえました。

そして、騒然とする同窓生たちの声が聞こえてきたのです。


咄嗟に私は、向こう側で何が起こったのかを理解しました。

しかし、怖くて見に行くことが出来なかったのです。


その日学校は、一日中大騒ぎでした。

救急車が呼ばれて、授業は中止になって。


後からニュースで知ったのですが、やっぱり二人は死んだようです。

原因は不明と言っていました。


しかし、それよりも恐ろしいことが、私の身に起きました

風呂上がりに鏡を見たら、顔が変わっていたんです。


元々私は、<老け顔>と言われていたんですけど、明らかにそんなレベルじゃなかったんです。

二十歳くらい年を取った顔に見えました。


自分の身に何が起こったのか訳が分からず、私は部屋に駆け込みました。

そのままベッドに潜り込んで、考えたんです。


――私が死ねって言って、人が死んだから?

――私、そんなつもりで言ったんじゃないのに。


――どうして、こんなことになるのよ!?

――明日から、学校行けないじゃない!


結局私は、一晩中眠ることが出来ませんでした。

でも、それで終わりじゃなかったんです。

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