矢弾の軌道
HiT
第1話 慶一の巻 南方より弾を込めて(1)
どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声、何度はらってもたかってくる蚊、じっとりとまとわりつくような暑さ。
大日源帝国陸軍第3軍第5軍団所属第38師団第1連隊第1中隊隊長
線が細く整った顔にはその美しさに似つかわしくない冷たく鋭い歴戦の兵士でもこうまではならない冷酷を象ったような目がついていた。
北暦1957年8月29日から現1958年8月10日の約1年にわたって続いた
同年6月に行われた第二首都及び大軍港奪取作戦により諸島連合軍(以後連合軍)の主力部隊及び虎の子部隊が壊滅、その他にも以前から頻繁に行われていた海戦により敵艦隊の7割方が轟沈していた。
これにより連合軍は補給路の大元を失い、幸いにも健在である軍上層部による命令によりゲリラ作戦にあたっていたが、上層部はこのことを踏まえ兵士達を第一首都近辺に集め最終防衛線を張り、決戦へと持ち込まれた。
慶一もその決戦場へと向かう兵士の1人であった。
道と言えない道を歩き、暑さと蚊が媒介する病
と連合軍との戦いにようやくおさらばできると内心喜びながらもぐっと噛み殺していた。
「ようやく本土に戻れますね」
ふと慶一の心の声を代弁したかのように隣から声をかけられた。
同隊副隊長
彦太は所属している軍団の軍団長の嫡孫である。だが、コネで将校になったのではなく自ら身分を隠して受験し、幹部候補生としての過程を修了した。
この時代ではコネによる入学が少なくなく、陸、海軍学校はたびたび無能を排出することでも有名であった。
「私語を慎め。進軍中だぞ」
相変わらず冷たい声色ではあるが緊張感をもたせるようなものではなかった。
2、3時間ほど経ったあと休憩地として定められている元第四首都に到着した。
かつては諸島連合の中でも1、2を争う工場都市であったが、開戦時より行われた執拗すぎる空爆により数多くの工場が乱立して活気のあった頃の面影はなく、ただ一部の小さな工場とその他はみすぼらしいバラック小屋の群れや大量の瓦礫の山を残して鎮座していた。
「三式八中尉殿、師団長殿がお呼びです。」
伝令兵は報告を終えると慶一の返事も待たず一礼し、忙しそうに駆け足でその場から去っていった。
休憩地として定められている拠点には必ず司令室という上位将校の会合が行える大部屋があり゙、慶一が呼ばれたのはそこであった。
質素でありながら威厳を感じさせる諸島連合伝統の工芸が施されている大扉の前に立つと短く扉を叩いた。中から短く入れと呼ばれ扉を開ける。
「失礼致します。第1連隊第1中隊隊長三式八 慶一入室いたします。」
中に入ると大隊長以上の立場にいる第38師団所属の将校が一同に揃い、真ん中に置かれている長テーブルを囲むように師団内の有力者が座り、さらにそれを囲むように他の将校等が立っていた。
「三式八中尉か…」
そう誰かが呟くと同時に堰を切ったようにざわめきが起きる。
すると部屋の真ん中に座っていた男の一人が手を挙げ黙るよう指示するとそれに呼応して周りの将校達は口を紡ぎ、部屋は不気味なほどの静寂に包まれた。
真ん中に座っている男こそ第38師団団長
「これで全員揃ったな」
大山の隣に座っていた同師団副団長の
「これより、上村中将閣下より承った作戦を皆に伝える。もし、改善点がある場合は好きに述べて良いとの御達しだ。まず、第1連隊は明日の午前2時より我々とは別行動をとってもらう。我々は攻略目標まで直進するが、第1連隊には敵共が放棄した第二首都を通り゙、そこで第40、44師団に第5軍団隷下の独立部隊として合流して進軍してもらう。」
第1連隊隊長
「し、失礼を承知で申し上げます。小官ではなく第2連隊隊長
鹿草の進言に野沢の目の奥に室内のランプの反射とは違う光が一瞬、鈍く光ると野沢は口を開いた。
「鹿草中佐、貴官は上村中将閣下のご命令が不服と?本来ならば軍法会議にかけられるが、今は我々しかいない。大目に見てやろう。」
そう言うと野沢は室内を見渡した。それは何かの合図をしているかのようにも見えたし、次に発する言葉を選ぶために空気を吟味しているかのようにも見えた。
「ならば、せっかくの武功の機会を尻込みする貴官が最も適任だと思い、選ばれた小官がその命令を受けたいと思います。」
その提案に周囲がざわめきたつと小さいながらも賛同の声が聞こえ始めた。
「確かに野沢なら…」
飯岡もポツリとそう呟く。
それを皮切りに、より賛同の声が大きくなっていった。
「皆、静まれ。」
大山の一声でざわめきは静寂へと変わった。
「三式八、どう思う。」
室内に何故かいる唯一の中尉ということもあり視線が一瞬で慶一に向けられた。
「少将閣下、一介の中尉風情に意見を求めるなど――」
立ち上がった野沢の声を遮るように大山が口を開いた。
「私は今三式八に意見を求めている。貴官はいつから三式八になったのだ?それとも…何かいい案があるのか?自分の武功がどうのという以外に。」
大山の静かな叱責に野沢はうつむきながら何も言えず席に座った。
「三式八、改めて聞く。いい案はあるか?」
慶一は口元に手を当て何かに取り憑かれたかのように目を見開き血走らせ、ひたすら何かぶつぶつと呟き始めた。
「………。」
室内で聞こえていた慶一の声が止んだ。数秒程の沈黙が次第に鉛のように重くなり、時の流れを遅くさせた。
「野沢大佐殿の意見を通してもよろしいかと…。」
三式八のとった回答までの時間に合わない、無駄な時間を過ごさせやがって、といった具合の不満の気が漂う中大山は溜め息をつくと口を開いた。
「では、野沢の意見を汲もう。」
その後は師団の配置場所を大山が淡々と説明していくだけで伝達は終わった。
「とんだ寸劇を見せられました。」
慶一は溜め息をつくと目の前にいる大山に向かって愚痴った。
「まったくだ。貴官もそれにのったくせに愚痴を言うとはな。」
大山が笑いながら話すと慶一は懐から煙草を取り出し、火をつけた。
「貴官は葉巻は嗜まないのかね?」
大山は小箱から葉巻を取り出して手の平で遊ばせながら言う。
「帝国産の葉は質が悪く、質が良いものは国外産の葉が使われているので好かんのです。」
慶一は煙を吐き出しながら言った。煙は戦場に立ち込める硝煙よりも粘度は緩くスルスルと体をすり抜けていった。
そう、それは戦友の《とも》―――
―――いや、ここで語るのは無粋であろう。
「流石、狂愛国者だな。ひとまずこの話は置いておくとして、貴官…いや、三式八殿の先程の判断は自己利益を見越してのことで?」
大山は慶一の顔を見つめながら話す。
「少将閣下、やめてください。今の小官は一介の誇り高き帝国陸軍歩兵の中隊長であります。そんなおおそれたことできませんよ。」
微笑を浮かべながら灰皿に灰を落とす。
「相変わらずだな貴官は。さて、あの七光りの無能がどう攻め込むか見物だな。」
大山はそう言うと葉巻の煙を飲んだ。
あとがき
どうも皆様HiTでございます!
さてさて私の処女作、読んでみてどうでしたか?
まだ学生のため、語彙力や言い回しが間違っていたりモヤッとしているところがあると思いますが温かい目で読んでいただけると幸いです。更新頻度は週一くらいになりそうです。
最後に、応援メッセージや★で称えてくださると励みになります。ではまた会いましょう。
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