氷の記憶と不滅の者

たなみた

第1話 別れ

「じゃあモルテ。僕の力の一部を預けるから.......この世界のことは頼んだよ」

 無機質な声色ながらも親友との別れを惜しむ感情が伝わってくる。

「待っ........」

 止められないのを分かっていても止めたいと思ってしまう。

「勇者.....!!」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「がっ........」

「こんなものなの?呆気なかったわね」

 氷の刃がモルテを貫く。

「これでおしまいね」

 氷神が作り出した無数の刃がモルテの体を切り刻もうとした瞬間ーーー

 その全てが消え失せた。

「!?」

 自分の創造物の想定外の挙動に一瞬氷神に動揺が走る。

 その隙をモルテが見逃すわけがなかった。

 ザシュッッッ!!!

「...........」

 致命傷を負った氷神が口を開く。

「これは勇者の力ね...........まさかあなたに受け継がれていたとは...........」

「でもいいのかしら?私が死ねばあなたの不死の呪いは消えるのよ?その傷じゃあなたも助からないでしょう」

「覚悟の上でやってるに決まってるでしょ......それに正面から戦って勝てるわけ無いって思ってたし」

「最初から死ぬつもりで........相打ち狙いだったわけね..........私の.......負け.......だわ......」

 すでに氷神の瞳からは光が失われている。

「はっ.......はっ.........」

 モルテはその場に倒れ込む。体からどんどん力が抜けていく。死ぬのは時間の問題だ。

(これでようやく死ねるのか.............)

 今まで数え切れないくらい死を体験してきた。その彼が本当の意味で死を迎えようとしていた。

(勇者............お前の願い...........叶えられなくて悪いな...........)

 彼の人生に後悔は山ほどある。満足な人生だったとは言えないだろう。

(でも........)

(でももう忘れなくて済むんだ..............)

 微かに微笑んだ後、彼の体は氷のように冷たくなり動かなくなった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 モルテは目を覚ました。

「モルテさん!!!!よかった!!!」

 見知らぬ連中が自分を囲っている。

「すみませんあなた方は何者ですか........?」

「そっかモルテさんは記憶が.......じゃあやっぱりあの戦いで.........」


「モルテとは誰のことですか........?」

 場が凍りつく。

「え........?あなたのことですよ!?自分のことも忘れちゃったんですか!?」

「いや。モルテの蘇生の代償で消える記憶は一部だから自分のこと忘れることは無いと思うんだけどなあ」



 氷神は最期まで彼に対する嫌がらせをしていた。

 彼女が死んだことによりモルテは不死では無くなった。しかし彼女の権能そのものがモルテに移ってしまった。

 神は死ぬと適正がある者にその権能が移る。そうして神は滅びることなくこの世界を運営してきた。

 このためほとんどの神は自身の後継者を事前に選定しておくことが多い。

 本来は魔族であるモルテが氷神になり得るはずがない。

 だが氷神は孤独であった。彼女は後継者を選んでいなかった。他に氷神になり得る存在もいなかった。

 そのため彼女の創造物、彼女の眷属であるモルテが氷神になるしかなかったのだ。

 その権能によりモルテは死を回避してしまった。



 

 但しこれは世界の理をも揺るがす想定外中の想定外だ。

 いわばバグ技のようなもの。リスクも高くつく。

 その代償にモルテは自身の全ての記憶を失ってしまった。


 彼は何か自分のことが分かる物がないかと身につけていた服のポケットの中をまさぐった。

(この端末は...........?)

 それを開くと怒涛の記憶の流れに襲われた。

 予測していたのだ。彼は自分が生き残ることまで考慮し保険をかけておいた。それは自分の記憶のバックアップのようなもの。今までの彼の途方もなく長い人生、時間が詰まっていた。


「........っ」大量の記憶データを一気に浴びたからだろう。脳に相当の負荷がかかっている。思わず顔をしかめる。

 そして彼は気づいてしまった。

 自分はモルテになれないということに。

 確かにモルテの全ての記憶を受け継ぐことはできた。ただそれは記憶を失った自分にとっては他人の記憶を覗いているような感覚であった。記憶を失う前の自分であることは分かっている。分かってはいるのだが.......


(俺ではこの英雄にはなれない...........)

(でも彼の意志と使命は受け継ごう。彼の犠牲を無駄にしてはいけない。)

 本当のモルテが死んだことを知っているのは彼のみ。

 そして彼は意志を固めた。

 出来る限りモルテ《英雄》として振る舞うと。

 必ずこの世界を平和にしてみせると。


(ここではモルテの顔が知られすぎている。どこか遠くへ行こう。新しく......新しくモルテの人生をやり直すんだ.......)

(使命を果たすまで....俺は英雄を演じ続けるんだ........)

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