第2話 旅立ち

「うわああああ!悪夢だ。まさか勇者様の剣が壊れるなんて…」

「もし魔王が復活してしまったらどうしたらいいんじゃ。勇者様が戻って来ても聖遺物がなければどうにもならん。」

「ああ………レイン、お前なんてことを。」


 村の大人たちは一斉に膝を崩して項垂れてしまった。


「い…いや、大丈夫だって。そもそも聖遺物は12もあるんだから1本くらい折れたって勇者様ならやれるさ。」


「じゃあ責任とってお前が魔王を倒してみろ!!」

「「「「そーだそーだ!!!」」」


 駄目だ。

 何を言っても反感を買う。

 ちくしょう…せっかく素直に謝ったってのに……こんなんなら嘘ついて誤魔化したらよかった。


「いや、駄目だ。レインにそんな役目を任せる訳にはいけない。」


 人混みを掻き分けて誰かがやってくる。

 あのゴツゴツとした大きなシルエットは……親父?

 ああ…やっぱりどんな時でも親父だけは味方でいてくれるんだな。


「親父……」


 俺は感極まって、親父とハグをしようと一歩前に踏み出した。


「レインには陛下の前で然るべき罰を受けさせるべきだ。」


 こんのクソ親父がっ!!

 俺より伝説の剣が大事かよ。

 さっきの感動返せ、この野郎!


 今、ようやく理解した。

 この場に俺の味方なんていない。

 自分だけの力でこの場を抜け出さないといけないんだ。


「はぁ…本当はこんなこと言うつもりはなかったんだけどな。いいだろう。親父たちがそういう態度ならこっちにも考えがある。」


「な…なんだ。これ以上何かするつもりなのか?」

「悪魔の子め!」

「この人数差で勝てると思っているのか。」


 俺の言葉を聞いて村人たちが臨戦態勢に入る。

 が、別に俺は戦うつもりなんてない。


「まあまあ待てよ。俺はただ、ちゃんと話し合いたいだけだ。」


「……なんだ。言ってみろ。」


 武器は構えたままだが、一応話を聞く気はあるみたいだ。

 よし、今はそれで十分。

 俺の話しを聞けば、親父たちも冷静さを取り戻すだろう。


「まず冷静に考えてみろ。伝説の剣が折れただなんて誰が信じると思う?実際あんたらの中にも信じられてない奴がいるんじゃないか?」


 俺の問いに村人たちが気まずそうに顔を見合わせている。


 やはり図星みたいだ。

 それも当然。

 本来、伝説の剣に限らず勇者の聖遺物は壊れることのない代物。

 その中でもあの剣は抜くことさえ出来ないとされる最高硬度の逸品だ。

 今は取り乱して俺を責めているが、深く考えれば疑いの心も生まれるはず。


「俺が陛下ならこう考えるね。村人たちが結託して生贄を差し出し、伝説の剣を隠してよからぬ事を考えてるって。」


「なっ——レイン!お前って奴はこの後に及んでまだそんな言い訳をするか!」

「あろうことか、村中を巻き込もうとするとは……」

「こんなやつ、やっぱり死刑にするべきだ!!」


 村人の大半から非難の声が聞こえる。

 だが、俺の目は別のところを捉えていた。


 村長、親父、あんたらなら分かるはずだ。

 俺が言っていることが、真実になり得る可能性を。


「待て、レインの言っていることは正しい。こんなこと陛下が信じる訳がない。」


「そうじゃのう。それに守護の任を与えられていたのはヘントラー家だけではない。この村自体が剣を守るためにあるようなもの。その剣が壊れたのなれば、儂らは全員用済みじゃろうて。」


「そ……そんなぁ……」


 村長の言葉でいい感じに絶望している。

 よし、今がチャンスだ。


「まあまあ、俺にいい提案があるんだ。少し手を貸してくれ。」





 ◆◆◆


 動物たちも眠りにつく真夜中。

 星空に照らされた僅かな光の中を俺は走っていた。


 コンコン

 と目的の建物の戸を叩く。


「俺だ。レインだ。準備の方は?」


「ああ…急造だが最高の逸品を作り上げたつもりだぜ。」


「よし、じゃあ後はこいつを伝説の剣の代わりに突き刺せば完了だ。」


 俺の考えは至極単純で伝説の剣のレプリカを作って代わりに突き刺しておくというもの。

 どうせ誰にも本物か偽物かなんて分かりやしないんだ。

 なんなら偽物の方が盗まれても問題ないし、守護の役目も楽になる。

 一石二鳥とはまさにこのこと。


「なあ…レプリカを代わりに突き刺すのは分かったが…本物はどうしたんだ?あれは鍛冶屋にも直せない代物だぞ。」


「馬鹿野郎。誰かが剣を作ってんだから直せる鍛治職人は絶対いる。俺は今から旅に出るから後は任せた。絶対にバレるんじゃないぞ。」


 俺はそれだけ告げると、折れた剣を入れた風呂敷きに入れて旅立つ準備をする。



「はーーはっはっ!あばよ!もし剣が直らなかったら俺、戻る気ないんで!そこんとこよろしく!せいぜい必死に秘密を守って生きてろ、バカどもがっ!」



 寝静まる村の中央で声高らかに宣言し、俺は旅に出た。



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