貞操逆転世界でヒモ生活

新原

第1話 貞操逆転世界

 高2の少年・伊勢川いせかわ道乃丈みちのじょうは、気付いたら貞操逆転世界に居た。


「うわ、マジか」


 神隠しに遭った人が妖怪の里にでも連れ去られたみたいに。

 もしくは見覚えのない謎の無人駅に降り立ってしまったかのように。

 道乃丈は気付けば、貞操逆転世界に居た。


 とある路地から表通りに出ると、そこは駅前だった。

 ビルの一角が巨大なモニターになっている。

 そこに映し出されているのは、男性の社会進出を取り上げるニュース番組。

 世間ではまだまだ男性の社会進出が珍しく、働いたとしても賃金が低いとかなんとか。

 それを見て、道乃丈はここが普通の世界じゃないことに気付いた。


(……僕が暮らしてる街のはずだけど、立地がまるで違う。……家はどうなってるんだろ)


 足早に実家があるはずの住宅街に向かう。

 すると、微妙に違う住宅街のどこにも実家はなかった。


(ヤバい……完全に別世界に迷い込んでる)


 芳しい状況とは言えないが、道乃丈は不思議と焦りはなかった。

 元々の世界にあまり執着がないからかもしれない。

 時折いじめられたり、家に帰っても夫婦喧嘩ばかりの親が険悪なムードを吹き荒れさせているだけ。

 それよりだったら、この世界の方がまだ希望はあるんじゃないかと思えた。


(とはいえ、家がないのはマズいか……)


 数千円分の電子マネーがあるので、それでひとまずなんとかするしかない。お金はさすがに元の世界と同じのはずだ。


「……にしても、貞操逆転世界か……」


 ネカフェを探しに繁華街まで出てきた中で、道乃丈はふと呟く。

 コンセプトカフェがあったのでふと内部を覗いてみると、執事服の男性店員たちが女性客をもてなしている。

 普通、コンカフェと言えばメイドさんとかその手の女性が男性客をもてなすモノだ。もちろん逆バージョンの店が普通の世界にもないわけではないと思うが、こっちの世界ではコンカフェと言えばコレを指すのだろう。


「……デリヘルも基本的には女性向けなんだな」

 

 歩くのを再開しつつ、途中で見かけたデリヘルの看板を見てそう呟く。

 ソープなども女性向けになっているのかもしれない。

 とにかくあべこべ。

 凄まじい世界である。


「え――この電子マネー使えないんですか?」


 やがてネカフェを見つけて入り込んでみると、そんな事実が発覚した。

 元の世界と同じだと思っていた電子マネーが、実は違っていた。

 こうして一文無しと化した道乃丈は、行く宛てもなく駅前広場で塞ぎ込むことになった。


「――あら、君どうしたの?」


 そんな中、不意に声を掛けられた。

 顔を上げてみると、20代半ばほどの黒髪美人が心配そうにこちらを眺めていた。


(……貞操逆転世界効果、かな)


 なよっとしている根暗だが、外見だけで言えば悪くない道乃丈である。

 とはいえ、元の世界だったら恐らくこんな風に声を掛けてはもらえない。

 この世界ゆえに道乃丈の魅力に何割かのブーストが掛かり、女性側も肉食寄りだからこそ、だろう。

 かといってこの人が助けてくれると決まったわけでもない。

 それでもひとまず応じてみる。


「実は……帰る場所がないんです」

「家出ということ?」

「……いえ、なんと言いますか……完全に路頭に迷ってる感じで……」

「一家離散とかそういう?」

「まぁ……そんなもんですかね」


 まさか別世界に迷い込んでますとは言えず、お茶を濁すしかない。


「なるほどねぇ。だったらウチに来る?」

「え」

「来たいなら、いいわよ?」


 じゅるり、と獲物を狙う蛇のような雰囲気。


(……案の定か)


 やはりある程度、この世界の女性は肉食なのだろう。


「どうする?」


 まだ名前も知らない美人が急かすように訊ねてくる。

 道乃丈は少し考えてしまうが、


(まぁ……そういう世渡りが出来るならやってみようか)


 元の世界ではまかり間違ってもあり得ないことである。

 それが成り立つかもしれないなら、興味があった。


「じゃあ……お邪魔してもいいですか?」

「もちろんよ。私は小宮山こみやま夜見よみ。よろしくね」

「伊勢川道乃丈です」

「わ、すごい名前」

「よく言われます」


 そんなやり取りをしつつ、道乃丈は夜見の自宅へと向かうことになった。

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