アンラック・ラッキーガール

平良 亜聖

第1話

「不幸中の幸い」

 これほどまでに、こんな言葉が似合うような人はいたのだろうか。

 美術の課題を飼い猫に目茶苦茶にされ、仕方なくその状態で提出したら、県内の絵画コンクールで審査員賞を受賞したり、テストが全くわからなくて、勘で解答欄を埋めたらほとんど間違いだったが、配点が高い問題ばかり正解していたため赤点をぎりぎりまぬかれたり、極めつけには、まあまあな速度でミニバンにかれたのに、たった一週間の入院でケロっとした様子でクラスに戻ってきたり。

 不運なことが起こる割には、結果として良い方になることから、地元ではちょっとした有名人になっている。僕は彼女と小学校からずっと同じ学校で、そういうエピソードはいくらでも知っている。……彼女とは一言も交わした記憶がないのだが。

 まあ、とにかく僕は不思議な同級生の噂を普段から耳にする機会が多かった。

 そして、彼女は僕の目の前でまた結構なことをやらかしそうである。

安孫子あびこくん!」

「……なんですか」

「見てないで手伝ってよ!」

 切羽詰まった様子で僕に協力を訴えかけてきた。

「……その前に、その段ボールについて教えてもらってもいいですか?」

 彼女は三つの段ボールを抱えており、重そうにしている。

「あ、これ!? これね、教材! 先生が運んどいてくれって言ってたから一気に運んでみた!」

「なんでまた、わざわざ……」

 早口で喋る様子から、余裕がないことがうかがえる。教材が傷つくのは良くないし、怪我されてもあれなので仕方なく手伝うことにした。

「僕が二つ持つから。一回床に置いてくれない?」

「ありがとう!」

 まだ持ってあげてもないのに感謝が早い。

 彼女はおもむろに屈んで、段ボールを置こうとした。そう、置こうとしたんだ。

「うわっ」

 段ボールの重さに、華奢きゃしゃな彼女の体は耐えられず、僕の方に推定10kgの塊が押し寄せてきた。

「え、ちょっ」

 一瞬、走馬灯がさえぎった。こんなもので人間は死ぬわけないけど、それだけの命の危険を感じてしまった。

「……!」

 意外と自分の反射神経と運動能力が高かったのか、咄嗟に手が出てきて、なんとか段ボールをキャッチすることに成功した。が、一安心するのも束の間で、バランスを崩した彼女が僕の視界に広がる。

「ひゃっ」

 情けない声を耳元で聞いたと思ったら、僕は床に倒されていた。抱えてた二つの段ボールはいつの間にか手から離れており、そこには彼女の顔があるだけだった。

 生まれてこの方、異性とこんなにも密着したことがなかったので、僕は恥ずかしさと動揺で体内の血液が一気に循環するのを全身で体感した。

「へぁっ!?」

 彼女が瞑っていた目を開くと、眼の前に僕がいたことに驚いたのか、間抜けな声を発した。

「ごっ、ごごごごごごめん! 安孫子くんっ!」

「ああ……、いや……」

 僕は僕で、初めて至近距離見る女子の顔に呆気を取られ、彼女の言葉など、右から左に抜けていくだけだった。

 はたから見れば、男女が恥じらいあってカオスな状況に陥っているという、見るにえない光景だろう。

 彼女の不運に巻き込まれた。という考えは浮かばず、ただ目の前で赤面する彼女を見て、なんというか……、少し可愛いと思ってしまった。

「大丈夫!? 怪我はない?」

 そう言いながら離れていく彼女に名残惜しささえ感じてしまうほどには。

「ま、まあ……」

 僕も立ち上がって、スラックスについたホコリを払う。そして床に散らばってしまった段ボールを丁寧に持ち上げる。

「あ、わたし一個持つ!」

 彼女はそう言ってまだ拾い上げていない段ボールを抱え込んだ。

「じゃ、じゃあわたし先行ってるから」

 恥ずかしさを押し殺すような早口で、彼女は駆けていった。

「……」

 ゲリラ豪雨のような怒涛の展開に、ただ唖然として立ち尽くすしかなかった。ふと我に返ると、自分が二つの段ボールを抱えてることを思い出した。

「あ、そういえばどこに運ぶのか聞いてなかった……」

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アンラック・ラッキーガール 平良 亜聖 @Asei_Taira0106-uni

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