第1章 先駆者の気配

第1話 世界を超えた者

眩しくて目をつぶってしまった。その間に何が起きたのかは分からない。

だが、目の前の景色が新宿ではないことは確かだ。

地面は泥だろうか。足踏みをするたびに柔らかい感触がある。そう時間が経たないうちに靴の中に水が染み込んでくる。


膝くらいまで伸びる草。

管理されていない河川敷のような景色が地平線まで続いている。


視界にあるのは草の緑と空の青だけ。

手で四角をつくって覗いてみる。

即席の額縁に描かれたのはやはり2色だ。



空を見上げる。

正午だろうか、2つの太陽が真上から世界を照らす。


地平線の向こには何があるんだろう。

ずっとこの様子なのだろうか。



ん?


もう一度上を見る。

見間違いではない。決して僕が寄り目をしているわけでもない。

太陽が...2つある?


地球...じゃない?



いや、そんなことはない。

僕は地球にいたはずだ。

日本の、新宿にいた...はず。


目の前の光景はまるで新宿ではない。それどころか日本の景色でもなさそうだ。

それに世界のどこ行ったら太陽が2つあるだろうか。


これは、僕がおかしいのか?

それとも世界がおかしいのか?



これは、あれだ...夢だ。

世界が変わるなんてありえない。

きっと熱中症で倒れてしまったんだ。

最近は忙しかったし...そう、水もあまり飲んでいなかった。

2つの太陽は...あれだ、

漫画で気絶した時に頭の上で回っている星だろう。


そう、ここは夢の中だ。すぐに覚める。

だってほら、頬を叩いたって痛くない...。

右手を大きく振りかぶり、思いっきり平手打ちをする。



とても痛かった。

赤く腫れ上がっているらしい。じんじん痛む。


目が潤む。涙がこぼれ落ちる。

鼻を啜ると鼻水が溢れ出た。

体から変な汗が滲み出てくる。



何もかも失った。

心を誰かにさらわれてしまったような感覚。

何も感じることができない。


頭に血が昇り過ぎたのかバランスが崩れる。

体勢を立て直そうとか、そんな余裕もない。

背中から倒れる。

足元の草が僕を受け止めてくれたらしい。

思っていたよりも小さな衝撃波が胸を貫く。



太陽が眩しい。

草が木のように高く見える。

体を包み込む草が冷たくて気持ちがいい。

かざした手の隙間から太陽が溢れる。

暖かい。

気が付くと僕は寝ていた。




どれくらい寝ていただろうか。

あたりはもう薄暗い。

星が見え始めている。

地平線少し上に沈もうとしている太陽が2つある。

草の葉が照らされて黄色に輝く。


2つの光点を境に赤色と黄色で世界が塗り替わる。


これが、この世界の日没か。

なんで美しいんだ。

額縁を貼って一生鑑賞したい。



もうじき夜になる。

その前に今日のことを記録をしておきたい。


僕はこの世界に閉じ込められた。

いつ抜け出せるか分からないし、一生このままかもしれない。


急いでカバンからメモ帳とペンを取り出す。

開いたページに夕日が染み込んでくる。



【1日目】

ここはどこか分からない。

僕のいたのは地球、日本、新宿。

最後に見た朝日は綺麗だった。

この世界で最初に見た夕日も綺麗だった。


僕はこの世界で暮らしていくことになるだろう。

時間とは恐ろしいものだ。気付かぬうちに全てを連れ去ってしまう。

そのうち僕の記憶すら消してしまうだろう。


これは僕が自分を失わないための日記。

僕が誰なのかを記す日記。

そろそろ日が沈む。

もう寝ようと思う。



空が赤色から夜の色に移り変わっていく。

満点の星空を見る前に僕は眠りについた。

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