ドライフラワー 〜 その後 〜

神田川 散歩

第1話 届かないはずの手紙

 いつもの様に、仕事帰りに携帯でカクヨムのサイトを確認するため、ログインした。そう、神田川散歩こと僕、吉田和哉は定年過ぎても食べるために働かないといけない年寄り。もちろん、年金受給ももう直ぐなので、少しは楽になるかなと思いきや、年金事務所の説明では、アパートの家賃にも満たない程度の金額で、しかもそれが2ヶ月分だと言うから驚いた。「どうやってこれから生きていけば良いんだ」と言う漠然とした不安に襲われる。

 若い頃から、我儘で好き勝手してきた僕は、家族にも見放され4畳半一間の築55年というアパートに住み、日雇いに明け暮れている。

そんな唯一の楽しみは、最近始めた携帯で小説が投稿できるサイトで、若い頃憧れた小説家になった様な気分になれるのが、今の自分の心の心張り棒になっている。

 50歳の時、妻から離婚を切り出され、その時はまだ、何とかなると思っていた。

料理は得意だし、洗濯はコインランドリーがあればOKだし、掃除は狭い部屋にいればそれほど掛からない。と言うか昔から嫌いだったから、なるべく手抜きした。

 今日も仕事の帰り掛け、いつものスーパーで2割引シールのお惣菜を2つと、翌日の朝食用に菓子パンを2個買ってきた。

折からの雨で、スーパー袋はひどく濡れていた。袋も勿体無いから3円で買っても折たり畳んで持ち歩き、買い物の時手持ちのバックから出して使うが、結構ヨレて来ている。

 スカスカの冷蔵庫にお惣菜を仕舞い、入っていたペットボトルのお茶を代わりに取り出し、グラスに注いだ。

 それを手に持ちテレビの前に置いてある座椅子にもたれかかる。先ほどログインしたサイトを確認した時、ダッシュボードの右上にあるベルのところに赤いポッチがついているのに気がついた。そこをタップして中身を確認すると、そこに昨夜アップした小説の応援のハートマークやフォロワーさんたちのことが紹介されている。こんなお爺さんにも優しい方がフォローしてくれて居ると言う現実が、本当に支えだといつも感謝している。決してたくさんでは無いにしても、本当に1人でも応援していただける事にびっくりと興奮を感じえない。

 そしてアクセス数を確認しようと画面をスクロールしていくと、ハートマークの横のコメント欄に書き込みがあった。


 神田川散歩様、お久しぶりです。あれは確か2018年だったでしょうか?偶然主人と父のゴルフコンペの2次会の送迎を、頼まれていた店に行った時、お会いした?いや、お話をしていないから、お見掛けしてからもう6年の月日が流れたのですね。

実は先日、あなたのお友達から、「神田川散歩というペンネームで吉田のやつが小説を書き始めた」らしいとお伺いし、早速検索してみました。

 このサイトを見つけたとき、一気に10代の頃の私が呼び覚まされ、心臓がもたないと思うほどドキドキしました。あまり、最近のスマホというのには慣れてなくて、孫娘に教わりながら、検索しました。

 何から書いたら、良いのか判らないのですが、あなたのお手紙はしっかり読ませて頂きました。なぜ伝わらない手紙なのですか?しっかり伝わりましたよ(笑)

そうねぇ、今更謝罪されても何ですが、この場をお借りして文句を言ってもよろしいですか?それとも時間を取って直接謝罪して頂けますか?

 何やら関西の方にお仕事で行かれたことは、風の噂でお聞きしておりましたが、今は何方にお住いなのですか?

兎に角、ご連絡ください。  容子


携帯を持つ手が震えた。息が出来ない。耳の奥がキーンとなって、思考が働かない。

「えっ?」と呟いた後どの位そうして居たのかすら判らないくらい、固まっていた。

「本当に?」「イタズラ?」そう、きっと誰かのイタズラだと咄嗟に思った。

思い切りスマホの電源を切り、そうだ、間違いだ、イタズラだと必死に抵抗した。

いや、認めたくなかった。どうせこのサイトを彼女が見つける事などある筈ないと、たかを括って、つい本音を書き過ぎた。

 

 64歳の赤面する姿なんで誰も考えて居なかったし、想像すら出来ない。

「笑えない。本当なら笑えない」どうするオレ。


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