324.施策実行(2)

 温かい食事を食べ終えた難民たちは一息ついていた。そこで、私がみんなの前に立ち、話し始める。


「これから、今後の予定について話します。今日はこのまま休むことになりますが、明日から自立に向けて実際に動いてもらうことになります。ですが、その前にやって欲しいことがあります」


 私が話し始めると、ざわつきが静まりみんなが注目しているのが分かる。


「この宿屋を経営する夫婦は年老いて満足に体を動かすことができません。その為、宿屋の管理が行き届かずに見ての通りの様子になってしまいました。過ごしやすい場所を得るためにも、明日はみなさんで宿屋の大掃除をしようと思います」


 住むには綺麗な場所が必要だ、だから動ける人が掃除するに限る。


「明日は住みよい場所を作るための大掃除、明後日はこの町で暮していくのに見栄えもそれらしくしなくてはいけません。なので、服を買いに行きます」

「あの、服を買いに行くのはいいんですが……お金を持っていません」

「大丈夫です。服を買うお金も領主様の支援金で賄います」


 領主様の支援金から出す、そういうと難民たちはざわついた。まさか、そんなところまでお金を出してくれるとは思ってもみなかったのだろう。みんなの表情がとても嬉しそうだった。


「明後日の午前中は服の購入、午後からは冒険者ギルドに行って働くための説明を受けてもらい、登録してもらいます。もし、すぐに仕事を見つけられた人は明々後日から働き始めることができるでしょう」

「すぐに仕事を見つけられない人はどうするんだ?」

「その人はその翌日から冒険者ギルドに通ってもらって、仕事を見つけてもらいます。安心してください、宿泊費や食費はしばらくは支援金で賄うことになっています。職が見つからなくても、すぐに追い出されることはありません」


 難民たちははじめはお金を持っていない。だから、何もできないし自分の力で這い上がることができない。でも、こうしてはじめに支援をするだけで難民たちは立ち上がる力を得られる。


 今回の支援金の使いどころはここが一番大きいだろう。はじめに何も持っていない難民に支援をすることで、立ち上がって自分の足で歩いてもらう。それが、今回の施策の肝と言えよう。


 この支援金を貸すという手もあったのだが、それだと自立した後の支払いで首を絞められて生活できなくなってしまう。そうなってしまえば、浮浪者に変わってしまうため町には悪い影響の一員になってしまう。


 だから、出すところは出す、支援するつもりなら貸し出さない。そうやって支援を厚くして、ちゃんと自立してもらえる方がいいと思った。


「次にこの宿屋のシステムのことを話します。先にも言った通り、老夫婦で経営しているため体に自由があまり利きません。そこで、宿屋を経営するのに大切な労働、調理、掃除、洗濯を難民のみなさんで担ってもらいます」


 この宿屋で生活にするのに大切な話だ、分かりやすく説明する。


「労働をみなさんが肩代わりする代わりに、宿泊費と食費は安くなってます。通常宿泊費は一泊五千ルタかかりますが、労働を提供すれば二千ルタで済むようにしました。食費については千ルタかかるところを五百ルタに引き下げました。よって、ここで泊まるには一日二食つきで三千ルタになります」


 値段については老夫婦と話し合って決めた。労働を難民が担ってくれるなら、経費は安く済む。思ったよりも金額が安く済んだことにより、今後難民の手に残るお金は増えることだろう。


「これからみなさんは冒険者ギルドで仕事を探してもらい、働いてもらいます。いずれ、宿泊費と食費は自分で払ってもらうことになります。そして、ここで寝泊まりしながら市民権を買うお金を貯め、自立するためのお金を貯め、定職を探してもらうことになります」


 一通りの説明をすると難民たちは真剣な表情で聞いていてくれた。自分の関わることだから、みんな真剣に受け取ってもらえて良かった。この様子なら大丈夫そうだ。


「最後に部屋割りを決めましょう。四人部屋が四つ、二人部屋が八つ、一人部屋が六つあります。希望をする部屋をみんなで相談してください」


 どの部屋に誰が寝泊りするか決めていなかったので、それも決める。話し合いを持ちかけると難民たちは席を立ち、固まって相談を始めた。この時ばかりはなんだか楽しそうにしている。


 しばらく立つと相談が終わったのか、私に話しかけてきた。


「部屋割りが決まったわ」

「ありがとうございます。では、次に宿屋の仕事の割り振りを始めます。食事、掃除、洗濯の三つの仕事を順番にやっていきましょう。食事は明日から始めて、掃除と洗濯は明後日から始めたいと思います。割り振り表は作ってあるので、これを食堂の壁に張り付けておきます。各自、確認してください」


 私が馬車の中で作っておいた割り振り表をみんなの前に見せると、それをセロさんに渡して食堂の壁に張り付けてもらった。すると、難民たちはその表の前に集まり、自分の割り振りを確認していく。


「割り振り表を確認したら、今日はここまでです。各自、部屋に行って休んでください」


 声をかけると、割り振り表を確認した難民たちが食堂が出ていく。食堂にいた難民がどんどん減っていき、全員が食堂から出ていった。今日はこれでおしまいだ。


「お二人とも今日はお疲れさまでした。二人で食事作りは大変じゃなかったですか?」

「準備時間が沢山あったから、なんとかなったよ。でも、毎日だとキツイのは確かだね」

「明日から難民たちが食事作りも協力してくれるんだろう? なら、なんとかやっていけそうだ」

「そうですか、なんとかなりそうで良かったです。食器の洗い物とか大丈夫ですか? 良ければ手伝いますよ」

「今日は二人でなんとかなるわ。その気遣いが嬉しいわ」


 そうか、食器の洗い物は大丈夫そうか。なら、この老夫婦に任せてもいいだろう。


「じゃあ、私たちは帰ります。また明日、朝食が終わる頃にここに来ますね」


 そう言って私たちは食堂を出ていき、宿屋の外へと出た。外は真っ暗になっていて、街灯がないところだったので道は暗くなっている。でも、月明りがあるので道は見えていた。


「今日はここまでですね。私は帰りますが、セロさんは屋敷に戻りますか?」

「リルを見送ってから屋敷に戻るよ」

「えっ、私は大丈夫ですよ」

「大丈夫だけど、それが俺の仕事なの。ほら、早く行こう」


 セロさんが前を歩き、私がその後を追う。一人で帰れるんだけど、そこはやっぱり執事見習いとして最後までしっかりと見守らなくちゃいけないのかな?


 その好意に甘えさせてもらって、私はセロさんと一緒に宿屋へと帰っていった。

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