294.スタンピード(17)

 ヒルデさんに飛ばされた私が着地をすると同時に、ヒルデさんも地面に落とされた。


「ヒルデさん!」


 私はすぐにヒルデさんに駆け寄り、その体を起こした。よく見ると横腹はドラゴンの牙に貫かれて血を流している。早くポーションを飲ませないと! 私はヒルデさんの体を持ち上げた。


「ドラゴンが怯んでいる、今の内だ!」

「畳みかけろ!」

「トドメをさせ!」


 丁度いいところで他の冒険者たちがドラゴンに向かっていってくれた。ドラゴンの注意が逸れた隙に私はヒルデさんを抱えてドラゴンから離れる。


 十分に距離を取ったところで、マジックバッグからオルトーさんが作ったハイポーションを取り出した。


「ヒルデさん、これを飲んでください!」

「うぅっ」


 苦痛で表情を歪ませるヒルデさんにハイポーションを飲ませた。ヒルデさんは痛みに耐えながらもハイポーションをごくりと飲んでくれる。そして、一本全て飲み干した。


「ヒルデさん、怪我の具合はどうですか?」


 少しでも早くポーションが効いて欲しい、その願いでヒルデさんに話しかけた。すると、苦痛に歪んでいたヒルデさんの表情が次第に緩くなってくる。そして、ゆっくりと目を開けた。


「リル……」

「ヒルデさん、良かった!」


 目を開けたヒルデさんは体を起き上がらせ、血で濡れた横腹を触った。


「痛くない、もう痛くないぞ」

「本当ですか?」

「あぁ、深手を負ったはずなのに。リルが飲ませてくれたポーションは凄い効力があるんだな」

「ポーションが効いて本当に良かったです」


 良かった、ヒルデさんが無事だった。あんな深い傷を一瞬で治してしまうオルトーさんの薬って本当に凄い。


「助けてくれてありがとうございました。じゃなかったら、今頃私が大けがを負っていたところです」

「危険を察知できて本当に良かった。さて、ドラゴンはどうしている?」


 ドラゴンのほうを見てみると、色んな冒険者がドラゴンと戦っている光景が見える。まだ、トドメを刺せていないらしい。すると、ヒルデさんが立ち上がった。


「私たちがつけた怪我が一番深いみたいだ。だったら、私たちでトドメを刺しに行こう」

「あんなことがあったのに、行って大丈夫なんですか?」

「スタンピードの恐怖はもうない。リルと一緒に戦っていると、その恐怖がなくなったらしいな。もう、手の震えもない。リルと一緒に戦うことで克服したらしい」


 そっか、ヒルデさんは完全にスタンピードの恐怖から立ち直ったんだ。今までは消極的だったのに、この戦いから積極的に戦おうとする姿は珍しい。昔の好戦的な部分が蘇ったのかな?


「体を傷つけても中々倒れない。そしたら、頭を落とすのが手っ取り早いだろう」

「でも、私の剣の長さでは頭を落とせません」

「だから一緒に落とすのさ。リルは私の反対側の首を切るんだ。二人で一緒に剣で切ると切断できる」


 結構芸の細かい攻撃だ。でも、それだとドラゴンの首を切って落とせそうだ。私は頷いて肯定をすると、ヒルデさんはドラゴンのほうを向いた。


「ドラゴンが他の冒険者に夢中だ。今だ、行くぞ!」

「はい!」


 ヒルデさんとドラゴンに向かって駆け出した。片足が棒のヒルデさんの足はそれほど速くない。だから、その速度に合わせてドラゴンに近寄っていった。


 ドラゴンがこっちを向いていない、今がチャンス。身体超化をして体に力を溜めると、二人同時にドラゴンの頭の上まで飛び上がった。


「リル!」

「はい!」


 注意が逸れていたドラゴンはいきなり現れた私たちに対応できない。その隙に私たちは左右に別れて、ドラゴンの首に剣を振るった。全力の一撃、その一撃は固い鱗を切り、分厚い首を切った。


 ドラゴンの首が落ちた。ドスン、と音を出して転がると、巨体は力をなくして倒れた。その次の瞬間、歓声が湧いた。


「ドラゴンを倒したぞ!」

「やったなっ!」

「よし、よーし!」


 一緒に戦っていた冒険者たちは大喜びだ。一斉に私たちを取り囲み、大騒ぎをする。


「よくやったな、リル!」

「凄かったぞ!」


 その中にハリスさんとサラさんもいて、頭を強く撫でられた。


「全く、お前ってやつは……ゴーレムに続いてドラゴンまで。とんでもない奴だな」


 一緒に戦っていたラミードさんも声をかけてくれた。ちょっと呆れたように言っていたけれど、顔は笑っていた。すると、そのラミードさんは声を張り上げる。


「よし! 一体のドラゴンは倒したが、他にもドラゴンはいる! そっちのほうに助太刀に行くぞ!」

「そうだな、まだスタンピードは終わっていない」

「残りの魔物を倒して、町に帰ろうぜ!」

「勝つのは俺たちだ!」


 ラミードさんの言葉を受けて冒険者たちはさらなるやる気を漲らせた。まだドラゴンは数体残っている、それも倒さなければスタンピードの終わりは見えない。


 冒険者たちは散っていき、他のドラゴンのところを目指して駆け出し始めた。残された私たちは顔を見合わせると、頷く。


「俺たちも他のドラゴンを倒しに行くぞ」

「リルにドラゴンを倒されてしまったが、他のドラゴンを倒すのは私だ」


 ハリスさんとサラさんはやる気を漲らせて、ドラゴンと戦う意思をみせた。私とヒルデさんが倒したのを見て、自分たちも後を追いたいと思ってくれたのだろうか?


「よし、残りのドラゴンも倒しに行くぞ。あっちにいるドラゴンを倒しに行こう」

「分かりました、そちらに行きましょう」


 ヒルデさんが指さした方向にはドラゴンがいて、他の冒険者が戦っているように見えた。私たちは頷き、ドラゴンのほうへと駆けていく。スタンピードを終わらせるためにも、早くドラゴンは討伐しないと。


 ◇


「グオオォォォッ!!」


 ドラゴンが咆哮を上げて、尻尾を振った。物凄い勢いで尻尾が飛んでくるが、挙動が分かりやすい。上にジャンプして軽く避けてみせた。


「魔法、いきます!」


 周りに合図を送り、手を前に構える。大きな氷の刃を作ると、それをドラゴンに向けて放った。風魔法を付与した氷の刃は物凄い勢いでドラゴンに向かっていき、その首に突き刺さる。


「今がチャンスです! 畳みかけてください!」


 首に大きな氷の刃を突き刺されたドラゴンは動きが鈍くなる。その隙に冒険者たちはドラゴンに群がって、攻撃を開始した。


 ハリスさんは付与魔法つきの弓矢を放つと、ドラゴンの目を潰した。片目が見えなくなったドラゴンは暴れまわり、近づく冒険者を遠ざける。それでも動きに隙があったみたいで、サラさんが氷の刃が刺さった首目掛けて剣を振った。


「はぁぁっ!」


 剣は通り、ドラゴンの傷口は広がった。それでも、まだ倒れない。トドメの機会をみんなが窺っていると、ヒルデさんが飛び出した。傷の深い首を狙って、剣を振った。


「落ちろっ!!」


 傷口を広げる一撃でドラゴンの首と体が切り離された。ドラゴンの首と体は地面に転がり、辺りはシンと静まり返った。そして、すぐに歓声となる。


「やったぞ、ドラゴンを倒した!」

「よくやった、よくやったぞ!」

「スタンピードの終わりが見えてきた!」


 わっとなって冒険者同士で盛り上がった。私はヒルデさんのところへ駆けつける。


「ヒルデさん、凄いです! またドラゴンを倒しちゃうなんて」

「リルの魔法があったから倒せたようなものだ。私だけの力じゃないさ」

「それでも凄いです。ヒルデさんの一撃がなければ倒せなかったですし」


 私の魔法はきっかけみたいなものだ、だからドラゴンにトドメをさせたヒルデさんのほうが凄い。そういうと、ヒルデさんは少し照れたように頬をかいた。


「どうやら、他のドラゴンも片付いたみたいだ。残りはラプトルだけになったな。ここまでくれば、スタンピードの終わりが見えてきた」

「後はラプトルだけなんですね。なんだか、飛び上がりたいくらいに嬉しくなります」

「まだ喜ぶのは早いぞ。とにかく、残りのラプトルを討伐しよう。喜ぶのはその後さ」


 ドラゴンは倒したけど、まだ大量のラプトルが残っている。他の冒険者たちが戦っているのだが、強い冒険者がドラゴンと戦っていたのでラプトルの数は目に見えて減っていない。


 でも、ドラゴンが討伐されて強い冒険者がラプトル討伐に乗り出すと、その数は減っていくだろう。スタンピードを止めるためにも、早く討伐の輪の中に入らなくっちゃ。


 そんな話をしていると、ハリスさんとサラさんが近づいてきた。


「ドラゴン討伐が終わったな。残りのラプトル討伐に行くか」

「そうだな。スタンピードももう少しで終わる、もうひと踏ん張りだ」

「はい、ラプトルの討伐の輪に加わりましょう」

「なら、行くぞ。早くスタンピードを終わらせるんだ」


 ヒルデさんがラプトルの群に向かって駆け出すと、私たちはその後を追う。そして、ラプトルの群に近づくと討伐を開始した。ドラゴンと比べるとやりやすい相手で、どんどんラプトルを討伐していった。


 他の強い冒険者もその輪に加わると、大量にいたラプトルがどんどん数を減らしていった。スタンピードの終わりは近い。

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