273.異変(5)
私たちは無事にオーガから逃げることができた。オーガたちが積極的に追ってこなかったお陰だろうけれど、何か釈然としなかった。いつもは追ってくるのに、どうして今は追ってこなかったのか。その理由が気になった。
危ない状況だったけど、生還できたことだけは良かったと思う。オーガにネームドと変異種が出現したことも知れたし、調査としてはいい結果を持ち帰ることができそうだ。
あと私たちにできることは、中腹より上に生息しているワイバーンの調査だ。オーガに変化が見られたが、ワイバーンには変化はあるのだろうか? それが気になった私たちはワイバーンのいる崖のあるところへと向かっていった。
魔物に見つからないように細心の注意を払い、崖へと到着した。
「これは……」
「こっちにも変化が」
「異変がここにも」
私たちが到着して目にしたものは、数が増えたワイバーンたちだった。目に見えて分かるワイバーンの増殖、その場はワイバーンの鳴き声でとても騒がしかった。
「こんなに数が増えていたなんてな。これは異常だ」
「ここでまともに戦ったら……考えただけで恐ろしい」
「集られたら、終わりですね」
恐怖を感じるくらいの数を前にして私たちはその光景に釘付けになった。いつもなら散らばっていたワイバーンたちは数が多くなり密集している。距離が近すぎてワイバーン同士が喧嘩をしている光景も目に入ってきた。
「見つからないように、特別な個体を探そう」
「オーガで出たから、ワイバーンにはいないんじゃないか?」
「もしかしたら、ということもありますよ」
まさかワイバーンにも特別な個体が出現しているのか? 考えたくはないが、可能性はゼロじゃない。ここはしっかりと調査をすべきだろう、三人で頷き合うと移動を開始した。
森に身を隠しながら、崖に沿って調査をしていく。今のところ普通のワイバーンしか確認できない。このまま何事もなければ、そう思っていた時にワイバーンよりも大きな個体が空から下りてきた。
「見ろ、あそこにいるワイバーンは他とは違うぞ」
「ちょっと待て、そっちにもいる」
「えっ、あっ、あっちにもいます!」
ワイバーンの特別な個体が現れた。通常のワイバーンよりも大きくて、頭が二つもある。明らかに普通のワイバーンと違う。そのまま観察していると、なんとワイバーンの口から火が出た。
「火を吹くワイバーンだと、そんな進化が……」
「これじゃあ、ドラゴンと変わらないじゃないか」
「空を飛ぶ上に火を吹く……強敵ですね」
火を吹くところを見て驚いた。まさか、こんな進化を遂げるなんて思ってもみなかったから。もし、相手にするのであれば今まで戦った通りにはいかないだろう。
「率いている様子はない、ワイバーンも統率がとれているわけじゃない。ネームドはいないのか?」
「ということは、今見える特別な個体は変異種ということか」
「本当にネームドがいないのか、調査を続行しましょう」
「あぁ、そうだな。多くの情報を持ち帰りたい。このまま姿を隠して調査だ」
ワイバーンの動きは統率されているようには感じなかった。でも、だからと言ってネームドがいない確証にはならない。もしかしたら、潜んでいる可能性もある。私たちはそのままワイバーンの調査を続行した。
◇
あの後、出来る限りワイバーンたちを調査したがネームドらしき個体は見受けられなかった。だが、それ以外に分かったことがある。変異種の数が多かったのだ。オーガの時よりも数が多い変異種、それだけでも脅威だ。
時間が許す限りワイバーンの調査をすると、私たちは山を下った。それから夕食を食べて、その後の報告会に臨んだ。報告会に参加したみんなの顔は暗いように思えた。
「それじゃあ、報告会をしよう」
重苦しい空気の中で報告会が始まった。
「山頂付近の魔物にいつもは見慣れない魔物がいた。二足歩行で走る、爬虫類の魔物だ。体長は二メートルくらい、鋭い牙と爪を持っている。この付近には生息していない魔物だと思う」
「この付近に生息していない魔物が現れただって? そんなことがあるのか?」
「どこからか集団移動をしてきた、とかですかね」
「集団移動をしてきたようには見えなかった。それに数が多かった、もしかしたら自然に発生したものなのかもしれない」
「新しい魔物の出現……瘴気の影響か」
瘴気の濃度が濃くなっているのだろうか? 目に見えればいいのだけれど、通常だと目には見えない。もし、目に見えた時は赤い霧となって発生し、それはスタンピードの合図となる。
「中腹辺りは異常だった。オーガに変異種とネームドが現れ、ワイバーンには沢山の変異種が発生している」
「なんだって、ネームドに変異種……別々の魔物に同時に現れることになるなんて」
「そうですか、そちらにもそのような異常があったんですね」
「というと、山の下のほうは」
「こちらもネームドと変異種が現れました。見た限りではオークやゴブリンに現れましたね」
その場にいた冒険者がみんな息を呑んだ。そして、沈黙が耐えられないとばかりに口を開く。
「新しい魔物の出現に別々の魔物でネームドや変異種の出現だなんて、そんなこと……」
「信じられないが……事実だ」
「この山の異常、本当におかしいわ」
「瘴気が濃くなっている……もしかしたら」
スタンピードが起こる前兆なのかもしれない。その言葉を言わずとも、みんな分かっていた。こんなに異常があるのは、それしか考えられない。
でも、未だに赤い霧は出ていない。
「どうする? 一度町に戻るか?」
「スタンピードが起こるっていうのか? だが、まだ赤い霧は発生してない。早計じゃないか?」
「しかし、この異常はおかしいです。スタンピード前にこんなにネームドや変異種が発生するものなんでしょうか」
「スタンピード以上の異常が発生している……これはやばいことになるぞ」
話は中々まとまらない。明日の朝にでも町に戻ったほうがいいと考える者、もう少し様子を見て調査をしたほうがいいと考える者、二つの意見に分かれた。
冒険者たちで話はするが、やっぱり話はまとまらない。町に戻って報告する組と残って調査を続ける組に別れて、行動したらどうかという案も出たが、みんな難しい顔をするだけで決まらない。
「今日一日、各々のパーティーで考えて、明日の朝に発表するのはどうだ?」
「そうですね、パーティー内で話し合いは必要です」
「じゃあ、今日は解散だな。明日の朝になったらもう一度集まって、どうするか考えよう」
今後の行動については、この後パーティーの中で話し合って案をまとめ、明日の朝になったら報告することになった。私たちは自分たちのテントに戻り、話し合いを続けた。
その話し合いの結果、私たちは町に戻って報告することに決まった。あとは、明日になって他の班がどんな決断をするのかによって今後の行動が決まる。
明日のことを考えながら寝る夜はとても不安だった。
◇
早朝、外の騒がしさに目が覚めた。外の騒がしさは段々と大きくなり、騒音までになるくらいに広がる。何かと思い、服を整えてテントの外に出た。
「山を見ろ!」
誰かが言った言葉を聞き、私は恐る恐る山を見た。
「えっ……」
自分の目を疑う。昨日まで何も変化がなかったのに、あの大きな山が隠れるほどの赤い霧が発生していた。
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