242.子供たちの先生(4)
「まずは皆さんに質問です。ここはどういう所だと思いますか?」
席に座った子供たちに問いかけてみた。すると、子供たちは隣の子と相談し始める。
「どんなところって、みんなで集まるところか?」
「僕は勉強する所って聞いたよ」
「私はみんなで遊ぶところだって聞いたわ」
「それ、本当かよ」
「うーん、なんだろう」
子供たち同士で話し合うと色んな話が出てくる。認識の差があるのか、お互いの考えを伝えては不思議そうな表情をしていた。しばらく自由に話し合わせた後、私は口を開く。
「どうやら、正解を知っている子がいるみたいですね」
「えー、誰だ?」
「もしかして、私?」
「俺かもー」
「正解を言ったのは、その子です」
正解を言った子に手を向けると、その子が注目される。
「え、僕?」
「すげーじゃん!」
「なんだ、私じゃないのか」
「なんて言ったんだ?」
「僕は勉強する場所だって言ったよ」
正解した子の話を聞いた子供たちは色んな反応を見せる。
「勉強ってなんだっけ?」
「ほら、先生が話していたことだよ」
「あー、あの何言っているのか分からない話!」
「話を聞くことが勉強っていうこと?」
「どういうことか分かんねー」
どうやら、まだこのクラスには勉強という言葉の意味が浸透していないらしい。そういうことなら、まずそこから教えていくのがいいだろう。
「はい、ちょっと先生の話を聞いてください。勉強というのは知らないことを学ぶことです」
「んー、どういう意味?」
「知らないことは知らないなー」
「学ぶって何?」
「知らないことを学ぶのは、知っていることを多くすることを言います。例えば、大人が知っていることを子供が知るようにすることとかですね」
「父ちゃんが言ってた大人の秘密っていうのを知ることが勉強っていうことか!」
「なんだよ、大人の秘密って」
「ウチにもあるあるー」
説明をしているのに、子供たちはどんどん話しかけてくる。というか、会話をしているように思う。日常生活をする上で会話は必要だけど、授業には必要ない。そういうところも教えておかないといけないみたいだ。
「ここは知らないことを知るためにあります。皆さんがここに通い始めた理由はそこにあります」
「なんか偉い人がここに通えって言われて、通っている感じ」
「そうそう、ウチも言ってた。偉い人が言ったから、行けって」
「私はここに来ると将来仕事で困ることがないからって言われた」
「そうですね、ここに通うと知ることが増えて、そのお陰で大きくなったら働ける場所が増えます」
それぞれの家庭でこの場所がどんな場所でどんな風になるのか、教えている内容が違うみたいだ。まずはそのバラバラな認識を一つにまとめなければならないみたいだ。
「ここは勉強する場所、知らないことを知るためにある場所です。偉い人が通いなさい、と言っていたけれど、本当の目的は大人になったら働く場所に困らないようにするためです」
「ふーん、そうなんだ」
「俺はずっと遊んでいたーい」
「でも、働くってかっこよくないか? 大人みたいでよ」
大人への憧れみたいなものはあるみたいだ。よし、そうしたらこの話をしよう。
「それでは、皆さんに質問です。大きくなったら、何になりたいですか?」
その質問に一瞬シーンと静かになった。だが、すぐに子供たちは騒ぎ出す。
「大きくって大人になったらだよな」
「大人になったら大人なんじゃないのか?」
「違う、そういうことじゃないよ。どんな大人になりたいかだよ」
「働く大人っていうことじゃない?」
「そうです、どんな働いている大人になりたいか考えてください」
そういうと子供たち同士で話し始めた。あーでもない、こーでもないと楽しく真剣に考えて話しているみたいだ。中には話し合わないで一人で考えている子もいる。本当に色々な子供がいるんだな、と思った。
そうやってしばらく話す時間を与えた後、少しずつ話し声が減ってくる。そろそろ、頃合いだろう。
「それじゃ、一人ずつ発表してもらおうかな。あと、人が喋っている時は喋らないようにしましょうね。そうじゃないと、話しが聞こえなくなりますからね」
「お前喋るなよー」
「お前だって煩いじゃないか」
「えー、喋っちゃダメなのー」
「人の話を聞くことが出来ると、頼れる大人になれるかもしれませんよ。ここは我慢して人の話を聞いてみましょう」
喋れなくなることへの不満はあったけど、喋っちゃダメな所も教えていかないとダメだよね。今まで好きなだけ喋っていたはずだから、この負担は大きいものになるだろう。そこをどれだけ我慢出来るかが大切なところだ。
でも、始めだから少しは緩くしておかないとね。
「人が喋っている時に喋ったらダメですが、喋り終わってからだと喋ってもいいですよ。ということで、その人の発表が終わったら自分の感想を言いましょう」
「喋り終わったらいいのね!」
「それまで、我慢かー」
「それくらいできるだろ」
「話し短くしてくれよー」
これくらいなら許容範囲だろう。喋らない時間を作る、ということが大事だ。この時間に少しずつ慣れていってもらって、長い時間喋らなくてもいいようになるのが目標だ。
「では、廊下側の一番前の子から話していきましょう」
◇
どんな働いている大人になりたいか、子供たちは元気いっぱい答えていった。一人の発表が終わると、話を聞いた子供たちが思い思いの言葉を口にして楽しそうに話している。
人が喋っている時に喋らない、を子供なりに頑張っているようだ。中には話したくてうずうずしている子もいるが、我慢できていたみたい。こうやって少しずつ教えていって、習慣づけていければいいな。
それに話に夢中になってくれているお陰で、立ち歩きもなかった。時々、席から立つ子はいたけれど、歩き回ることはない。気になる話が続いているから、その場で聞いてくれているんだと思う。
全ての子供たちの話を聞き、手持ちの時計を見た。あと三十分、子供たちにはもう少し集中して話を聞いてもらおう。
「はい、これでみんながどんな働いている大人になりたいか分かりました。みなさん、話を聞いてどうでしたか?」
「色んな大人がいるんだと思った!」
「知らない仕事を知ることが出来た!」
「みんなしっかり考えていることが分かった!」
「友達のことを知れて良かったですね。これから、もっと仲良くなれるかもしれません。それでは、これから先生がお話しますので、もう少し席に座って話を聞いてください」
話を聞いてもらうのはいいけれど、今の調子だとずっと喋っていられないのは難しいと思う。途中で話しても大丈夫な時間を作らなきゃ。
「先生が喋っている時は喋らないこと。先生が話し終えたら喋ってもいいですよ。そうですね、先生が手を上げている時は喋ってもいいです。誰が上手に話を聞けて、話ができるのか見ていますね」
「はーい」
「手を上げている時だけかー」
「早く話ししてー」
ルールが分かったのか、子供たちは話が始まるのを待っている。中々、良い調子だと思う。出来るだけ話が細切れになるように短くして、子供たちが話す時間を出来るだけ取ろう。
私は勉強について話し始めた。勉強とはどういうものか、勉強をするとどんなことになるのか、勉強をするとどういう大人になるのか。手短に話しつつ、子供たちが話す機会を作った。
短い話をすると子供たちは話は理解するけれど、疑問のほうが多かったのか、かなりの質問が飛び交った。私に質問を投げかけたり、友達に質問を投げかけたりと様々だ。
疑問があるということはしっかりと話を理解しているから出来ること、この子たちはしっかりと考える力があるのが分かった。考える力があるのであれば、勉強だって難しくないはずだ。ただ、この子たちはここでどうすればいいのか分からなかっただけ。
しっかりと基礎の基礎から教えていけば、すぐに吸収してくれて分かってくれるはず。沢山の質問をする子供たちを見て私は確信した、このクラスは良くなる、と。
私がこのクラスを良くしていくんだ、そんな強い決意をした。
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