217.商家の護衛(10)

 塞がれた街道で対峙する、野盗集団と私たち。囲まれた時は焦ったが、今は不思議と落ち着いている。それは人数差で絶対に敵わない、といったことではない。声を聞いて冷静になった。


 どこかで聞いた声だ、どこで聞いた? 必死になって思い出そうとすると、もう一度その人が叫び出す。


「さっさとどうするか決めろ! ここで死ぬか、金品を置いて逃げるか! どっちだ!」


 やっぱり、どこかで聞いた覚えがある。どこだったかな……私が真剣に思い出そうとしていると、みんなが話始めた。


「くっ、どうするよ。やるか、やらないのか?」

「相手は三十人もいるんだ、戦えば負けてしまう可能性が高い」

「武器を持った三十人を相手にできるか、それが問題だわ」

「不意をつくのはどうなの?」

「こんな状況でどうやって不意をつけばいいんだよ」

「あわわ、ど、ど、どうすればっ」


 みんなで小さな声で相談するが、解決策は見つからない。こんなに人数差があるのに、戦えば負けることは必至だ。でも、どうにかしてこの場を切り抜けたい、すぐに降参はしなかった。


「おいおい、俺たちとやりあおうっていうんなら止めとけ。この人数差で勝てると思うなよ!」

「袋叩きにあって負けるのがオチだぜ!」

「おい、出てきてやれよ! お前らを見たら、気が変わるだろうしな!」


 野盗たちが声を上げて誰かを呼んだ。すると、集団の後ろにいた野盗が前に出てきた。出てきた野盗は三人、他の野盗よりも頭一つ分背が高くて、体型もがっちりとして筋肉質だ。いかにも強そうな野盗が出てきたのだ。


「へへっ、こいつらに勝てると思うのか? すぐにぺちゃんこになるのが目に見えてるぜ!」

「力だけじゃねぇ、素早さもあるんだ。こいつらを見ても勝てると思っているんなら、とんだ勘違い野郎だ!」

「さぁさぁ、どうするよ? 戦ってもお前たちが死ぬだけだ。俺たちは戦っても戦わなくても、どっちでも結果が同じだから、どっちでもいいんだがな」


 余裕のある態度をしてこちらを煽ってくる。みんなは大きな体をした三人が出てきたことにより、表情を険しくした。


「あの三人、めちゃくちゃ強そうだぞ」

「えぇ、どうするの?」

「降参したほうがいいのか?」

「だが、降参すれば金品が奪われるぞ。俺たちの護衛任務は失敗だ」

「でも、命あってのものでしょ」

「ど、どうすればいいんだー!」


 みんなの意見はまとまらない。死を覚悟して戦うのか、それとも命を優先にして降参するのか。選択を迫られていると、また気になる声が聞こえてきた。


「さっさと決めないと、酷い目に合わせてやるぞ!」


 また聞いたことある声だ、これで聞いたことがある声が二つ……二つ? その言葉に私はピンときた。


 そうだ、この声は私たちを監視していた声にそっくりだ。どこかで聞いたことのある声だと思ったら、聴力強化をしている時に聞いた声なんだ。


 ということは、あの時から私たちはこの野盗集団に目をつけられていたってこと? もし、事前にそれを知ることができれば、きっと今この場面は回避できたことだろう。


 でも、今更言っても仕方がない。今のこの場面をどう切り抜けるかが重要だ。野盗を観察して突破口がないか考えよう。


 野盗と言っても、想像よりも綺麗目な服を着ていて、肌も薄汚れていない。なんだか、綺麗目な感じがして違和感しかない。野盗ってこんなに綺麗でいられるんだろうか?


 森にいるんだから、少しの汚れとかついていても可笑しくはない。けれど、そんな汚れは見当たらない。足元が一番汚れると思うんだけど、足元は汚れが少ないどころか何もない。


 可笑しくないかな、森に住んでいるのであればそういう汚れとは無縁でいられるはずがない。相当綺麗な場所に住んでいなければ無理だけど、森にそういった場所はなさそうだ。


 もし、そういう場所があるのであれば、しっかりとした家があるはず。でも、野盗捜索でそういったものが見つけられなかった。じゃあ、この野盗たちはどこから来たんだろう。


 ……町、もしかして町に住んでいるの? いつもは町にいて、町民になりすまし、強奪する時だけこの森に来ているとか。その可能性は大いにある。


 そしたら、汚れが少ないことも説明できる。それに森のすぐ入ったところで事を起こしているのは、町から近い場所だからに違いない。この野盗たちは町から来ている。


 この野盗たちは町に行けば家があって、そこに住んでいる。ということは普通の町民として生活しているんじゃないか? もっと良く観察してみよう。


 前に出てきた三人は体格もいいし、強そうに見える。だけど、他の人たちはどうだ、普通の大人にしか見えない体型だ。町でよく見かける大人の体型、とてもじゃないが荒事を主にやっている人には見えない。


 もしかして、この人たちは普通の町民なんじゃないのか? 普通の町民が野盗集団に扮しているだけで、実際のところ人数の力を使って脅しているだけに過ぎなかったら。


 本物の野盗じゃなくて偽物の野盗だとしたら、この包囲網は簡単に打ち壊せる。なんだったら、全員をやっつけるくらいはできそうだ。冒険者と普通の町民にはそれくらいの力の差はある。


「おら、早くしないと襲っちまうぞ!」


 この人たちは口は出すけど、すぐに手を出さない。荒事は得意じゃないから、そうしているんだ。野盗に扮して大勢で取り囲めばどうにかなってきたんだと思う。


 この人たちはただの町民だ、私は確信した。戸惑うみんなに私は話しかける。


「みなさん、ちょっとこの場は私に任せてくれませんか?」

「リルが?」

「おいおい、大丈夫なのかよ」

「上手くすれば、この包囲網を突破できます」


 みんなは渋い顔をしたが、最終的には頷いてくれた。私はそこで少し前に出る。


「私たちは降参しません。戦うことを選びます」


 はっきりとした口調でそういうと、野盗集団はしんっと静まり返った。そして、堰を切ったように笑い声を上げる。


「お子様が出てきたと思ったら、俺たちと戦うだって!? 無理に決まっているだろう!」

「あはは、可笑しい! 俺たちに勝てると思っているのか?」

「おいおい、こんな子供にお前らの命を預けていいのか? 笑い話にしかならないぜ!」


 野盗集団は大笑いをした。そこで、私はさらに話しかける。


「私は本気です。なんだったら、そこにいる大きな人と戦ってもいいですよ」

「そんなお子様がこいつらと戦うだって? すぐに負けるのが目に見えて、面白くねぇーよ!」

「お前なんて後ろで震えていればいいんだよ!」

「おいおい、それじゃ可哀そうだろう。相手にしてやれよ!」


 相変わらず口は出すけど手は出さない、手を出さない理由がきっとあるはずだ。体格の大きな三人も笑っているだけで、中々手を出してこない。


 そこで、私は剣を抜いてその三人に向ける。


「私から攻撃しますよ」


 これはフリなんかじゃない、本気で戦おうとする。それでも、野盗集団は笑うだけで相手にしようとはしない。完全になめられているけど、その油断は致命傷だ。


 私の考えが正しかったら、この野盗集団はただの町民、力のない人たちだ。そんな人たちが三十人いても冒険者には敵わないと思う、それだけの力量差がある。


 だったら、ここで交戦してもなんとかなるはずだ。私は魔力を高めて、身体超化をした。そして、目にも止まらぬ速さで大柄な野盗との距離を詰め、剣の平らなところで脳天を叩きつける。


「ごっ!」

「がっ!」

「ぐっ!」


 動いて数秒で三人の頭を剣で叩きつけた。不意に強い衝撃を受けた三人は目を白くして、その場に崩れ落ちる。すると、場がしんと静まり返った。


 やっぱりだ、全然手ごたえがない。この人たちは力のない町民だ。まだ正気に戻らない野盗集団は捨て置き、私はみんなに話しかける。


「みなさん、聞いてください。この人たちは野盗集団ではありません、町に住んでいるただの町民です!」

「な、なんだって!?」

「理由は分かりませんが、どうやら町民が野盗に扮しているだけです。ですから、戦っても勝てます!」

「くそっ、その言葉信じるぞ!」


 私の言葉を受けてみんなが臨戦態勢になった。そんな時、ようやく野盗集団は正気に戻って声を上げた。


「お、お、俺たちに勝てると思っているのか!?」

「そうだ、先生! お願いします、先生!」


 野盗の一人が誰かを呼ぶと、後方から一人の男性が現れた。魔法使いの杖を持ちローブを着込んだ人だ。


「この人はな、Bランクの魔法使い様だ! この人に勝てる訳がないだろう!?」


 野盗集団にはBランクの魔法使いがいたみたいだ。Bランク、私たちよりも格上だ。果たして私たちはこの魔法使いに勝てるんだろうか?

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