22.三階の図書室

「お仕事お疲れさまでした。穴の掃除の報酬、6000ルタです」


 ギルドに戻ってきた私は受付のお姉さんに仕事完了の報告をした。昨日と同じ金額を受け取ると、硬貨袋に入れておく。少しずつ重くなっていく硬貨袋にニヤニヤが止まらない。


「そういえば、昨日冒険者登録をしたばかりでしたよね」

「はい。どうしたんですか?」

「ギルドではお金の預かりも行っている事はご存知ですか?」

「え、そうなんですか」


 昨日はそんな話しなかったな、初めての冒険者には説明しないことだったのかな。でも、お金を預かってくれるなんて親切な制度があるんだね。


「リル様はまだ大人ではありませんので、ご自身でお金を持ち歩くのは不安ではないですか?」

「はい、いつも人に見つからない場所に隠しています」

「それでしたら、ぜひギルドに預けてみませんか? お金の管理は全て冒険者証で行っていますので、冒険者証一つでお金の出し入れは自由ですし、ギルドが開いていればいつでも利用可能となっています」


 なるほど、冒険者証がキャッシュカードの役割を持っているんだね。この冒険者証は無くさないようにしっかりと持っていよう。


「では、お金を預けてもいいですか?」

「はい、もちろんです。いくらお預けになりますか?」

「えーっと、8000ルタお願いします」


 私は硬貨袋から銀貨を八枚出すと、お姉さんがそれを受け取り数を数えた。


「確かに8000ルタお預かりいたしました。只今、カードの中に情報を書き込みますので少々お待ちくださいね」


 お姉さんは後ろを向くと、何やら作業を始めた。こちらからは見えないので何をしているのか分からない。きっと冒険者証に情報を入れているのだろう。


 しばらく待ってみると、お姉さんが振り向いてきた。


「冒険者証の更新ができました。この冒険者証を鑑定の水晶にかざすと……このように水晶の中に入金してある数字が浮かび上がる仕組みです」


 水晶の中を見てみると、数字らしきものが並んでいるように見えた。でも、私には何が何だかさっぱりだ。これは早く文字や数字を覚えなくてはいけない。


「色々とありがとうございました」

「いえ、何かありましたらお気軽にお声がけください」


 お姉さんにお辞儀をすると、足早にその場所を後にする。えっと、三階に繋がる階段はっと……あった、あそこだ。


 建物の奥の方に階段を見つけることができた。その階段を昇り、三階に到着した。辺りをキョロキョロ見渡すと、表札のついた扉を見つけることができた。ここかな?


 扉に近寄ってゆっくりと開けてみる。あ、中に本棚がある!


「お邪魔します」


 できるだけ静かに扉を閉めると、扉の近くにはカウンターがあり、そこに一人のおじいさんが座っていた。


「ん、なんか用か?」

「あの、文字を習いに来たんですけど、資料とか貸して貰えませんか」

「ほー、文字か。まだ小さいのに感心じゃな。あそこの席でちょっと座って待っとれ」


 おじいさんは少し驚いたような顔をして、よっこいしょっとイスから立ち上がった。部屋の中央にあるテーブルを指して、どこかに行ってしまった。


 とりあえず、指を差されたテーブルにつき黙って待ってみる。周りの本棚には色んな形の本や紙束があり、何が書いているか興味が惹かれた。でも、文字が読めないから今見ても分からないだろう。


 何だが落ち着かなくてそわそわしていると、おじいさんが薄く大きな木の板を持ってやってきた。


「文字が分からん奴らはみんなこれで勉強したもんじゃ。ほら、これを見て文字を覚えるんじゃよ」


 座っている目の前に木の板が置かれた。その木の板には墨で何らかの文字が書かれていたが、全く読めないでいる。


「おお、そうじゃった。読めないからここに来たんじゃったな、ならわしが読んで教えて上げよう」

「ありがとうございます。早く覚えるようがんばります」


 良かった教えて貰えそうだ。そうだ、早く覚えるためにも図書室以外でも勉強できればいいんじゃないかな。


「あの、この木の板は貸出とかしてくださるんですか」

「悪いね、ここの物は原則持ち出し禁止なんじゃよ」

「そうですか……それなら紙とペンを頂くことはできますか? 今、ここで書いてみて持ち帰っても勉強したいんです」

「それなら大丈夫じゃ。ただし、お金は取るぞ。紙は300ルタ、ペンの貸出は100ルタじゃ」


 良かった、大丈夫だったみたい。硬貨袋を取り出しておじいさんに400ルタを差し出す。おじいさんはそれを受け取ると、カウンターの裏に移動をした。戻ってくるとその手には一枚の紙とペンが握られている。


「ほら、紙とペンじゃ。ペンはこうやって持つんじゃぞ」


 紙とペンを渡されると、おじいさんが持っていた通りにペンを持ってみる。


「こう、ですか」

「そうじゃ、そうじゃ。じゃ、一文字ずつ教えていくぞ」

「はい、お願いします」


 そして、勉強が始まった。


 おじいさんが一文字を口にすると、私がそれに続いて口ずさむ。それからペンを使って一文字を書き出していく。スラスラ書く様子におじいさんは感心したように唸った。


「うーむ、手先が器用なのかな。ペンの持ち方が様になっとるわ。字も綺麗になぞれている」

「ははは、おじいさんの教え方が分かりやすかったんです」


 あ、危なかった。まさか前世でペンを使っていたんですって言えないよ。うぅ、変に思われてないかな。こんなことで天才とか神童とか言われないよね。私は普通、私は普通。


 ちょっとドキドキしたけど、勉強は順調に進んでいった。どうやらこの国の文字はひらがなみたいな様式をしている。一文字で一音をあらわしていて、たくさんの文字を合わせて単語にしている感じだ。


 文字以外にも数字と記号がある。数字の数は10個あり、覚えるのは簡単そう。


 記号というのは冒険者ランクやステータス画面で出てきた文字のこと。こちらは20個以上あるけれど、おじいさんの話だと全部覚えなくても大丈夫だそうだ。日常で使うとなれば冒険者ランクやステータス画面に出てくる記号の意味と順番を覚えておけばいいらしい。


 集中して教えて貰うと、あっという間に全てを書き切ることができた。あとは忘れない内に頭の中に叩き込むだけだね。


「おじいさん、教えてくれてありがとうございました」

「いいんじゃよ。こうして教えるのも、いい暇つぶしになっているしな。それに文字が分からないっていう人は結構来ているから気にしなくてもいい。これがわしの仕事みたいなもんじゃからな」

「そうだったんですね。ギルドには色々と助けられてます」

「まぁ、がんばりなさい。ここには色んな資料もあるから、困ったことがあったらなんでも調べにきておくれ」

「はい、必ずきます」


 ギルドは本当に手広くやっているんだな。お陰ですっごく助かっちゃった。文字を覚えたら、今度は魔法のことを調べに来よう。魔法も使いたいなぁ。


 夕暮れになる前に集落に帰らなくちゃ。その前に、ご飯を食べに行こう。今日は昨日とは違う場所に食べに行ってみようかな。

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