4.草を刈ってベッドを盛る
水汲みの翌日、私は生活向上の行動に移った。
まずできることはベッドにもふもふ感を得ることだ。私のベッドはむき出しの地面に薄くばら撒いた枯草の上。ほぼ地面と変わらない固さという悲しい現実。そこで、草を刈ってそれをベッドの上に敷き詰めようと思う。これで固い地面からおさらばできると信じている。
さて、草を刈るために必要なものがある、鎌だ。ここは難民集落、鉄道具すら貴重品でこれも一か所に集められて管理されている。配給された大事な道具だ、当然こちらにも日替わりで見張りもいる。
昼の配給を食べ終え、道具が保管されている掘っ立て小屋に辿り着くと一人のおじいさんが地面に座っていた。
「すいません、鎌を貸して下さい」
私が声をかけるとようやく顔と顔が合う。だが、その見張りのおじいさんは私を見るなり怪訝な顔をした。
「リルか……すまんがおまえさんには貸せないな」
「えっ。もしかして、両親が原因ですか?」
「そうだ。リルの両親が手伝いをしないのは集落として非常に困っているんじゃよ。そんな家族に貸せるものはない」
「そうですか……」
ここでも両親のことが話に出てくる。両親が手伝いを止めたのは大分前なのだろうか、憎悪が思った以上に積もっているようだ。
何もできなかったことが悔しくて手を握り締めた、その時。
「じゃが、昨日からリルはお手伝いを始めたんじゃろ。貸して欲しければ、一週間くらい水汲みの手伝いをしなさい」
「……ダメじゃ、ないんですね。ありがとうございます、私頑張ります」
救いの言葉に私は縋りついた。おじいさんの話を真剣に聞き、強く頷いて見せた。
「わしらはちゃんと見ているからな。悪いことも、良いこともじゃ」
「分かりました。両親がご迷惑をおかけしました」
私は深々と頭を下げて、その場を後にした。向かう先はかまどの傍にいる女衆のところだ。事情を話して水汲みをしなければ。
◇
失った信用を取り返すのは大変だ。信用がなければ道具も借りられない、道具が借りられないと生活向上なんて夢のまた夢だ。改めて自分が、自分たち家族が置かれた状況を身に染みて理解できた。
中々思うように進まなくて悔しいな。おのれ、両親め……いつかギャフンと言わせてやる。とにかく今は私がしっかりしないといけない、絶対に負けるものか。
私は空腹と疲労に耐えながら一週間の水汲みをした。大人に混じって水汲みをしていると嫌でも視線が子供の私に集まってくる。労りの言葉なんてない。むしろ当然の結果だという冷めた目で私は見られていた。
もしかしたら、私が動かなければ集落会議にかけられて、集落追放になっていたかもしれない。こんな集落でも生きていくのに必要最低限のものはある、大切な場所だ。追放された時のことを考えるとゾっとしてしまう。
前世の記憶を思い出さなければ、本当に危ない所だった。
だけど、水汲みを一週間続けると嫌な視線がなくなり、和らいだものになってくれた。おじいさんの忠告は正しかったようで、良いことをすれば嫌なことが減っている。
今度からは自分のことだけでなく周りのことも手をかけたほうがいいと実感した。ここでは一人で生きている訳じゃないから、私も誰かのために動かなきゃダメだよね。
そして、約束通り一週間の水汲みを終えて再び倉庫の前に来た。そこには前と同じおじいさんが座っている。おじいさんがこちらに気づくと、表情を少しだけ緩めてくれた。
「リルか、話は聞いているぞ」
「はい。あの、それで……」
「あぁ、確か鎌だったな。ちょっと待っていなさい」
何も言わなくてもおじいさんは動いてくれた。よっこらしょ、と立ち上がると倉庫の扉を開けて中に入って行く。しばらくすると、片手に鎌を持って現れた。
「しつこいようだけど、お手伝いはしっかりと続けるんじゃよ。ここは誰もが協力しあってこそ生きていける集落だ。あの両親がやらないのであれば、リルがしっかりするんじゃ。分かったな」
「はい、分かりました」
「不安だろうが、おまえさんはできることをきちんとやりなさい」
真剣に話してくれて、私も身が引き締まった。水汲みは大変だったけど、おじいさんのお陰で集落内の視線が痛いものじゃなくなったのはありがたかった。
差し出された鎌を大事に受け取ると、深くお辞儀をしてその場を後にする。
◇
よーやく、よーーーやく借りられました鎌!
本当に水汲みは大変で、毎晩お腹をすかせて寝ていたのが何よりも辛かった。水汲みの最中に木の実を取ってなんとか飢えをしのいでいたから頑張れたんだけどね。
自分のことも大事だけど、信用はもっと大事だと気づかされた。信用があるのとないのとでは生き辛さが全然違うことに気がついたの。本当に穴が開くんじゃないかって思うほど、水汲みの時は監視されていたんだと思う。私の人生のメモに書いておこう、信用第一。
借りてきた鎌も傷をつけないように注意しないと。村の大事な道具を借りているわけだし、丁寧に扱わないとね。
「よし、やりますか」
家の裏手に回ると30cmほどの雑草が一面に広がっている。これらを刈れば、今日の寝心地は各段に良くなるだろう。
本音を言えば枯草にしてから敷き詰めたかったが、枯草になるまで待っていられないほどこの体の疲労は溜まっている。今日こそはフカフカの草の上で寝てやるんだから!
「ふん」
腕まくりをしてしゃがみ込む。草を掴んで根本に鎌の刃を当てて引き抜くと、スパッと草が切れた。
「ふぁー、なんか気持ちいい」
思わず間抜けな声が出てしまった。でも、今のは不可抗力だ。草を刈るのがこんなにも気持ちいいなんて知らなかった。
草を掴んで、刃を当てて、スパッ。んーー、やっぱりいい。
草を掴んで、刃を当てて、スパッ。草を掴んで、刃を当てて、スパッ。草を掴んで、刃を当てて、スパッ。
黙々と雑草を刈っていき、刈った草は一か所に集めて置いておく。時間が経っていくと小さな草の山ができ始めてきた。でもこんなんじゃ全然足りない。もっと欲しい、もっと欲しい。
そうして私は草をずっと刈り続けた。
「はぁー、疲れたー。どれくらい溜まった……わっ!」
草の小山がしゃがむ私の頭の高さになっていて声を上げて驚いた。いつの間にかこんなに刈っていたなんて気づかなかった、どうりで腕と手が痛いわけだ。
おそるおそる、小山の草に手を押し当てると――フサァッ。
「わわっ、すごい!」
フサァッ、フサァッ。ビックリするほどの柔らかさに押す手が止まらない。やだ、なにこれ、気持ちいい。草臭いけど。
一心不乱に草の山を押していると、急に我に返った。
「あ、鎌を返しにいかなきゃ」
危ない、遅くなって返しそびれてしまったら折角の信用を失ってしまう。私は草をそのままにして鎌を返すために駆け足でその場を離れた。
◇
鎌を返し終えると、草の山のところまで戻って来た。その頃には夕日になり、辺りが赤く染まる。
「後は草をベッドに敷くだけね」
両手で草山を持ち上げるが半分も持ち上げられなかった。仕方なくそのまま家の入口まで回り込み家の中に入って行く。家には両親がおらず、何か言われることもないのが嬉しい。このまま帰ってくる前までには敷き詰めておきたい。隣の部屋に行き自分のベッドの上にばら撒く。
その作業を三回繰り返すとようやく終わった。地面に座り込み自分の体に合わせて広げて形を整える。広げて叩いて、広げて叩いて。
すると5cmくらい厚さのある草のベッドが完成した。
「ふぁぁぁっ」
これ上に乗ってもいいんだよね、いいんだよね、乗っちゃうよ。
「えいっ」
私は草のベッドにダイブした。フサァッとした感触が体を包み込み、土の固さなんて全く感じない……大成功だ!
「んふふ~」
草臭いけど、この柔らかさは癖になる。次は食料の調達でもして……あー、このまま寝て――すやぁ。
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