26 共通点


 その後も、ハルとの時間は続いた。

 雑貨を見たり、昼食を食べたり、ハルの化粧用品を見るのに付き合ったり。

 とりとめもない誰もが送るような日常を二人で過ごした。

 そうして時間が過ぎ去るのは早く、いつの間にか夕暮れ時を迎えていた。


「そろそろ帰りましょうか」


「そうだな、ちょっと疲れたし」


 一日出歩いていれば疲労も溜まる。

 帰りも同じようにバスに乗った。

 今回も窓際は私だった。


「どう、楽しかった?」


 喫茶店では私が答えた質問だけれど、ハルの答えは聞いていなかった。

 だからハルが今日一日を通してどう感じたか確認してみる。


「うん、久しぶりに楽しかった」


「そう……」


 自分で聞いておいて何だが、そんな素直な返事がくるとも思っておらず反応に困った。

 でも彼女にとって良い一日になったのなら、それは私にとっても喜ばしい。


「また遊ぼうな」


「……そうね」


 断る理由はなかった。







 ずっと一緒にいてたくさん話したせいか、帰りは会話が少ない。

 それでも、この無言の間に居心地の悪さは感じない。

 流れていく景色は夕暮れ色に染まり、どこか哀愁も感じる。

 それは夕日のせいなのか、それともハルとの休日に終わりを迎えているからなのかは、よく分からない。


 今なら、聞きたかった事を聞けるだろうか。


「ねえ、ハルって前の学校で……」


 ――とん、と肩に重みが加わる。

 何かと思えばハルの頭が私の肩に乗っていた。

 

「ハル……?」


 “すぅ……”と、寝息の立てる音が聞こえてくる。

 ハルは、目を閉じて体を私に預けていた。


「……疲れたのね」


 慣れない街で、久しぶりの遊び。

 上機嫌だったハルは、いつも以上に疲労を溜め込んだのかもしれない。

 そこまで楽しんでもらえたなら嬉しいなと思う。


 窓から差し込む夕陽は、ハルの金色の髪を一際輝かせる。

 その先にある端麗な容姿は、瞼を落とし、眠りの世界に誘われている。

 そこから伝わる呼吸の音、体の重さ、体温。

 どれもハルそのもので、その全てを私が受け止めている。


 しばらくそうして時を刻んだ。




        ◇◇◇




「ハル、ついたわよ」


「え、おっ? おおっ」


 声を掛けるとビクリとハルが跳ね起きる。

 少しだけ周囲を見渡してすぐに状況を把握した。


「あ、ごめん。寝てたみたいだ」


 反射的に起きたから、私にもたれかかっていた事には気づいていない。

 特段、教える必要もない。


「いいのよ」


 二人でバスを降りた。


「すっかり暗くなってきたなー」


 日も沈みかけ、夜の帳が下りてきそうだった。

 既に街灯の電気は付いていて、周囲の道を照らしている。


「そうね、急ぎましょう」


「変な男に襲われたら大変だもんな」


 ……私には、そんな事は絶対起こらないだろうから心配すらした事ないのだが。

 ハルなら、有り得そうな話だ。

 むしろ、ハルは変な人を寄せ付けてしまいそうな見た目をしている。


「そんな経験あるの?」


「いやいや、さすがにないけどさ。男ってケダモノじゃん? 物騒な話も聞くし、身構える時はあるよね」


 “男ってケダモノ”

 それは、一般論か、彼女の経験談によるものか。

 普通に考えるならば、女性として魅力的な彼女がそういった経験があったとしても不思議ではない。

 もしかすると、聞くタイミングは今なのかもしれない。


「ハルって、その……そっちの経験ってあるの?」


「うわ、いきなり聞くじゃん」


 そ、そうだったのか……。

 タイミングとしては合っていたようにも感じたのだけれど。

 ハルの驚いている声を聞いて、自分が早まったのかと羞恥心に襲われる。

 さっきまで合わせていた目も、途端に見れなくなってしまった。


「いえ、てっきり、話し的にそう思うじゃない……」


「気になるんだ?」


「……」


「気になるんだろ?」


 顔を覗かれる。

 私の反応を楽しんでいるようで、居心地は悪い。

 さっきは無言すら気にならなかったのに、今ではその視線すら気になってしまう。

 関係性というものは、本当に移ろいやすい。


「そりゃ、多少は気になるけれど……」


 ここまで来て誤魔化す事も出来ない。

 なし崩し的に、白状するしかなかった。


「品行ほーせーなみおちゃんは、こういう下ネタ好きじゃないと思ってたから遠慮してたんだけど。やっぱりちゃんと女子なんじゃん」


 “ちゃんと女子”の定義に関してはさっぱり分からないが、気になっている事は間違いない。

 だが、それはハルだからで。

 他の誰であっても気にする事はなかっただろう。


「い、言いたくないら別にいいわよ。話の流れで聞いただけだから」


 そう、別に無理に聞き出す必要はない。

 仮に経験があってもなくても、それは私には関係のないこと。

 これからのハルとの関係性を築いていく上で、過去の事なんて些末な事に過ぎない。


「ないよ」


「……え?」


 予想外の答えに、思わず聞き返す。


「だから、ないって。ていうか付き合った事もないし」


「……ないの?」


 付随してきた情報にも疑問符を打つ。

 どれも反対の答えを想像してただけに、その答えは驚きに満ちている。


「だって散々、色目使われてきたんだぜ? あたし的にはそれって防衛対策みたいなもんなの。”あ、こいつあたしの事を中身で見てねぇな”っていうね。そんな奴ら相手にさ、付き合おうと思う?」


「そ、そうなのね……」


 ハルは外見を磨いているのに、その外見ではなく中身を見ようとする人間を見定めているらしい。

 そんなトラップにより、数々の男たちが門前払いを食らってきたようだ。


「そういうこと」


「意外ね」


「ふん、いいだろ別に。あんまり何回も言わせんなよ、ギャップあるのは自覚あるし恥ずかしいんだから」


 ……そうか。

 ハルにはまだ恋人との経験はないらしい。

 ただ、それを知っただけ。

 あってもなくても、私には関係のないこと。

 これからのハルとの関係性にも影響しないことのはずなのに。


 どうしてだろう。

 こんなにも心が弾むのは。

 安心、共感、高揚。

 そんな感情が私の心をくすぐる。


「……ちなみに、私もよ」


「あ、分かってる。それはさすがに」


 私の感情は一瞬にして固まる。


「……悪かったわね、イメージ通りで」


「いや、いいじゃん。仲間同士うまくやれそう」


 そうだと願いたい。


 暗い夜道、疲労で重たいはずの足取り。

 それがどうしてだろう。

 暗さも感じず、足は羽のように軽い。

 ハルにもたらされる感情は、どんな形にでも変化を遂げる。

 そんな七色の感情に、私は満たされている。

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