25 自分以外の誰かと
「ふぃー、なんか疲れたなぁ」
ハルはドガッと革張りのソファに腰を下ろす。
喫茶店に入り、小休止することになったのだ。
木材を基調としたインテリアに暖色系のライティングがぬくもりを感じさせる店内だった。
「なんでハルがそんなに疲れるのよ」
試着室で色々された私の方が絶対に疲労がたまっている。
しかし、ハルはトップスの胸元をパタパタと煽いでいた。
暑かったのかもしれないが、目のやり場に困る。
「いやー、知らない場所を歩くってだけでも結構疲れるもんだよ? 試着室では色々あったし」
「誰のせいよ、誰の」
「
「誘惑なんかしてない」
私も腰を下ろし、ハルの対面に座る。
プレゼントしてくれた事には感謝しているが、それとこれとは話が別だ。
「まあまあ、過ぎた事はいいじゃん。何飲む?」
ハルはメニュー表を広げる。
また話を無理やり切られたような気もするが、仕方なしに私も視線をそちらに送る。
「カフェラテでいいわ」
「へぇ、そういう感じ」
「どういう感じよ」
「単純にコーヒーとか飲める人なんだなって。言っても、まだお互いの事そんな知らないじゃん? だから発見があるよね」
確かに私とハルは出会ってまだ数か月。
知らない事なんて山のようにあった。
「あたしはクリームソーダでいいや」
「子供なの?」
喫茶店であえてジュースを飲むのか。
いや、そういう人もいるかもしれないけど。
特段イメージもなく、意外だった。
「コーヒー入ってると苦いじゃん」
「やっぱり子供じゃない」
「大人マウントとるな」
「カフェラテは甘いから、これくらいで大人ぶれないわ」
「それが大人ぶってる事に気付け」
「子供な人はそう感じてしまうのね」
「あ、ムカつく」
そんな、軽口を言い合う。
気付けば、喫茶店で談笑できるくらいの仲になっていた。
どんどん縮まっていく距離感が心地よい。
朝から畳みかけるように出来事が押し寄せて、思い出が積み重なっていく。
「こういうのもウケるね」
そう言ってハルは笑う。
お互いに同じことを感じていた。
距離が縮まれば縮まるほど、知りたい事も増えていくのはどうしてだろう。
「ご注文のカフェラテとクリームソーダでございます」
店員さんが注文した品を運んできてくれる。
バニラアイスと緑色の炭酸はグラスを透過していて清涼感があった。
それに比べると、私のコーヒーの茶色はどこか甘ったるい。
見た目は案外、中身に通ずる所がある。
「うめぇーっ」
「はしたないわよ」
なら、ハルはどうだろう。
端麗な容姿に、派手さと露出が加わった服装、女性らしい体つき。
見た目が中身に通ずるのなら、そんな彼女の人間性はどう捉えるべきか。
『前の学校ではけっこー声かけられたかも』
バス停での会話が頭をよぎる。
距離が縮まった私達だが、その積み重ねはまだ浅い。
ハルは多くの時間を、私の知らない場所で過ごしてきた。
そこにどんな出会いがあったのだろう。
どんな人と繋がっているのだろう。
……恋人は、いるのだろうか。
「あたしと付き合ってみてどーよ?」
「え? 付き合う?」
心臓が跳ねた。
「ん? いやだから、今日一緒に遊んでみてどうって聞いてんの」
「あ、ああ……」
当たり前だ、いきなりそんな話しになるわけがない。
今の私はどうかしている。
「ええ、楽しいわね」
「だろ? あんなお堅い連中といるより、あたしといた方がいいと思うけど」
お堅い連中……というのは生徒会の事だろう。
ハルの言い方に棘がある時は、だいたいあの人達の事を指している。
「青崎先輩も結崎もいい人たちよ」
結崎とは最近、険悪だが。
まあ、アレも根が真面目だからだ。
いい人という評価も嘘ではない。
「へえ、そっちの肩もつんだ」
「肩を持つというか……生徒会なんだし、仕方ないじゃない」
「辞めりゃいいじゃん」
「簡単に言うわね……」
生徒会を自主的に辞めるなんて聞いた事がない。
他の人もなりたかったポジションを、代表して私がやらせてもらっているのだ。
簡単に投げ出すような無責任な事は出来ない。
「人生一瞬だろ、つまんねぇ奴らといたらそれだけで時間が過ぎちゃうぞ」
「つまらない事ないわよ」
個性に富む二人だし、生徒会の仕事は大変であってもつまらないという事はない。
「へー、そー。あたしより楽しいわけだ、ふーん」
ズズッ、とハルがストローでメロンソーダを勢いよく吸う。
何か思っている事を全て吸い込んでいくような、そんな代償行為にも見えた。
「何か、不満なの?」
「べっつにー。澪は何だかんだ言って青崎優先なんだなぁって」
「そういうわけじゃないわ」
「じゃあ、どういうわけさ」
「生徒会の活動だからに決まってるでしょ」
「そう言ってれば、もっともらしく聞こえるもんな」
生徒会や青崎先輩の話を持ち出すハルは大体、不機嫌になっている。
私が、青崎先輩や結崎と会う事が不満なのだろうか。
「どうしてそんな困る事を言うの?」
「ただ、ちょっと思っただけー」
ハルは頬杖をついて窓の外を眺める。
それは露骨に私の視線から逸らす行為、言わば拒絶の姿勢。
それなのに、私はそのハルの態度に嫌な感情を全く感じていない。
だって、それはもしかしたら、本当に自惚れになるのかもしれないけれど。
私が他の人と過ごす時間に、ハルが嫉妬している。
その感情をコントロール出来ずにいて、あんな態度を取ってしまうのだとすれば?
だとすれば、さっきまでの私と似ている。
他の誰かと繋がっている事を想像して、沈みそうになる気持ち。
そんな気持ちすら、私たちは共有しているのかもしれない。
「ハル、貴女って結構可愛い所あるみたいね」
「なんでこの会話の流れで、そんな発言が飛び出すんだよ!」
言われ慣れているだろうに。
可愛いの一つでこんなにも声を荒げるハルを見ていられるのは、今は私だけだ。
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