18 用事の前に


「ふぁー、休みってサイコー」


 週末の土曜日。

 学校は休みで、学生であれば喜びに羽を伸ばす時間。

 ハルはその例に漏れず、休みを楽しんでいるようだった。


「……やってる事は、いつもと同じように見えるけれど」


「ふふっ、気分だぜ気分。何もない日にダラダラするのがいいんだよ」


 ソファに寝ころびながら大きく伸びをしているハル。

 今日はクロップド丈のトップスにショートパンツ。

 体のラインは強調されるわ、おへそは見えてるわで、私は視線に困るのだった。


「言ってることは何となく分かるけれど、その恰好は何なの?」


「うん? 気分転換、平日と休日も同じ格好してたらつまんないじゃん」


 私的にはただ露出度が増しただけなのだが、どうやらハルの中では明確な違いがあるらしい。

 服装にこだわらない私にはその機微は分からない。


「そういうみおこそ、何だその恰好。同じすぎてヤバいだろ」


「……私の恰好に何か問題でもあるかしら?」


「何で休日に着てんのって言ってんだよ」


 そう、私は休日でも制服を着ていた。


「外に出掛けて行く私服がないからよ」


「……マジか」


「冗談に決まってるでしょ」


 まさか、本当に信じるとは思わなかった。

 そこまでファッションに疎いイメージでも持たれているのだろうか。

 勿論、自分がお洒落しゃれなんて一ミリとも思っていないが、そこまで壊滅的とも思っていない。

 一般人くらいのレベルのはず。

 それだけにショックだ。


「いや、分かりづらいからっ」


「……ハルが私の事をどう思っているのか、何となく分かった気がしたわ」


「お、おいっ、地味に傷ついてんじゃねーよ。反応に困るだろっ」


 反応に困っているのは私の方だ。

 こんな事を言われた経験があるなら教えてもらいたい。

 どうメンタルをコントロールをすればいいだろうか。


「話し方のトーンが常に同じすぎんだよっ、冗談なら冗談っぽく言えよなっ」


「……なるほどね、どうあっても非は私にあるという事ね」


「あ、ちがっ、ごめんって。そんなつもりじゃないって」


 もうこの会話はやめておこう。

 掘れば掘るだけ、私が傷つく以外の選択肢がないような気がする。


「学校に行くのよ」


「え? 学校?」


 登校するために制服を着たのだ。

 それくらいは最初に察して欲しかったが。


「休みだろ? 何で行くんだよ」


「生徒会よ」


 その単語を聞いた途端に、ハルは“うええっ” と舌を出す。

 生徒会に対する毛嫌いが過ぎる。


「おいおい、休みの日まであんな辛気臭いヤツらと一緒にいんの? 正気かよ」


「……あんまり人の事を悪く言うものではないわ」


 それ以上の言葉が出てこないのが自分でも不思議だった。

 少し前の自分なら結崎ゆいざきはともかく、青崎あおざき先輩を悪く言われたなら、それこそ激昂していただろうに。


「休んじまえよ」


 ハルは休む事に対して抵抗感がないため軽々しくそんな事を口にするが、そういうわけにもいかない。


「青崎先輩の呼び出しなのよ、無視するわけにはいかないわ」


「青崎か、はー、洗脳されに行くのか?」


「貴女、青崎先輩に対して悪いイメージを持ちすぎじゃない?」


「アイツは胡散臭い」


「結崎は?」


「面倒くさい」


 ……すごいな。

 生徒会メンバーに対してとにかく負のイメージが強い。

 その中でこうして普通に話せている私との違いって何なのだろうか。


 まあ、どう考えても義姉あねである事しかないのだけれど。

 そう考えると、ハルが義妹いもうとで良かったのかもしれない。

 もしそうじゃなかったら今頃の私たちは、きっと……。


「とにかく、それでも私は行くわ」


「はー……なんか知らんけど、そんなことして楽しいか?」


 楽しい……楽しいか。


「そういう感情で、物事を捉えた事がないわね」


「おいおい、冗談でしょ。楽しくない事やってどうすんのさ」


 世の中、楽しい事ばかりやっていられるわけじゃない。

 けれど、生徒会は誰かに強制されたわけでもない。

 私が望んでやったことだ。

 そして、その望みは青崎先輩が憧れだったからだ。

 今はその憧れをハルに否定されても、心に波風が立ちにくくなっているのだけれど。


「必要な事なら、楽しくなくてもやるわ」


「あたしは楽しい事こそ、必要な事だと思うけどな」


 なるほど。

 言葉の順番を入れ替えただけのお遊びのような会話なのに、随分と意味合いが異なって聞こえる。

 私にはそんな余白が必要なのかもしれない。


「考えてみるわ」


「あー、そうしな」


 居間を後にする。

 ローファーを履いて、玄関の扉を開けた。

 照りつけるような日差しを浴びて、私は学校を目指す。

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