12 関係性


 翌日の学校。

 白花しらはなハルは遅刻せず登校した。

 それは良い事で、何も問題はない。


 問題があるとすれば、彼女の制服の着こなし方だ。

 いつも通りの短いスカートに、ブラウスもブレザーのボタンも開いている。

 全て元通りになっていた。


『一歩進んでも、また一歩下がったら結果は何も起きてないと同じなんですよ』


 思い出したのは結崎ゆいざきのセリフ。

 彼女の発言は的中、まさしく何も起きていない状況が完成していた。

 “白花ハルは唯一私の言う事を聞く”と自分で言ってしまった手前、この状況は非常に気まずい。

 何であんなことを言ってしまったのか。自分でも後悔している。

 とにかく、この状況を放置しておくわけにはいかない。


 昼休みに入り、私は席から立ち上がる。

 斜め向かいに座って、ポチポチとスマホを触っている金髪の背中に近づいていく。


「ちょっと」


「……んあ?」


 白花ハルは気の抜けたような返事をして振り返る、その先の私を見て少しだけ目を見開いていた。


「今日は教室で声掛けてくんの? 珍しい事って続くね」


 “今日は”とか“教室で”とか言うな。

 他の所では声を掛けているように思われる。

 周りにクラスメイトがいるのも配慮してくれ。


「その制服」


 私が白花ハルの体を指差すと、自分の身なりを見て数回瞬いていた。


「……あー。昨日直したじゃん」


 そして、とんでも理論を展開する。

 誰がその場の注意だけで済ますと思っている。


「常に直さないと意味ないでしょ」


「いやいや、こんな暑いのにムリでしょ」


 パタパタと手で自分を煽ぎだす。


「それで規則を破っていい論理が通るなら、私服も有りになってしまうでしょう」


「おー、いいね。そういうのアリだと思うよ」


「物の例えを本気で受け取らないでくれるかしら?」


「じゃあ、あたしにも分かるように言ってくれない?」


 ダメだ、こうなった白花ハルとの会話は平行線を辿る。

 気づけば周囲の視線も集まっている。

 いつもぶっきらぼうで淡々とした口調の白花ハルが、今は感情が乗っているからだろう。

 しかし、その手の注目は私の望む所ではない。

 いつ秘密が露呈するか分かったものではないからだ。


「暑いのならブレザーを着ているのはおかしいでしょう」


 本当に暑いのならブラウスだけで過ごせばいい。

 だから、白花ハルはテキトーな理由をでっち上げているだけなのだ。


「え、なに? 脱いで欲しいの?」


「……貴女ね、そんな事は言っていないでしょう」


 まずい。

 これでは昨日の流れになってしまいそうだ。

 考えないようにしていたのに、こいつはわざと話の流れをそっちに向けていく。

 その証拠に白花ハルはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ始めていた。


「そっかそっか、ボタンを閉めて欲しいのも肌が見えてるとあたしに興奮しちゃうからか?」


 ……こいつ。

 本当にどこでもお構いなしに自分の話をし始める。

 公共の場だという認識はないのだろうか。


「あはは、冗談じゃん。そんな怖い目すんなって」


 私の感情が目に宿っていたのか、白花ハルは軽快な口調で笑い飛ばす。

 軽快なだけあって緊張感も感じない。


「あー、あたしトイレしたいから。じゃね」


「え、あ、ちょっと……」


 そんな軽いノリで白花ハルは席を立つ。

 何食わぬ顔で教室を後にする白花ハルを見て、どうしたものかと数舜の迷いが生じた。

 席に戻るべきか、追いかけるべきか。

 いや、どうせ彼女が直すまで私は追求しなければならない。

 それなら、いちいち声を掛ける方が目立つだけ。

 事を済ませるなら早めの方がいい。

 姿を消した白花ハルを追いかけて廊下に出る。







「白花ハル……あなた、青崎あおざき会長に制服を正しなさいと言われたばかりでしょう!?」


 すると、数メートル先で白花ハルに声を荒げている結崎叶芽ゆいざきかなめがいた。

 白花ハルの方が背が高いために、こちらからは結崎の姿は見えないが、声で判断した。


「ああ? 誰だお前」


「なっ……わたしを知らない? 生徒会書記の結崎叶芽よっ」


「知らね」


「こっ、これだから問題児はっ……!」


 白花ハルは生徒会メンバーと争わなければならない宿命でも背負っているのだろうか。

 というか、どうして常に高圧的な態度しかとれないのか。

 あまりに物騒な剣幕のせいで、私は声を掛けるタイミングを失ってしまった。


「そういうの聞き飽きてるから、用ないならどけてくんない?」


「どくわけないでしょっ。まずその制服を正してからにしなさいよっ」


「……ちっ」


「え、あ、こらっ!」


 白花ハルは露骨な舌打ちをして、結崎の横を通り過ぎようとしていた。

 無視を決め込もうとしているようだが、それを結崎が認めるわけもない。

 止めに入った結崎に腕を掴まれていた。


「……」


 その掴まれた腕を、白花ハルは鬱陶しそうに凝視する。


「触んな」


「え?」


「触んなって言ってんだよ」


「……え、な、なによっ」


 白花ハルは眉間に皺を寄せて結崎を睨みつけていた。

 上背が遥かに高い事や、高圧的な態度、規則に従わない人間性の彼女に睨みつけられ、さすがの結崎もたじろいでいた。

 今にも喧嘩になりそうな雰囲気に、私も内心慌て始める。


「ちょっと貴女、何をしているの」


 二人の間に割って入り、結崎が掴んでいた手を離させる。

 結果、私が白花の手をとる形になったが、白花は目を瞬かせるばかりだった。


「あんたはあたしの出来事に首を突っ込みたい人なの?」


 そんなわけあるか。


水野澪みずのみお……どこが白花ハルは言う事を聞くのよ! 何も変わっていないじゃないっ!」


 少し距離が開いた結崎は、これみよがしに私への非難を開始する。

 言っていることはその通りなのだが、そもそも問題は白花ハルにあるのであって私を訴えるのは筋違いだろう。

 言いやすい相手にだけ声を荒げるのはやめてもらいたい。


「へえ、言う事聞くって? あたしが、あんたの?」


 そして、これまた面倒な相手にその発言を聞かれてしまう。

 なぜか白花ハルはニヤニヤと再び嫌な笑みを浮かべている。


「……まあ、割とそうでしょ」


 体調不良は申告するようにしたり、制服を正したり。

 他の人よりかは言う事を聞かせている自負はある。

 あんまり自慢にならない自負だが。


「言う事聞かせたいわけ? なにそれ、独占欲てきな?」


 ああ、出たよ。

 白花ハル独自の理屈が。

 これを否定するのは骨が折れる。

 というか、この場でそういう発言は――


「独占欲? 水野澪、あなた白花ハルとどういう関係なの?」


 ――後ろにいる、結崎叶芽が変に勘繰るからやめて欲しいのだ。


「どうって、まあ、あたしはこいつの……」


 おいおいっ。

 勢いで言う気か、こいつっ!?

 姉妹関係なのは暗黙の了解で秘密じゃなかったのか。

 今にも口に出しそうだったので、慌てて白花ハルの腕を引く。


「ちょっと、来なさいっ」


「え、おい、腕痛いんだけど」


「いいからっ!」


「ああ……はいはい……」


 ぐいぐいっと引っ張っていく。

 とりあえず人がいない所に連れて行かないと、こいつが何をカミングアウトするのか分かったもんじゃない。


「お前は来んなよ」


 そんな私の意図を察してくれたわけではないだろうが、白花は結崎を睨み続けていた。

 多分、純粋に結崎が気に入らなかったのだろう。


「な、なによ……何なのよっ!」


 地団太を踏む結崎を背に、私は白花ハルを連れていく。

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