11 熱


「馬鹿なことを言わないで」


 またも反射的に、私は否定していた。

 それでも白花しらはなハルがニヒルな笑みを絶やすことはない。


「じゃあ、なんで胸ばっか見てんだよ」


「見てないわ」


「いーや、見てたね。それとも無意識で見てたの? それはそれでスケベだね」


 さっきから彼女の思うがままに話が進んでいる。

 胸を見てしまったのは事実だけれど、そこに性的興奮など覚えていない。

 ただ、人より豊かな物を持っていると無意識で気になっただけだの事だ。

 そんな珍しい反応ではない。


「からかわれるのは好きじゃないわ」


「からかってるつもりはないけどな。あたしは本気で言ってるから」


 どっちにしてもたちが悪い。

 こんな浮ついた会話を本気でするなんて、どうかしている。


「別に触りたかったら、触らせてもいいぜ?」


「……は?」


 一瞬、言葉が音としてだけ聴覚を刺激し、意味の理解が追い付かなかった。

 頭の中で反芻はんすうする事で遅れて理解し、でもやはり意味が分からなかった。


「胸、そんなに気になるなら触らせてやってもいいって言ってんだよ」


「……バカなの?」


 やはり白花ハルは頭がおかしい。

 この話を何をどう展開させたらそんな結末に行き着くのだろう。

 しかし、そんな私の戸惑いなど意にも介さずに白花ハルは近寄ってくる。


「ほらよ」


 白花ハルはぴんと胸を反らす。

 背中が伸びて、胸の隆起が強調される。

 ブラウスの皺が伸びて、胸の形が露わになっていた。


「やっぱ見てんじゃん」


「あ、貴女がおかしな事をしているからでしょっ」


 おかしい。

 どうして私はこんなに語尾を荒げて、必死に否定しているのだろう。

 本当に興味がないのなら、冷めた目でどうでもいいと白花ハルに告げればいいだけだ。

 それもせずに、心臓の拍動が増え続けて、体が熱を帯びていく。

 自身の変化、その理由が分からずに眩暈を起こしそうだった。


「おかしくはないだろ。あんたが気にしてるから、確かめさせてやるってだけの話。シンプルだろ?」


「ひゃっ……百歩譲って、仮にそうだったとしても。それを貴女が肯定する必要も理由もないじゃないっ」


 そうだ。

 白花ハルにとって、こんな行動をとる理由がない。

 だから違和感が生じる。

 私を陥れようとしているとしか思えないのだ。


「理由? 理由なら色々あるけど、まあ一番は今日のことかな。学校での青崎あおざきに絡まれてる時、あたしを助けてくれただろ?」


「そのお礼をってこと?」


「まあ、そーいうこと」


 私が白花ハルを助けたのだとしても、そのお礼が胸を触らせるって何だ。

 そんなお礼何て聞いた事がない。

 そもそも、アレは私が勝手にやった事なのだから彼女が恩義を感じて何かを返そうとする必要もない。


「別にお礼をされるようなことはしていないし、そんなお礼も必要ないわ」


「素直じゃないねぇ、ほらよ」


「え、あ、なにっ!?」


 白花ハルに腕を取られる。

 意外にも力強い力に押されて、ソファに腰を下ろしてしまう。

 そのまま白花ハルは私の膝の上に跨ぐように座り、向かい合わせになっていた。


「意識しすぎなんだよ、もっとサクッと触っとけばいいじゃん」


「は、い、意味が分からないっ……」


「意味なんて、“あんたが気にしてる”ってので十分だと思うぞ」


 私の視界は白花ハルの胸が大半を占めている。

 胸の膨らみが確かにあって、その迫力に圧倒される。


「しゃーないな。そんな初心うぶなら手伝ってやるよ」


「あっ、えっ、ええ……!?」


 またも腕を掴まれ、無理矢理に伸ばされる。

 私の手の平はすぐに行き場を失う。

 目の前はすぐに行き止まりなのだから。


 暖かさを孕んだ膨らみは、私の手の中には収まらない。

 ただ私の手の圧によって形を変え、その柔らかさを伝えてくる。

 同時に、私の心臓の拍動が限界点を超えていく。

 呼吸が荒くなり、全身から汗が吹き出しそうになっていた。


「どーよ、気になってた胸の感触は?」


「や、やめてっ」


「おっと」


 白花ハルの一声でようやっと意識を元に戻すと、私はすぐに腕を引く。

 もう私の手の中には何もないはずなのに、白花ハルの熱と、その感触がいつまでも残り続けている。


「こ、こんな事をして何がしたいのっ」


「あたしは感想を聞いてるんだぜ? 気になってだろうから、それが分かってどうだったって?」


「どうもしないわよっ」


 分かっている。

 こんなに熱くなって、声を荒げて、必死に否定している時点でどうもしないという事はない。

 しかし、今の私には否定する事しか出来ない。

 私は心の平穏を崩された時に、それを突っぱねる方法しか知らない。


 ……いや、それは青崎先輩の時だけの反応だったはずだ。

 

 それなのに、今の私はその反応を白花ハルによってもたらされている。

 そんなおかしな事が起きていた。


「ずっと釘付けだったくせに、よく言うぜ」


「……っ! もういい、離れてっ」


 白花ハルを押しのける。

 私は立ち上がり、足早にその場を去る。


「もう、こんな事はやめてちょうだいっ」


「それはあんた次第だろ」


 ダメだ。

 私は彼女の体に興味なんてないのに。

 手の中には自分の熱なのか、それとも白花ハルの熱が残っているのか。

 それすら分からなかった。

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