02 水と油


 白花しらはなハル。

 彼女は私の“義妹”にあたる。

 私の母親と、彼女の父親との再婚がきっかけだった。

 それにより白花ハルは今年の春から私と同じ高校に編入し、同居生活を始めることになった。


「……どうして、こうなったんだか」


 キッチンでフライパンを振るいながら、答えは出ないであろう問いを繰り返す。

 再婚はいい、義妹という家族が出来ることも構わない。

 しかし、その相手がどうして“白花ハル“だったのだろう。

 そればかりは考えずにはいられない。


「夕食、できたわよっ」


 階段に向けて声を張る。

 どうして私が慣れない大声を出さなければいけないのか、そこにも少しだけ苛立ちを感じる。


「あーい」


 生返事と扉が開く音。

 ドンドン、と足音を立てながら階段を下りてくる。


「うげ……」


 食卓テーブルの皿に盛った夕食を見て、白花ハルは不服そうな声を上げる。

 いつもはお互いに対面で座って黙々と食べ進めるのだが、今日はまず会話から始めないといけないようだ。


「何か文句でもある?」


「野菜ばっかじゃん」

 

「……野菜炒めなんだから、当然でしょ」


 どうやら私が作った野菜炒めそのものが問題だったらしい。

 両親は共働きで帰りが遅い、だから夕食は私が作ることにしている。

 必然的に白花ハルと二人きりで食べることになるのだが、この子は好みもうるさいらしい。


「さすがに肉がないとキツイって」


「豚肉も入ってるわよ」


「野菜と肉の割合、逆にして」


 ……それだと、肉炒めになる。


「貴女が作ってくれてもいいのよ?」


 そんなに文句があるのなら自分で作ったらいい。

 私が絶対に作らなければならないというルールもない。


「ムリ、だるすぎでしょ」


「なら黙って食べなさい」


 そんな“だるすぎる事”をやってもらっておいて、よくそんな不満を吐けるものだ。

 白花ハルはむすっとしたまま炒めたキャベツを箸でつまみ、口に運び始めた。


「いただきます」


 私は手を合わせて、食べ始める。

 混じり合わない私達も、夕食の時だけはこうして顔を合わせる。

 別々で食べてもおかしくないくらいの関係値だが、この時間だけは共有していた。

 何となく二人一緒でスタートさせてしまったこの時間、それを今さら一人にしてしまうのも逆に違和感が残る。

 それだけの理由で、一緒に食べ続けているのだと思う。


「どうでもいいけどさ」


 無言が多い食卓で、声を発したの彼女の方からだった。

 いつも会話は弾まないけれど。


「なに」


「お弁当に野菜盛りは勘弁してよ」


 どうして“野菜炒め”をそんな風に言い換えたのかは謎でしかないが。

 学校のお弁当も私が作っているから、それに釘を刺したかったようだ。


「貴女が学校での態度を改めてくれるなら」


「それはムリかな」


「なら応じかねるわ」


「ケチ」


 両親の配慮から、私は“水野”の性を名乗っている。

 ゆえに、学校では私達の関係性は知られていない。


 白花ハルは髪を染め、制服を着崩し、遅刻は日常茶飯事だった。

 おかげさまで先生からも生徒会からも反感を買っている。


 私は副会長になるために努力を重ねてきたし、それ相応の評価を得ていると思う。

 【地味でつまらないが、役割は忠実にこなす女】

 概ね、そんな評価だろう。


 私と彼女は、水と油のような存在。

 だからこの関係性が知られるのは、私の立場からすると好ましくはない。

 生徒会が手を焼いている存在が、私の肉親。

 そうなれば、私の評価まで覆ってしまいそうだから。


「ツラすぎ」


 すると白花ハルはスマホを触りはじめる。

 会話が弾まないのは結構だが、その態度もどうかと思う。


「食事中くらい、スマホを触るの我慢できないの?」


 白花ハルを目にすればいつもスマホを触っている。

 時間に追われている社会人でもあるまいし、食事中くらい控えても問題ないはずだ。


「いやいや、学校で全然触れないんだから家くらい好きにさせてよ」


「……貴女、学校でもずっと触ってるじゃない」


 授業中、彼女がスマホを教科書で隠しながらで触っていることを私はよく知っている。


「はあー、分かってなさすぎ。学校じゃ音も出せないし、怪しまれるからタップは何回も出来ないし。全然違うから」


 なんだその勝手な暴論。

 そもそも学校で禁止されている行為を平気でやっている上でどうして文句を垂れ流しているのか。

 しかも、曲がりなりにも生徒会役員を前に。


「そんなことばっかりやっていたら周りから浮くわよ」


 ちょっと痛い所を突いたつもりだった。

 白花ハルはクラスに馴染んでいるとは言い難い。

 勿論、まだ編入して間もないため仕方ない部分も多い。

 しかしそれを加味しても、彼女の自由な振る舞いは周囲との距離を生んでいた。


「ん? あーそうかもね。ここ、いい子ちゃんばっかりだから」


「貴女が自由すぎるのよ」


「あたしにしてみれば、他が不自由すぎって感じ」


 私の皮肉など全く意に介していない。

 結局、いつもの白花ハルの暴論を聞かされるだけだった。

 根本的に、私と彼女では考え方が異なるから意見が合う事はない。


「そんな調子じゃ、いつまで経ってもクラスに馴染めないわよ」


「んー。あんな感じなら馴染まない方がマシかも」


 これを本気で思っていそうだから頭が痛い。

 それはつまり、彼女の素行不良が治らないという事を意味している。

 そうなると、青崎あおざき先輩の私への評価が下がってしまう可能性がある。

 素行不良な生徒と同じクラスというリスクは無いに越したことはない。


「友達が出来ないのは、貴女だって困るでしょ」


 私と白花ハルはクラスでは赤の他人のように過ごしている。

 だから、彼女もクラスに話し相手は必要だろう。


「まあ、そりゃ困るけど。でもなに? 皆と同じようにいい子ちゃんにしてれば友達って増えんの?」


 煽るような口調。

 友達を作る事と、態度を改める事をイコールにされたことが気に入らないらしい。


「少なくとも今のままよりは可能性は高いと思うけど。貴女の態度だと周囲から距離を空けられる一方じゃない」


「へえー。なるほど、せーせき優秀で品行ほーせーな人は言うことがちがいますねぇ」


 どう聞いても小馬鹿にしたような物言いだが、反論することも出来ないゆえの強がりだろう。

 素直に認めればいいものを、こんな当たり前のことすら首を縦に触れないなんて難儀な性格をしている。


「分かればいいのよ」


「でも、そんな副会長さんも大してお友達がいるようには見えないけど?」


 一瞬、どう答えようか言葉に詰まった。


「……クラスでいつも色んな人と話しているけれど」


「生徒会の仕事とかそっち関係の話でしょ? あたし、あんたがプライベートな話してるの見たことないけど」


「……それは」


 まずい。

 編入したばかりでいつもスマホを触っているから、私の事を見ているはずがないと思い込んでいた。

 白花ハルは、思っていた以上に私の事を把握している。


「あららー? 頑張っていい子ちゃんぶって一人ぼっちなのに。あたしがそれ真似する必要ある?」


 しかも、仕返しをされた。

 腹の底が怒りで沸き立ちそうになる。


「いい子ちゃんぶってなんていないわ」


 悔しいから、訂正できる部分だけは指摘する。


「どっちでもいいけど。結局お互いにぼっちなんだから」


「……」


 どうでもいい事のように、あしらわれた。

 しかも、お互いに同じ穴のむじなだと言わんばかりに。

 白花ハルは自己主張は強いくせに、こちらの主張は適当に聞き流すからたちが悪い。

 真剣に向き合うだけ、こちらが馬鹿を見るのだ。


「あ、それと野菜盛り思ってたより美味いね。おかわりちょうだい」


 しかも、ちゃんと食べるのかよ。

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