義妹のギャルに初恋を奪われた件

白藍まこと

01 はじまりの変化


みおはさ、恋愛とかに興味ないの?」


 先輩で生徒会長の青崎あおざき梨乃りのは、軽快な口調で世間話を始めた。

 しかし、私にとってその手の話題は好ましいのものではない。


「恋愛……? 私がそんなことに関心あると思います?」


 すると青崎先輩は急に吹き出した。


「普通はあるでしょ、誰だって」


「じゃあ私は普通じゃないんですね」


 性格の悪い返しだとは自覚しているが、先輩は気にする様子もなく微笑みを浮かべている。


「澪は相変わらず真面目さんだねぇ」


「先輩が不真面目なだけです」


「あはは、それはそうかも」


 青崎先輩のショートカットの黒髪は艶やかで、笑っているだけで絵になってしまうのは鼻筋の通った横顔のせいだろうか。

 端麗な容姿と長身で細い四肢は、彼女をモデルと紹介しても疑う者は少ないだろう。


「でも、だから澪とはこうして楽しくお話できるのかな?」


 そして、この人は何でもない事のようにほんの少しの好意をチラつかせ、心の壁をすり抜けてくる。


「私はからかわれてるみたいで楽しくありません」


 だから、こうして突っぱねる。

 崩れかける心の平穏を保つには、弾き返す以外の方法を私は知らなかった。

 そうでもしないと青崎梨乃という人間は、どこまでも心の奥に浸ろうとしてくるから。


「ですから、もっと先輩の相手をちゃんとしてくれる人に話しかけて下さい」


「澪がしてくれてるじゃない」


 けれど、どこまで突っぱねても、こうしてするりと通り抜けてくるから始末に負えない。 

 この人は、自分のそういう言動でどれだけ人を狂わせてきたのか考えたことはあるのだろうか。


「それと、世間話も好きだけど。大事な話もあってね?」


「え、あ、はい……」


 先輩が“大事な話”と言うのだから、生徒会活動に関する事だろう。

 それはさすがに無視できない。


「ほら、白花しらはなハルのこと。例の子だね」


「……また、何かありましたか?」


「またと言うか、いつも通りと言うべきか。いつまで経っても制服はちゃんと着ないし、遅刻も多い。授業中にスマホも触っていると聞いたんだけど、それは澪の方が詳しいんじゃない?」


 さっきまで朗らかな笑みだけを浮かべていた先輩も、“白花ハル”の名前を出した途端、困ったように口をへの字にして肩をすくめた。

 生徒会ではよく彼女の名前が挙がる。


「あ、えっと……そうですね、度々先生に注意もされてます」


 あろうことか、白花と私は同じクラスだった。


「そうなんだ。澪には悪いけど、素行不良に対する注意喚起は生徒会活動の一つでもあるからね。先生に注意される前に正してくれると嬉しいな」


「……あ、えっと……」


 分かっている。

 それが生徒会としての在り方だということは。

 だが、私は白花と接するのは苦手だった。アレは、そういう理屈が通じない人間だから。


「それも副会長の務めさ、頼りにしているからね澪?」


 そんな私の心を知ってか知らずか、先輩は私に信頼の言葉を送る。

 誰にでも送れるような、ありきたりのちっぽけな言葉。

 けれど、そのたった一言で、私はもう受け入れる気持ちになっている。

 先輩の言葉には私を変えてしまう魔法でもあるのかもしれない。


「はい、先輩」


 そして私……水野澪みずのみおは、そんな言葉を聞きたいがために相応しくもない副会長になったのだから。

 本当に不真面目なのは、きっと私の方だ。




        ◇◇◇




 放課後の廊下を一人歩く。


「……はあ」


 思わず溜め息がこぼれた。

 青崎梨乃は魔性の女と呼ばれている。 

 端麗な容姿とミステリアスな雰囲気、それでいて成績優秀で生徒会長という意外性。

 私はその人の隣に並ぶことへの重圧を常に感じていた。そういう意味の溜め息。


 分かっている。


 重圧に感じるのは分不相応な事をしているからだ。

 出来もしないことに手を伸ばそうとしているからだ。

 だけど、仕方ない。

 憧れに想いを馳せるのはきっと人間のさがだ。

 それが一生かけても手の届かないものだと分かっていても。

 






「ただいま」


 家の玄関へと上がり、居間へと足を運ぶ。

 本当はそのまま自分の部屋に行きたかったのだけど、喉が渇いたので飲み物が飲みたかった。

 居間に行くとアイツに会う可能性が高まるから、なるべく避けたかったのだけど。


「……うす」


 嫌な予感というのは当たるもので。

 会いたくないその少女はソファで横たわっていた。

 もはや履く意味があるのかどうか疑わしいくらい素足を露出させたデニムのショートパンツに、サイズがゆるめの淡いピンク色のTシャツ。

 暑いのかアップにまとめた髪は金色で、その毛先にかけてはピンク色に染まっている。

 軽快な音楽と音声が短時間で切り替わっていることから、ショート動画でも見ているのかもしれない。

 

「家だからと言って、だらしなさすぎるのは考えものね」


「……」


 無視された。

 こいつは自分に都合の悪いことは平気で私を無視してくる。

 最初から相手にされていないのかもしれない。

 本当は私だっていちいち口出しなんてしたくない。

 考えていても苛立つだけだから、私は冷蔵庫の扉を開ける。


「……あれ?」


 なかった。

 なぜか麦茶を入れているピッチャーだけなかった。

 ないわけがないので、周囲を見渡すとすぐに見つけることができた。

 ソファの前にあるローテーブルの上だった。

 グラスに注がれていることから飲んだ後らしい。


「なに、飲みたいの?」


 すると私の視線に気づいたのか、鬱陶しそうに尋ねられた。

 こちらから声を掛けるのは面倒だが、向こうから嫌々声を掛けられるのも気分は良くない。


「そうだけど」


「いいよ、持ってきな」


 彼女は手の平をひらひら振って、持っていけアピールしてくれる。

 そもそも、麦茶は共有の物で貴女だけの物ではない。

 なのにどうして許可をもらったような形になるのか。

 納得いかない。

 いかないが、それを口に出せば小物になるのは絶対に私の方だ。


 人間関係というのは、本当にいびつだ。


 私は諦めた結果、黙ってピッチャーを手に取り、グラスに注いだ。

 飲んで喉を潤す。

 念願の飲み物だったはずなのに、喉が渇いていくような気がするのは何故だろう。

 深くは考えないようにした。

 用も済んだので、部屋に戻ることにする。


「今日も遅いんだね、生徒会?」


 すると、私の背後から声を掛けられる。

 珍しく、世間話でもする気だろうか。


「毎日そうよ」


「ふーん。どーせ今日もあたしのこと話してたんじゃないの?」


 なぜ勘づいているのか。

 それを考えても答えが出そうにはない。

 隠す必要もないので、答えを口にする。


「名前は挙がったわね」


 スマホの音が止む。

 動画を止めたらしい。


「へえ、なんて?」


「貴女が素行不良でどうしようもないって話」


 端的にまとめた結果、思ったより棘のある言葉になってしまった。

 もしかしたら鬱憤が溜まっていたせいかも知れない。

 それを聞いた彼女はソファから身を起こし、ゆらゆらと近づいてくる。

 青崎先輩に負けず劣らずの長身で細い四肢。

 それが私の前で止まると、身長差で見下ろされた。

 その上下関係にすら、若干の苛立たしさを覚える。

 

「……それで?」


「言葉足らずで意図が分からないわ」


「それで、あんたは何て答えたの?」


 ここまで来て、隠す必要もないか。


「私が貴女を正すよう答えたわ」


 ――バンッ!


 彼女の腕が壁を強く押し付けた衝撃音が響く。

 そのアーモンド型の瞳は、私を射抜くように覗き込んでいた。


「それじゃ、注意してみれば?」


 そう、目の前にいるのが例の問題児。


「いつまでも子供みたいな自己主張は止めて、大人しく学校の規則に従ってもらえないかしら?」


 “白花ハル”、その人だった。


「うん、絶対ムリ」


「……」


「あたしはあたしのやりたいようにやるから。あんたはあんたで好きなように不自由に生きたら? 副・会・長さん?」


「……」


 そして、私の方が出ていきたかったはずなのに、白花ハルの方から先に居間を後にする。

 彼女とはこの通り一切話が合わない。


 そして何より頭を悩ませるのが、白花ハルが私の義妹であるという事実だった。



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