短文実験室

西田素兎子 (にしだ もとこ)

1 薔薇

「薔薇が咲いていますよ、曜子さん」

 和己の言葉に、曜子はペンを置いて窓の外を見た。日の光を受けて輝く、レースのカーテン。その向こうに、ぽつりと赤い影が揺れている。和己がカーテンを開けた。カーテン越しだった光が、窓ガラスから直に差し込んで眩しい。

 日頃から、彼が丹精込めて世話をしている庭の薔薇が、今年初めての花を咲かせている。和己が自慢気に薔薇のことを言うのは、毎年のことだった。

「もうそんな季節ね」

 曜子の言葉に、和己は微笑む。初夏の光が、和己を照らしている。頬の産毛まではっきりと見えるような鮮やかさと、強い影とのコントラスト。

「少し、外を歩きませんか」

「待って」

 和己は頷いた。薔薇、窓ガラスに反射する光、カーテン、和己の柔らかな眼差し。そのすべてが絵画のようで、曜子は目を細めた。

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